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■ 僕らの小学生時代(1950年代)、田舎の宴会をパーティーと見なすなら、数限りなく有った。

その中で最も記憶に残っているのは、集落の夏祭りだった。

今で言う幹事宅の広い座敷に、住民は老若男女誰でも参加できる盛大なものだった。

何しろ朝から一升瓶で呷(あお)っているものだから、泥酔状態の男さんが金沢(当時は尾山と呼んでいた)から呼んだ踊子の中では若い芸者さんに盛んに抱き付く。

身内も喧嘩が始まらない限りは、一緒に笑って見ている。

そんな大らかさが、子どもの目には楽しかった。



■ いわゆるパーティーとしては、近隣中学校での夏休みキャンプファイヤー、高校生で初めて経験したクリスマスパーティー、大学時代の新人歓迎コンパが思い出に残るものだ。

とりわけ大学サークルの歓迎コンパは、何時の世にも行き過ぎの事故があったりするもの。

私の場合も全く記憶がないまま「芝生」(金沢市柿木畠)というカフェの2F座敷から大学のサークル部室に運ばれたようだ。

苦い青春の何ページが浮かぶが、楽しかったものだ。



■ 70年代からのサラリーマン生活約40年、数え切れない程のパーティーを繰り返して来た。

企業で多いのは、半期毎の予算達成に向かっての決起(キックオフ)大会。

チーム単位に決意表明をする。

後は、組織改革・人事異動に伴う歓送迎会、花見、暑気祓い、忘年会・クリスマス・新年会、諸々の慰労会、・・・。

それぞれ何らかの思い出が残っているが、中でもバブル末期の1993年のこと。

この年は、おめでた続きで部下の結婚ラッシュ。皆が皆、一流の式場・宴会場でしかも私は主賓テーブル。

何と1年間でご祝儀の合計が25万円となった。

給与も賞与もマダマダ上昇するという神話が残っていた時期だった。

日本流の無駄も文化のところが多かったし、昇格時のお祝いは美味よりもしっかりやらねばの緊張感が上回った。


今、瞬間瞬間を思い浮かべてみると、感慨深かったのは、営業マンになった32歳(1979年)の年に、初めて自分にとって大口注文を出して頂いたI 商社の顧客数名の方から「良かったね」と、
お寿司屋さんでヒレ酒まで振る舞って頂いたことだろう。