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「シリーズ Jミステリーはここから始まった!」

第1回 「松本清張“ゼロの焦点”」

初放送 1/21(木)22:00~22:59
再放送 未定



★ 私が生まれ育った石川県の集落は、河北潟を挟んで内灘の砂浜海岸が対岸に在り、少年時代には米軍の射爆音ドッカーン!ドッカーン!を聞きながらソフトボールに勤(いそ)しんでいたものである。

また、今では有数の景勝地として全国から多くの観光客が訪れる、福井県の東尋坊とともに能登半島の厳門は、日本海の冷たい荒波打ち寄せる代表的な磯浜海岸として、昔から自殺の名所でもあった。






【原作】 松本清張(1909-92)・著


○雑誌「太陽」・・・「虚線」のタイトルで1958年1~2月号に連載。休刊で中断。
江戸川乱歩(1894-1965)が編集する雑誌「宝石」・・・「零の焦点」とタイトルを改め1958年3~1960年1月号に連載。
○文庫本「光文社」(カッパ・ノベルス)・・・1959年12月。

○文庫本「新潮文庫」・・・改版1971年2月。

前任地での仕事の引継ぎに行って来ると言ったまま新婚一週間で失踪した夫・鵜原憲一の行方を求めて北陸の灰色の空の下を尋ね歩く禎子。ようやく手がかりを掴んだ時、“自殺"として処理されていた夫の姓は曾根であった! 夫の陰の生活が分かるにつれ関係者が次々に殺されて行く。戦争直後の混乱が尾を引いて生じた悲劇を描いて、名作「点と線」(1958年)、「砂の器」(1961年)と並び称される、芥川賞作家・松本清張の代表作。

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○全集本「文藝春秋社」・・・「松本清張全集/第3巻」収録1971年5月。
○文庫本「光文社」(カッパ・ノベルス)・・・創刊50周年特別版2009年10月。





【スタッフ】

ディレクター: 小川真利枝
プロデューサー: 長嶋甲兵

アニメーション: 足立昌彦
ナレーション: 華恵、角田誠二



【ゲスト 「文学探偵」読書会メンバー】



笠井潔(推理・SF作家)・・・世界大戦とミステリーの関係を大量死理論として論証。

小森陽一(東京大学教授・日本文学者)・・・漱石から春樹まで日本近代文学を深読み。

中村文則(芥川賞作家)・・・小説の矛盾を鋭く指摘。

橋本麻里(美術ライター、父は高橋源一郎)・・・国宝からサブカルまで、幅広く美術の視点で網羅。

華恵(エッセイスト・モデル)・・・ユニークな書評。今回は司会とナレーターも務める。






【あらすじ】


シリーズ・Jミステリーはここから始まった!
Jミステリーの源流。
文学作品をテキストに拘(こだわ)って読み解く「深読み読書会」シリーズ。


第1回は、「ただの“社会派”じゃない!~松本清張“ゼロの焦点”」
戦後日本の闇、リアルな社会問題を背景に精妙なストーリーを構築した
 "社会派ミステリー" の生みの親、松本清張。


でも改めてじっくり読み込んでみると、かなり変わった推理小説。
事件がなかなか起こらない、探偵や警察が活躍しない。
清張が「日本のミステリー」に託した、或る意外な「想い」とは・・・。


女性目線で語り、女性が大活躍する。
主役の探偵役は新婚ホヤホヤの若奥様。
結婚生活という日常の中で謎が展開する。
結婚こそが謎? 結婚は迷路の入口? と実は硬派で軟派な物語。


そして能登の崖でクライマックスを迎える破格のミステリー。
サスペンスの王道“断崖シーン”はこの物語から始まったのだ!!






【詳細メモ】


夫・憲一が僅か一か月後に突然の失踪。結婚の謎。
謎の連続殺人事件。奇抜な殺人トリック。

戦争の傷跡。高度経済成長の始まり。
1958年(昭和33年)は巣鴨プリズン返還(戦犯全員釈放)、売春防止法施行。その一方でミッチー(正田美智子)ブーム到来、一万円札発行、東京タワー完成。

舞台は古都・金沢や能登半島。
サスペンスドラマでお馴染みの断崖シーンは、実はここから。
ミステリーの常識を覆すとんでもない問題作。

①200ページを過ぎてもなかなか殺人事件が起きない。

②探偵役は新婚ホヤホヤの若奥様。
年の差婚は時代の転換の象徴。
「君は、若い身体をしているんだね」「君の唇は柔らかいね。マシマロみたいだ」。夫は自分と誰かとを比較しているのが、バレバレ。

夫の法律書に二枚の写真が挟まれていた。二枚とも家が主題になっていた。

妻・禎子は自ら夫の行方を捜索。
未だ夫の全体を知り尽くして(所有して)いない。妻としての気持ちがミステリーの動力となっている。

その過程で、夫の兄・宗太郎が毒殺され、禎子の推理が共有されないまま、夫の同僚・本多もまた毒殺され、次々死体の山が。「本多さんは殺されたのです」「え! 禎子は自分の唇が白くなるのを覚えた」。

夫の過去には秘密の生活が隠されており、そこには二人の女が関係していた。
米兵相手の夜の女のような派手な服装。パンパン米語。

手掛かりを掴んでも警察には相談無し。
最大の謎は、ヒロイン禎子が断崖に立つ旅。

③頭の中を駆け巡る、謎のポエム。
「海沿いの墓のなか 海ぎわの墓のなか」。それは伏線か? はたまた暗号か?

