11/28(土)NHK-BSプレミアム

■ 「東京物語」(1953年松竹制作) 「デジタル・リマスター版」

初放送11/28(土)13:30~16:00
再放送12/23(水・祝)13:00~15:30


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■ 「大地の子」(1995年日中共同制作) #8「密告」

毎週土曜日アンコール放送
11/28(土)18:00~19:00 第8話「密告」


【追記】 11/29(日)
この日は、私の映画・ドラマBEST5に入る作品を2つも放送していた。
(五十音順)
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日本映画         外国映画          日本ドラマ   外国ドラマ
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ゴールデンスランバー 俺たちに明日はない 天城越え    刑事ヴァランダー
砂の器          ゴッドファーザー    JIN--仁--   スウェーデン国家警察特捜班
東京物語          ダイハード       大地の子    24--Twenty Four--
火垂るの墓                バベル         白夜行         フロスト警部
マークスの山        ローマの休日     64(ロクヨン)   HOMELAND





訃報が死から約2カ月半経過した11月25日に報道された、
女優・原節子さん(1920年6月17日~2015年9月5日、享年95)を偲(しの)んで、

「デジタル・リマスター 2011年版」 (2013年ベルリン国際映画祭クラシック部門で上映)
がアンコール放送された。


*


【原節子さんの略歴】


神奈川県橘樹郡保土ヶ谷町帷子(現在の横浜市保土ケ谷区月見台)で、3男5女の末っ子として生まれた。
本名・会田 昌江。保土ヶ谷尋常高等小学校、私立横浜高等女学校(現・横浜学園高校)。家庭の経済的困窮から女学校を2年で中退。
1937年、日独合作「新しき土」のヒロインに抜擢(ばってき)され女優デビュー。

1949年、「晩春」「青い山脈」「お嬢さん乾杯」(いずれも49)の演技が評価され、毎日映画コンクール女優演技賞を受賞。
1954年、体調を崩して通院を繰り返す。


[私が観た作品]

「青い山脈」(今井正監督49)、「晩春」(小津安二郎監督49)、「白痴」(黒澤明監督51)、「麦秋」(小津安二郎監督51)、「めし」(成瀬巳喜男監督51)、「東京物語」(小津安二郎監督、53)、「山の音」(成瀬巳喜男監督54)、「ノンちゃん雲に乗る」(倉田文人監督55)、「東京暮色」(小津安二郎監督57)、「日本誕生」(稲垣浩監督59)、「路傍の石」(久松静児監督60)、「秋日和」(小津安二郎監督60)。




1963年12月、小津監督が逝去。その通夜に出席したのを最後に女優業から事実上引退、以降、表舞台には一切姿を見せなくなった。
女優時代に住んで いた東京都狛江市から、姉(次女)・光代と結婚していた右派系の監督・熊谷久虎(ひさとら、1986年5月には逝去)邸のある鎌倉市に転居、身を寄せる。「浄妙広利禅寺」(通称・浄妙寺)」(鎌倉市浄明寺3-8-31)に近い。この
浄妙寺は、婦人病に霊験のある淡島明神立像を安置し、主演映画「山の音」には近辺が登場した。
1993年、俳優・笠智衆さんの通夜前に極秘に訪れ一部関係者に気付かれた。
1994年、女優時代の狛江市にある自宅跡地を.約12億円で売却処分し、長者番付に載ったため騒がれた。
2002年頃、体調が悪く東京の医療施設に一時期移った。
2014年12月、甥が住む鎌倉市浄明寺の熊谷邸にて、買い物をしてもらった食材で自炊していることなどが一部で伝えられた。
2015年8月中旬、自宅で倒れ親戚に付き添われて県内の病院に行き肺炎と診断されて入院。
9月5日、退院することなくそのまま95歳の生涯を閉じた。
11月25日、訃報が報道された。


女優・原節子さんは、伝統的な日本女性の理想像とイメージが重なる。
女優の後輩・司葉子さんは、魅力として、演技では出せない生地の清潔感だと評している。






■ 「東京物語」


【感想】


▽ 本作は、大学の映画祭かで観て(20代初め)、ビデオデッキを買った頃かに観て(40代半ば)、これで3,4度目になるかな。20年に1度。一方の「大地の子」も3,4度目。
母と死別し父と死別してシルバーの今回が、一番、涙の量が多かったかもしれない。

▽ 長女・志げ役を演じた杉村春子さんは、悪役?に徹して、助演女優賞を受賞した。
実際、兄弟姉妹の中で長女が重要な役割を演じるケースが多い。
我が家の場合は、母に先立たれた亡き父を故郷・金沢に残った長女が、よく面倒を看てくれた。
東京に就職した私(長男)は、先祖の墓を移動させたことだけである。

