「THE 歴史列伝 ~そして傑作が生まれた~」
#77 「南総里見八犬伝・曲亭馬琴」
BS-TBS 10/30(金) 22:00~22:54
【スタッフ】
構成: 木村仁
FD: 水島拓哉、総合演出: 志水甲奈
AP: 福士玲子、プロデューサー: 山本玲実(テレコムスタッフ)、総合プロデューサー: 浦城義明(BS-TBS)
製作著作: BS-TBS、テレコムスタッフ
【キャスト】
列伝コレクター(案内人): 六平直政
司会: 佐藤渚(TBSアナ)
ゲスト: 歴史研究家・河合敦。専修大学文学部教授・板坂則子。
ナレーター: 池水通洋
声の出演: 青二プロダクション
【撮影協力】
館山市立博物館、埼玉県富士見市立難波田城公園、根本章雄、南房総市観光協会、天理大学付属天理図書館、岩井民宿組合、ヤマハ銀座スタジオ、他。
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【あらすじ】
今回の列伝は江戸の戯作者・曲亭(滝沢)馬琴。
日本初の職業作家。娯楽小説の型を作った人。
日本の古典文学にして、最長にして最大の物語。知られざる執念の戯作者・馬琴の人生を解き明かす。
ペンネーム: 曲亭馬琴。滝沢馬琴と名乗ったことがない。本名: 滝沢興邦(おきくに)。
人物像: 短気・怒りっぽく、頑固、へそ曲がり。体格が180cmといい。
日本初の本格的なファンタジー作家。
文化11年(1814年)に刊行が開始。28年に亘る連載。天保13年(1842年)に完結。全98巻180話、106冊の超大作。
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■ 一の鍵: 怨念(おんねん)
なぜ、馬琴は平和な江戸の世に怨念を甦(よみがえ)らせたのか?
八犬士が勇躍する勧善懲悪の冒険活劇。
しかしそこには別の一面があった。
恩を仇で返すあるまじき裏切り。言われなき罪で無念の切腹をした恨み。今際の際(いまわのきわ)に叫ばれた呪いの言葉。
なぜ怨念の話を書こうと思ったか? それは私自身の怨念の物語でもある。
関ヶ原の戦い(1600年)から100年。武士は職を失い市中には浪人たちが溢れていた。
滝沢家も例外ではなかった。曾祖父・興也が年200俵の旗本・松平家の家老⇒祖父・興吉が若くして家督相続したため年35俵⇒父・興義が勢力争いから小姓に格下げ年2~3両。
没落の一途を辿っていた滝沢家で1767年、倉蔵(後の馬琴)は五人兄弟の末っ子として生まれた。立て直すため厳しい躾、四書五経・俳句を教えられた。
1775年、一家を悲劇が襲う。父が大量の血を吐き急死。俸禄を取り上げられ一家離散。
末っ子の倉蔵が7歳で家督相続。松平家の孫の世話係、寝るのは廊下、苛め。
1780年、「木がらしに 思ひたちけり 神の旅」一句を書き残し旅立つ。ヤケッパチ人生を踏み出す。1785年、母・もん死去。
1793年(26歳)、履物屋の婿養子、3歳年上の出戻り・百と結婚し町人となる。
心を救うような読本戯作者の仕事が舞い込んだ。思いの丈をぶちまけよう。
当代一の山東京伝を生んだ出版元・蔦屋重三郎の下で修業。蔦重は新人発掘でもずば抜けた才能を発揮した。
戯作者=虚業は非常に低い身分、落ちる所まで落ちたの思い。 しかし、再び武士へ戻り、お家を再興することに生涯、拘(こだわ)った。
己の怨念を筆にぶちまけたのだ。
上田秋成の「雨月物語」(1776)など、鬼・妖怪のホラーブームがやって来ていた。
倉蔵(ペンネーム・江戸曲亭主人)の「復讐 月氷奇縁」(1804)が1100部も売れヒット。壮大な物語でありながら構成や話の筋が通っていると評判。
庶民のドロドロしたものを吐き出させ最後に解消させる作風。
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■ 二の鍵: 八つの珠
「南総里見八犬伝」の戯作開始。ペンネーム・曲亭馬琴。
仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌。剣士たちに託された馬琴の苦渋の人生とは?
