9/25(金)は朝から雨。午前中、「マルモッタン・モネ美術館所蔵 モネ展」を鑑賞した。シニアの前売り券で。


連休明けの平日午前中で雨模様だったので、何と !! モネ展が空いていたのだ !!


 【本展の印象】


レジェンド 《印象、日の出》は何度見ても神々しい。
発明された写真機という機械とは一線を画して、光と影(遠近)、光の変化(時や季節の変化)に対して、
モネがどういう印象を持ったかを表現して行くことになる。


だが、白内障に侵された最晩年の筆致は痛々しく感じた。
しかしながら、対象の睡蓮、睡蓮を生かす水、睡蓮を映す水面---それら自然の命と、
主体のモネの命とが一体化した生命の躍動感を表現しているのだと、専門家は評しているのだ。







特別展
「マルモッタン・モネ美術館所蔵 モネ展 
 ~『印象、日の出』から『睡蓮』まで~」


日程: 9/19(土)~12/13(日)

会場: 東京都美術館(台東区上野公園8-36)


【巡回】

福岡展
日程:2015/12/22(火)~2016/2/21(日)
会場:福岡市美術館(福岡市中央区)

京都展
日程:2016/3/1(火)~5/8(日)
会場:京都市美術館(京都市左京区)

新潟展
日程:2016/6/4(土)~8/21(日) 
会場:新潟県立近代美術館(長岡市)


*


【概要】


パリ・ブローニュの森に程近いマルモッタン・モネ美術館(Musée Marmottan Monet)には、印象派を代表する画家クロード・モネ(Claude Monet, 1840/11/14~1926/12/5)の、86歳で亡くなるまで手元に残したコレクションが所蔵されている。

・ モネが生涯に亘り手放さなかった作品
・ モネが購入したり贈られたりして収集した他の芸術家の作品、いわばモネのプライベート・コレクション

1966年、モネの次男ミシェルから遺贈され、マルモッタン美術館は「マルモッタン・モネ美術館」と名称を変更した。



今回は、同美術館のモネ・コレクション約150点を中心に約90点を紹介する。

・ 子供たちの成長記録
・ ルノワールによるモネ夫妻の肖像画・・・モネは、シャルル・グレールのアトリエで出会いルノワールが亡くなるまで、60年近く友人の関係が続いた。
・ 10代後半で描いた風刺画(カリカチュア)・・・モネは、子供の頃、授業はほとんど聞かずに、ノートにカリカチュアを描いていた。
・ 30代から40代の旅先の風景画・・・モネの師の一人となるウジェーヌ・ブータンは、モネの才能を見抜き、「ここに留まらないことを期待する。デッサンをしなさい。そして風景画を描きなさい」と助言。モネはこの助言を聞き入れ、油絵の具で絵を描くようになった。
・ 白内障を患いながらも描き続けた晩年作品・・・晩年の作品は粗い筆触でこれまでの繊細な色合いとは非常に異なり、青系や赤系のはっきりとした色彩が強く力強い作品になった。それは白内障の影響だった。



晩年のモネは、光の変化に伴って移り変わる水面を見つめ続けた。ジヴェルニーの庭を描きながらも、睡蓮や太鼓橋の形態は次第に抽象化されて行き、色彩溢れる画面が生み出されて行った。
時に荒々しい筆触をみせる最晩年の充実した作品群は、モネの眼を通した水の庭を体感させてくれる。
今回は、「睡蓮」6点、「日本の橋」の連作6点が一堂に会する。同じ主題を、モネはどのように変奏させて行ったのか。



さらに、非常に早い時期から印象派の作品を評価して来た、モネの主治医ジョルジュ・ド・ベリオ医師のコレクションから---
21年振りに東京に来日した、「印象派」の由来となった《印象、日の出》と《ヨーロッパ橋、サン=ラザール駅》が、それぞれ期間限定で特別出展。



*


【特に印象に残った作品】


27 ウジェーヌ・ドラクロワ《エトルタの断崖、馬の脚》1838年、水彩


28 ウジェーヌ・ドラクロワ《ディエップ近くの断崖》1852-55年、水彩



18 クロード・モネ《アドルフ・デヌリー》1858年、鉛筆

19 クロード・モネ《劇作家フランソワ・ニコライ、通称クレルヴィル》1858年、鉛筆


25 クロード・モネ《演劇界の小パンテオン》1860年、鉛筆・グアッシュによるハイライト



06 クロード・モネ《トゥルーヴィルの海辺にて》1870年、油彩



01 クロード・モネ《印象、日の出》1872年、油彩・・・9/19(土)~10/18(日)期間限定展示


[ 03 クロード・モネ《ヨーロッパ橋、サン=ラザール駅》1877年、油彩・・・10/20(火)~12/13(日)期間限定展示 ]



04 ピエール=オーギュスト・ルノワール《新聞を読むクロード・モネ》1873年、油彩 


05 ピエール=オーギュスト・ルノワール《クロード・モネ婦人の肖像》1873年、油彩



49 クロード・モネ《雪の効果、日没》1875年、油彩


10 クロード・モネ《ボンボン付きの帽子をかぶったミシェル・モネの肖像》1880年、油彩


55 クロード・モネ《オランダのチュリーップ畑》1886年、油彩


56 クロード・モネ《ポリーの肖像》1886年、油彩

62 クロード・モネ《小舟》1887年、油彩




38 オーギュスト・ロダン《洞窟の中の若い母》1885年、ブロンズ

37 カミーユ・ピサロ《自画像》1890-91年、エッチング



63 クロード・モネ《睡蓮》1903年、油彩




64 クロード・モネ《睡蓮》1907年、油彩


69 クロード・モネ《睡蓮》1916-19年、油彩


71 クロード・モネ《睡蓮》1917-19年、油彩


66 クロード・モネ《キスゲの花》1914 - 17年、油彩


74 クロード・モネ《しだれ柳》1918-19年、油彩

75 クロード・モネ《しだれ柳》1921-22年、油彩


81 クロード・モネ《日本の橋》1918-19年頃、油彩


82 クロード・モネ《日本の橋》1918-24年頃、油彩


85 クロード・モネ《バラの小道、ジヴェルニー》1920-22年、油彩


86 クロード・モネ《バラの庭から見た家》1922-24年、油彩







見終わって公園内を歩いていると、これから見ようと向かっている初老の男性が、「どうですかね、混んでましたか?」と訊ねて来た。

私は「空いていましたよ」と答えると、嬉しそうな顔で急いで去った。

妻が「ここまで来て、訊かなくてもいいんじゃない? 」と呟いた。


帰途に見つけた花たち---


国立西洋美術館の庭の槿(ムクゲ)。雨に濡れている。


浅草のお寺さんの芙蓉(フヨウ)。これも濡れている。


今日のウォーキング5,300歩。





【番外】


2週間前に孫が来て、"浅草オバアチャン"(妻)に買ってもらったTシャツに、早速、着替えたところ、背中が痒(かゆ)い仕草をしていた。

そこで、"浅草オジイチャン"(私)が、孫の背中を掻(か)いてやった「孫の手」。



その後、オバアチャンは、Tシャツのタグが痒くさせているのだろうと、切り取ったので、
もう痒くなくなった様子だった。



妻が遅蒔きした朝顔が、まだまだ日毎に咲き続けている。