新たな女性像。


*


■ キーワード

小森「フェミナミステリー。普通の女性が謎解きをして行く」
中村「驚愕の(ヒロインの)遠慮ミステリー。関係者の皆が推理を共有できないまま、それぞれ孤立した状態で殺されて行く」
笠井「遠慮深いキャラクターが事件を拡大して行く、と作者が意識して設定したとは思えない。世界戦争ミステリー、世界戦争時代の若い女性探偵小説の最終的な形.。」
橋本「幼年期の終わりミステリー。マッカーサーは1951年、民主主義の成熟度にいて『日本は12歳の少年』と発言した。夫が失踪する日が12月12日、12章の構成。戦後12年目を越えた幼年期の終わり」


■ トリック

巧妙に仕組まれた一人二役。本名・鵜原憲一としては、東京が米軍占領時代の立川署風紀係の警官から、サラリーマン単身赴任先・金沢の職場へ。能登高浜では偽名・曽根益三郎として、投身自殺? 遺書「くわしい事情はなにもおまえに知らせたくない。ただ僕はこの煩悶を抱いて永遠に消えることにする」

笠井「人間の想像の盲点を突くような形で死体を消す」
中村「身元が判明していた死体がある。夫が死んでいることに気付かずに(発覚する前に)、実はその情報を聞いていたことになる。ミステリーとしての着想は上手いが、上着の都度クリーニングには無理がある」
橋本「一人二役というのは、戦中に発する様々な表に出せないものを象徴する存在」
笠井「大戦の余韻が残る時代と、もはや戦後ではない時代との一人二役」
中村「テーマ性とトリックが一致」


■ 元祖! 断崖

清張は、「推理小説が偏狭なマニヤを相手とする謎解きパズル小説であっては、やがて衰亡し、自滅する。個人的な動機のみならず、社会的な組織の矛盾を衝(つ)くことによって、大人の鑑賞に耐え得る文学にまで高められ得る」と考えていた。

笠井「金沢は空襲が無かったという戦中の平和性の一方、(米軍弾薬庫の在る)内灘という戦後の日米安保性に纏(まつ)わる社会性が滲み出して来る」
朝鮮戦争のための米軍射爆場に対する内灘闘争(1952-57)、米軍立川基地に対する砂川闘争(1955-69)へのオマージュ。

更に舞台を、当初タイトル「虚線」では新潟県だったのを、「ゼロの焦点」では石川県に変更。クライマックスの舞台に選んだのが能登半島の断崖絶壁。
中村「能登半島の方が崖っぷちイメージ近い」、橋本「人生の崖っぷち感」



■ 謎解き

テレビで婦人評論家が、「終戦後は、日本の男性の自信喪失期だと思うんです。それにかわって、日本の女性が、アメリカ占領軍の前面に押し出て、勇ましく太刀打ちしたと言えますわ」。男性司会者が、「教養もあり、相当な学校も出たお嬢さんが、アメリカ兵のオンリーになったという話は、ずいぶん聞きましたよ」。婦人評論家「でも、そういう人たちは、立派に更生していると思いますわ。幸福な結婚をして、落ちついた生活を送っているように思いますね」

---と発言した画面を観て、禎子は犯人を直感した。過去を隠すための犯行か?





【参考】 私のブログ

松本清張の「ゼロの焦点」--2011/3/6(日)テレビ朝日で東宝映画(2009年公開)を放映


□ 東宝映画(2009年公開)
監督: 犬童一心
脚本: 犬童一心・中園健司
出演
鵜原(旧姓・板根)禎子:広末涼子
室田(旧姓・鳴海)佐知子(マリ):中谷美紀
室田儀作:鹿賀丈史
田沼久子(エミー):木村多江
鵜原憲一・曽根益三郎: 西島秀俊(二役)


□ 松竹映画(1961年公開)
監督:野村芳太郎
脚本:橋本忍・山田洋次
出演
鵜原禎子:久我美子
室田佐知子:高千穂ひづる
室田儀作:加藤嘉
田沼久子:有馬稲子
鵜原憲一・曽根益三郎:南原宏治(二役)