千葉県南房総市にある富里・富山の伏姫籠穴(ふせひめのろうけつ)に、巨大な珠の遺跡が在る。
怨霊のワナによって犬の八房と添い遂げることになった伏姫。
籠穴に身を隠し追手によって自害に追い込まれる。
姫の首に架けられていた数珠は天空に飛び散り、八つの珠を持つ八犬士たちが誕生する。
八犬士が持つ八つの珠には、馬琴の思いが託されている。
自分が武士であることを片時も忘れなかった。
1814年、戯作者として身が立つようになってから10年。
剣士が珠に導かれ、人が人として生きる道を貫く。
関ケ原から200年余。金が無くなれば辻斬りもする武士。役人の頭にある物は金と自己保身。
幼き時、父から教えられた武士たる者の誇りと生き様。それが今は全く失われている。
仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌の言葉に、武士階級への痛烈な批判を込めた。
仁・・・一切のものに思いやり情け深い。
義・・・利害を捨て道理に適った道を歩む。他人のために尽くす。
礼・・・道徳を踏み外さない。お世話になった人に感謝の気持ちを忘れない。
智・・・物事をよく学び理解に努める。
忠・・・主君に従い何事にも真心を込める。
信・・・嘘を吐いたり他人を欺(あざむ)かない。
孝・・・親のことを慮(おもんばか)り大切にする。
悌・・・年長者には素直に仕え兄弟姉妹仲良くする。
これぞ武士たる者の生き様だと、八犬士たちに重ね合わせた。
しかし、単なる武家批判ではなかった。途中からどんどん特別の書となって行った。
家の再興---家とは何なのか? 家の正当性とは?
後半は、里見家再興の物語となった。己の執念が乗り移ったかのように、自伝化した。
嘉吉元年(1441年)、結城合戦で敗れ安房に落ち延びた里見義実は、滝田城主神余光弘を謀殺した逆臣山下定包を、神余旧臣・金碗八郎の協力を得て討つ。義実は定包の妻玉梓の助命を一度は口にするが、八郎に諌められてその言葉を翻す。玉梓は「里見の子孫を畜生道に落とし、煩悩の犬にしてやる」と呪詛の言葉を残して斬首された。時はくだり長禄元年(1457年)、里見領の飢饉に乗じて隣領館山の安西景連が攻めて来た。落城を目前にした義実は飼犬の八房に「景連の首を取ってきたら娘の伏姫を与える」と戯れを言う。果たして八房は景連の首を持参して戻って来た。八房は他の褒美に目もくれず、義実にあくまでも約束の履行を求め、伏姫は君主が言葉を翻すことの不可を説き、八房を伴って富山(とやま)に入った。富山で伏姫は読経の日々を過ごし、八房に肉体の交わりを許さなかった。翌年、伏姫は山中で出会った仙童から、八房が玉梓の呪詛を負っていたこと、読経の功徳によりその怨念は解消されたものの、八房の気を受けて種子を宿したことが告げられる。懐妊を恥じた伏姫は、折りしも富山に入った金碗大輔(八郎の子)・里見義実の前で割腹し、胎内に犬の子がないことを証した。その傷口から流れ出た白気(白く輝く不思議な光)は姫の数珠を空中に運び、仁義八行の文字が記された八つの大玉を飛散させる。義実は後を追い自害しようとした大輔を留め、大輔は僧体となって、『犬』という字を崩し丶大(ちゅだい)を名乗り、八方に散った玉を求める旅に出るのだった。
室町時代後期を舞台に、安房国里見家の姫・伏姫と神犬八房の因縁によって結ばれた八人の若者(八犬士)を主人公とする長編伝奇小説である。共通して「犬」の字を含む名字を持つ八犬士は、それぞれに仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌の文字のある数珠の玉(仁義八行の玉)を持ち、牡丹の形の痣を身体のどこかに持っている。関八州の各地で生まれた彼らは、それぞれに辛酸を嘗めながら、因縁に導かれて互いを知り、里見家の下に結集する。
南総里見家の勃興と伏姫・八房の因縁を説く発端部「伏姫物語」。関八州各地に生まれた八犬士たちの流転と集結の物語「犬士列伝」。
里見家に仕えた八犬士が関東管領・滸我(こが。史実世界の古河)公方連合軍との戦争(関東大戦、対管領戦)を戦い大団円へ向かう。
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■ 三の鍵 嫁・お路
嫁と舅(しゅうと)の知られざる創作の日々とは?
嫁と舅(しゅうと)の知られざる創作の日々とは?
馬琴はこの物語の完成に、48歳から75歳に至るまでの後半生を費やした。その途中失明という困難に遭遇しながらも、息子宗伯の妻であるお路(土岐村路)の口述筆記により最終話まで完成させることができた。
===略===
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馬琴の手許(てもと)にあった「里見八犬伝」 初刷本(1814-42)は、国立国会図書館に収蔵されており、馬琴による書き入れも見られる。
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