ヒロイン・紀子役を演じた原節子さんは、生涯、小津氏が描いた理想的な大和なでしこ像のまま、その後の人生を生きようと、世間と隔絶した。

▽ 外国での評価が高いように、小津氏が切り取る(フレームワーク)画法は静寂感の中に説得力があり、かつ美しい。そしてテンポの良さに後で気付くのである。


*


【概要】


日本映画を代表する傑作の1つ。
巨匠・小津安二郎監督が、戦後の急速な都市化の中、崩れつつある家族関係をテーマに、人間の生と死を見つめた深淵なドラマ。
家で一人侘(わび)しく佇(たたず)む笠智衆を捉えたショットは、映画史上に残る名ラストシーン。
戦前の小津作品、特に「戸田家の兄妹」(1941年)などで追求したテーマだが、本作でより深耕する(進化できる)ことになった。
カメラを固定しローポジション(観客は舞台で観るようなアップなアングル)を多用して人物を撮る「小津調」演出技法で、家族を丁寧に描いている。
家族共同体の絆が年を経るとともにバラバラになって行く現実を、独特の落ち着いた雰囲気で綴(つづ)っている。


*


【スタッフ】


監督: 小津安二郎・・・1958年英国サザーランド杯
監督助手: 山本浩三

脚本: 野田高梧、小津安二郎
製作: 山本武
製作会社: 松竹大船撮影所
進行: 清水富二

撮影: 厚田雄春
撮影助手: 川又昂

美術: 浜田辰雄
装置: 高橋利男
装飾: 守谷節太郎
衣裳: 齋藤耐三現像: 林龍次

録音: 妹尾芳三郎
録音助手: 堀義臣
録音技術: 金子盈 
照明: 高下逸男
照明助手: 八鍬武

音楽: 斎藤高順
編集: 浜村義康

配給: 松竹
公開: 1953年11月


*


【キャスト】


平山周吉:笠智衆・・・尾道市の浄土寺(東久保町)に妻と次女と共に暮らしている。元尾道市役所職員。



平山とみ:東山千栄子・・・周吉の妻。


高橋豊子・・・平山家の隣人。
長尾敏之助・・・尾道の医者。


平山京子:香川京子・・・周吉・とみと同居する次女、小学校(筒湯小学校)教師。


沼田三平:東野英治郎・・・周吉の旧友。

服部修:十朱久雄・・・周吉の旧友。
服部よね:長岡輝子・・・服部の妻。
桜むつ子・・・おでん屋の女将。
諸角啓二郎・・・駅前交番巡査。


平山紀子:原節子・・・戦死した次男・昌二の妻、アパート暮らし、繊維の米山商事事務員。
三谷幸子・・・紀子の隣人。


金子志げ:杉村春子・・・周吉ととみの長女、美容院を営む(都電荒川線沿線)。⇒1954年:毎日映画コンクール助演女優賞。


金子庫造:中村伸郎・・・志げの夫、サラリーマン風(髪結いの亭主ではない)。
キヨ:阿南純子・・・美客院の助手。


平山幸一:山村聰・・・周吉の長男、内科開業医(東武線堀切駅前)。
平山文子:三宅邦子・・・幸一の妻。

平山實:村瀬襌(子役)・・・幸一と文子の長男。
平山勇:毛利充宏(子役)・・・幸一と文子の次男。
遠山文雄・・・患者の家の主人。


平山敬三:大坂志郎・・・周吉の三男。国鉄大阪鉄道管理局に勤務している。
安部徹・・・鉄道職員、敬三の同僚。


*



【撮影ロケ地】


[広島県尾道市]・・・ロケ1953年8月 

住吉神社(尾道市土堂2)・・・大灯籠
中央桟橋の遠望旅館・竹村家(久保3-14-1)
海岸通り・・・右手が魚信(尾道市久保2)
浄土寺(東久保町20-28)
山陽本線貨物列車
京子の出勤シーン・・・西國寺(西久保町29-27)通りの路地


[東京都足立区]

平山家(墨田区吾妻橋)・・・クリーニング屋
東京電力千住火力発電所(足立区千住桜木町35)の4本煙突(通称・「お化け煙突」)
東武伊勢崎線堀切駅(足立区千住曙町34-1)
荒川土手の京成本線荒川橋梁近く(足立区柳原1丁目)
美容院(都電荒川線の走る町、三ノ輪橋~町屋駅前の荒川区近辺)

[東京都中央区]

はとバス・・・皇居付近から銀座方面(松屋銀座など)
紀子の住む公営住宅(??)


