BS-TBS 「僕たちは昭和を生きた」#56「由紀さおり 美声に秘められた苦労…それを支えた母の愛に迫る」の再放送を観た。

初放送 9/12(土) 17:00~18:00、再放送 9/19(土) 17:30~18:00

演出: 鴨下潔

MC: :薬丸裕英、野村佑香

ゲスト: 由紀さおり

 


☆ 由紀さおりコンサートを特別オンエア

☆ TBS秘蔵の音源


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由紀さおりさん(以下、敬称略)は、好きなエンターテイナー。

私の強い思い出としては---

・ 安田祥子(さちこ)・章子姉妹による童謡
・ 改名して「夜明けのスキャット」(1969)「手紙」(70)の澄んだ再デビュー
・ 映画「家族ゲーム」(83)、コメディー「お江戸でござる」(95~2004)の演技力
・ 美容整形しない一重目と白い肌の美しさ







この際、履歴を調べてみた。


由紀さおり (本名・旧芸名: 安田章子)


1948/11/13群馬県桐生市生まれ。父は飛行機工場長だったということの他は詳しく語られていない。
3歳時、母・安田ふさ、兄・姉とともに横浜市鶴見区へ移る。
55~60年、横浜市立豊岡小学校。
小学生時、姉・祥子(1941/9/9生まれ)とともに、ひばり児童合唱団に所属しコロムビアより童謡歌手デビュー。秀才タイプの"祥子の妹"という評価しかされず、姉に対する嫉妬は強かった。


61~63年、洗足学園中等部。
15歳時から、皆川和子先生が大人の世界を歌えるようお客様の前で歌うことが一番の練習と、銀座モンテカルロ・赤坂花笑み? などのキャバレーやナイトクラブへ出演。バイト先で百万円のチップをもらったこともあった。
母は毎晩店の前で待ち続け修行を見守っていた。そしてお金をもらっている以上満足してもらうのが当たり前と徹底的にプロ意識を叩き込んだ。
 

64~66年、洗足学園高等部(洗足学園第一高校、東急目黒線)。
65年、キングレコード「ヒッチハイク娘」で歌手デビューするが、ヒットに恵まれず。
67~68年、洗足学園短期大学英文科(川崎市高津区久本)。


69年(20歳時)、10歳年上の音楽ディレクター・大森昭男と結婚。


東芝音楽工業(⇒東芝EMI⇒ユニバーサル ミュージック=レーベルはEMIミュージック・ジャパン)へ移籍。
由紀さおりに改名・・・結城の紬(つむぎ)+紗(しゃ)の絹織物をイメージする芸名。
TBS深夜ラジオ番組「夜のバラード」のオープニング曲として制作され、リスナーからの問い合わせが殺到したため、急きょシングルレコーディグされた。
そして遂に「夜明けのスキャット」(作詞・由紀さおり、作曲・いずみたく)を発売。

150万枚ミリオンセラーとなり第20回NHK紅白歌合戦に初出場を果たす。




コメディーでも、69年「8時だョ!全員集合」、後に77年「ドリフ大爆笑」などに準レギュラー級で好評を博する(コメディエンヌとしての才能も開花する)。


以降、ヒット相次ぐ---
70年、「手紙」で第12回日本レコード大賞歌唱賞を受賞。
72年、「故郷」。
73年、「恋文」で第15回日本レコード大賞最優秀歌唱賞を受賞。

その確かな歌声は、"酔い覚ましの清涼剤"との評価を受けた。


76年、大森昭男と7年目に別居。しかし14年目の83年まで離婚成立できなかった。


83年、監督・森田芳光、主演・松田優作のシュールな映画「家族ゲーム」でお惚(とぼ)けな母親・沼田千賀子を演じ、日本アカデミー賞助演女優賞を受賞。この作品はキネマ旬報日本映画ベストワン、ブルーリボン監督賞(森田監督)、日本アカデミー新人俳優賞(宮川一朗太)なども受賞。

83年、フジテレビ「あんみつ姫」でおこしの局役。


86年、安田祥子と童謡コンサート「あの時、この歌」ツアーをスタートする。
しかし、子宮筋腫を患い子宮内膜症も併発。

そんな辛い時期に、米国在住の柴冨哲也と知り合い交際をスタートする。仕事を辞めて彼の住む米国へ移りたかったが、母の猛反対を慮った。


87年、NHK朝ドラ「チョッちゃん」でヒロインの母親・北山みき役。流暢な北海道方言を披露した。


89年(41歳時)、子宮を全摘した。


92年、第43回NHK紅白歌合戦で紅組のトリに選ばれる。


95~2004年、コメディー「お江戸でござる」の演技が大好評。


97年、安田祥子とのスキャット「トルコ行進曲」が大ヒット。


99年、母・ふさ(1917年生まれ)を癌で失う、享年83。



 
単行本「わが母が教え給いし歌」(東京書籍)を出版。
・・・由紀さおりと安田祥子の母であり、安田音楽事務所社長であり、プロデューサーでもあった安田ふさ。彼女との思い出を娘二人がそれぞれの思いを抱いて綴る、母への恩返し。

文化庁長官表彰、児童福祉文化賞、「あの時、この歌」「歌・うた・唄」シリーズが児童福祉文化賞推薦作品に選定。


2000年、柴冨哲也と事実婚。


01年、15周年を記念したワールドツアーをスタートする。
09年、「夜明けのスキャット」を初CDシングル化。

11年、ピンク・マ(ル)ティーニとのコラボアルバム「1969」
・・・「
真夜中のボサ・ノバ」「夜明けのスキャット」「マシュ・ケ・ナダ」など収録。
各国で高く評価され、第53回日本レコード大賞企画部門、芸術選奨文部科学大臣賞大衆芸能部門を受賞。


14年12月、柴冨哲也と事実婚から14年を経て別離。


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尚、姉・安田祥子(本名:澤田祥子)

1941/9/9神奈川県川崎市生まれ。
群馬県桐生市に母・兄とともに疎開、妹・章子(後の由紀さおり)が生まれる。
横浜市鶴見区に移転、市立豊岡小学校に入学、東京女子学園中等部・高等部。
童謡に加えてクラシックのソプラノ歌手として、国立音楽大学(1年のみ)、東京藝術大学、大学院修士課程、ニューヨークのジュリアード音楽院、ロチェスターのイーストマン音楽院。東京藝大講師(18年間)、文化庁芸術家特別在外研修員、(財)日本フォスター・プラン協会評議員。
夫・澤田久雄は、京都大学アメフト部主将、外交官、元在日オーストリア通商代表部理事。






このブログを書き終えると、もう零時を過ぎ、虫の音が聞こえて来る。

涼しさが増し、夜空は曇っているが秋の夜長を楽しもう。