[静岡県熱海市]

熱海温泉旅館(??)
錦ヶ浦・初島・八幡浜方向の景色防波堤(ムーンテラスという階段状の親水公園)


[東京都台東区]

上野恩賜公園・・・寛永寺旧本坊表門(上野桜木1-14-11)、西郷隆盛像(台東区上野公園1)付近 
高架橋横の飲み屋(??)

[東京都千代田区]

東京駅八重洲口、待合所



[大阪市中央区]

大阪城天守閣大阪鉄道管理局


[広島県尾道市]

山陽本線線路近く。
浄土寺(本堂・多宝塔・石塔)の石灯篭(尾道市東久保町20-28)、門前の「夕陽の道」
西國寺(仁王門)通り路地(西久保町29-27)
尾道水道中央桟橋(おのみち海の駅)
福善寺(墓所)(尾道市長江1-9-1)
筒湯小学校(廃校⇒おのみち生涯学習センター)(尾道市東久保町20-14)


[屋内シーンの殆どは松竹大船のセット]


*



【あらすじ】


故郷の尾道から20年振りに東京へ出て来た老夫婦。
成人した子どもたちの家を順次、訪ねる。
皆それぞれの核家族の生活に精一杯だった。
唯一、戦死した次男の嫁さん、つまり血の繋がっていない義理の娘だけが、皮肉にも優しい心遣いを示すのだった。



平山家の家父長・周吉とその妻・とみは、大都会の東京と大阪で暮らす子供たちの家を、久方振りに訪ねる。
先ず、長男・幸一は開業医であるため、そして長女・志げは美容院を営むため、
経済的に安定している分、労働時間の区切りがなく日々、仕事に振り回される毎日。

本来なら、仕事を遮断して両親を慰労するところを、直ぐには構ってやれない。

そこで何かと仕切る長女・志げの発案で、代わって駆り出されたのは、何と!! 戦死した次男の未亡人・紀子。
未だ若いのに再婚もせず、位牌を守っていた。


上京早々、実の子どもたちに温かく接してもらえない、そのドライさに寂しい思いをする周吉・とみの2人だったが、
快く東京見物の案内を引き受ける義理の娘・紀子に、気兼ねしつつも、その好意に甘えてハトバスに乗る。

長居する両親だけで熱海にでも行ってもらおうと提案する長女・志げ。
それに安直に同意する長男・幸一。
ところが、その安宿は団体客の騒々しさで寝るどころではなかった。
一睡もできなかった母・とみは、気分が悪くなってしゃがみ込む。

戻って来た2人は、熱海の劣悪さも、子どもたちともう少し対話したい思いも、正直に言えないまま再び紀子に押し付けられる。

周吉は、紀子のアパートは狭かろうし、自分はこの際、同郷の旧友と再会するからと、とみだけを紀子の所に向かわせる。

平山家の嫁として留まっている思いの丈を誠心、話してくれる紀子のことを、とみは実の娘に思えてくるのだった。


一方、周吉は、大いに語らい合い、久し振りの梯子酒に満たされたのだ。
しかし、泥酔して旧友まで連れ込まれた長女・志げは、父親を詰(なじ)る。


老夫婦2人は、大体のことは済んだし、これが最後の東京になるだろうと感じつつ、もう夜行で尾道に帰ることにする。

が、とみが車中で具合悪くなってしまう。
それではと、大阪で途中下車し、大阪鉄道管理局に勤める三男・敬三の顔を見たくなる。
皆とも会えたし、良しとしようと無事、尾道に戻って来た。


ところが、数日もしないうちに、末娘の次女・京子から電報が届く。「ハハキトク」。

長女・志げは、「あんなに満足して喜んで帰ったのに、どうして・・・」と納得が行かない。
彼女は、「お兄さん、喪服は持って行く?よね。要らなければそれに越したことはないけれど」と、幸一を誘導することを言う。

子供たちが実家に到着した翌日未明に、とみは死んだ。皆泣いた。
中陰の席で、「間に合って良かった。敬三は近いのに遅れて」と言いながら、形見の品を指定する志げ。

「自由が利くでしょ」と紀子を残して子供たちは、そそくさと帰って行った。
同居して来た小学校教師の京子には、兄姉たちの非人情が堪(たま)らなかった。

が、紀子は義兄姉を庇(かば)い、若い京子を静かに諭(さと)す。
紀子は京子に大人の生活の厳しさを言い聞かせながらも、自分自身も何時まで今の独り身で生きて行けるだろうかと、不安を禁じ得なくなる。
東京へ帰る日、紀子は心境の一切を素直に周吉に打ち明ける。


周吉は紀子の優しさに感謝を表わし、妻の形見だと肌身離さなかった懐中時計を渡す。
紀子は帰りの車中で号泣する。



がらんとした部屋で一人、静かな尾道水道を行き交う船を眺め、独り身となった侘びしさをしみじみ感じていた。