「KIRIN~美の巨人たち~」

初回放送: テレビ東京7/4(土)22:00~22:30
再放送: BSジャパン7/29(水)23:00~23:30


「成田亨(とおる) ウルトラマン誕生秘話」


今日の1枚・・・成田亨(1929~2002年)の「MANの立像」




【キャスト】

ナレーター:小林薫、蒼井優

再現ドラマ「僕のウルトラ作戦第1号」 ススム少年役: 鈴木福


 
【スタッフ】

 
成田亨作品の資料協力・・・成田流里・成田カイリ、Eternal Universe Inc.、青森県立美術館、
 
番組協力・・・M1号、広隆寺、便利堂、福岡市博物館、藤本健八、アニドウ・フィルム、円谷プロ、日経新聞社

音効: 中島克(キュービック)

テーマ曲/オープニング&エンディングテーマ: 作曲・ピアノ演奏:辻井伸行、avex-CLASSICS、音楽協力・テレビ東京ミュージック

オープニングCG: ROBOT

構成・演出: 高田英俊
 
プロデューサー:永田浩一(テレビ東京)、栗本宏(日経映像)、松本博之(nexus)

制作協力: nexus

制作:テレビ東京、日経映像
 



 
2週に亘って人気キャラクターを "芸術" の視点で紐解く、"懐かしの人気キャラクターSP"。

第1弾の7/4(土)は、成田亨の「ウルトラマン」。

第2弾の7/11(土)は、トーベ・ヤンソンの「ムーミン」。私のブログ 
「美の巨人たち~トーベ・ヤンソンの『ムーミン』」


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第1弾の今回は、日本で知らない人はいないであろう、永遠のヒーロー!ウルトラマンの彫刻作品、

『MANの立像』・・・1987年、成田亨・作。

樹脂で作られた高さ約40cmの彫刻作品。


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私たちが知るテレビや映画のウルトラマンの姿とはかなり印象が異なり、彫刻はどこか荒々しさを感じる。

それでも均整のとれた肉体の美しさ
何かを掴むかのように突き出された右腕
右肩から左足への流れるような身体のラインは、宇宙人と雖(いえど)も1個の生物であると主張しているかのようだ。
そしてお馴染みの顔。
威圧しているのか憂いでいるのか、それとも微笑みなのか。
見る者の心を映すような深い表情。
そこにあるのはヒーローとアートの間に佇(たたず)むウルトラマンの美。

製作者が追求しようとしたヒーロー像が読み取れる。


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成田亨は、新進気鋭の彫刻家として数々の優れた造形を生み出し、当時、美術界でも高い評価を受けていた。

彼が、ウルトラマンを生み出したのは1966年36歳の時。

真近で見ていた妻・流里には、「子供の番組だから、子供が見るんだから大事だ。いい加減な気持ちでは絶対に臨んではいけない」と言っていた。


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==再現ドラマ「僕のウルトラ作戦第1号」ススム少年役: 鈴木福の登場==


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ウルトラマンはなぜ、これほどシンプルで美しい造形に辿り着いたのか?

その完成までには紆余曲折があった--------

最初のデザインはもっと生物的なものだった。
もっとごつごつとしたデザインのものもあった。


だが、最終的なものは究極の曲線でまとめ上げられた。


果たして、この究極のフォルムに如何に辿り着いたのか?

その答え、デザインのヒントは、「プラトン像」と「弥勒菩薩像」にあった !!

生前の成田は、語っている。「単純化しながら、生命感をいかにして与えるか」。

単純化した生命感とは何か? 


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1960年代の日本---東京オリンピック、新幹線、高度経済成長。

この頃、子供たちの間で一大ブームとなった「ウルトラQ」・・・遠い宇宙M78星雲の彼方、光の国からやって来た。1966年放送、円谷プロ制作の本格的テレビ特撮物。
番組の美術スタッフとして後半の怪獣デザインを担当した。

ユニークで魅力的な怪獣の姿は、或るルールを元に作られた。
怪獣デザインの三原則
①動物をただ巨大化させるのではなく必ず独創性を入れる
②頭が二つ、手が四本などの奇形化はしない。
③体を傷つけたり血を流させたりなど不快なものにはしない。
「不健康で不愉快なものを観て下さいとテレビ放映する訳には行きません。そんなことをする人は大人の資格が有りません」。

キーワードは、「意外性」と「抽象化」。
誰もが何処かで見た要素がありながら、誰も見たことがない新たなフォルムの創造。
ガラモンは魚のコチ。カネゴンの頭はガマ口。ケムール人はエジプト絵画技法のシンクロナイゼーション。
そのベースにあるのは成田の彫刻家としての高い資質。


(下段が「バルタン星人」「ケムール人」)




「ウルトラQ」の大ヒットにより続編制作決定。新機軸として、怪獣と闘うヒーローを登場させること。

ラフスケッチの身長40m, 体重3万5千トン。

1965年、成田は円谷プロに招かれる。引き受けたのは生活のため。

そのシンプルな美に辿り着くまでには難関の連続だった。
「これほどやり甲斐のある仕事はなかった。反面、これほど大変な仕事もなかった」「心の隅にいつも彫刻をブラ下げながら、この四年間、彫刻を作ることはできなかった」。

ベムラー(ウルトラマン試作)初稿は1965年。
ウルトラマン初稿は1966年。

突破口はギリシャの哲学者プラトンが唱えた「混沌たるカオス」=怪獣 VS 「秩序たるコスモス」=ヒーロー---の概念(コンセプト)。
ヒーロー・ウルトラマンは、単純で美しいコスモスでなければならない。筋肉の流れに沿って引かれた赤いラインが生命感をみなぎらせている。それは将に究極の肉体。

一方、怪獣レッドキングはそびえ立つ巨大感を表現、古代獣ゴモラは戦国武将・黒田長政の兜からの発想、海獣ペスターは対称形のヒトデにコウモリの顔。


ウルトラマンが微笑んでいたのはなぜか?
究極のマスクは、成田のイメージ「本当に強い人間は戦う時に微かに笑うと思う」。
佐々木明が制作(1966~67年)。口はギリシャ彫刻の最もクラシックなアルカイック・スマイル。生命感と幸福感。
その影響を受けた彫刻は日本にもあった。弥勒菩薩像のスマイルだ。

今日の作品、成田亨・作の「MANの立像」。
ギリギリまで研ぎ澄(とぎす)まされた肉体表現、力強い右腕、アルカイック・スマイルの口元。
荒々しく仕上げた顔、彫刻家の指の形がそのまま刻まれた表面。この立像こそ、成田が歩んだ彫刻家とデザイナーという二つの道の結晶なのだ。


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ところが何かが足りない。何だろう??
キーワードとなるのは「カラータイマー」!!
本編監督・樋口祐三氏 「リミットがなければ何をしてもいい、ウルトラマンが出て来たらコレで終わりって言うことになってしまう。3分間のリミットを設けてほしいと演出部の希望が相当強かった」。
最終回、ゼットンに敗れたウルトラマンは、迎えに来た仲間と共に、光の国、遠い宇宙M78星雲の彼方へと帰って行った。


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そして成田自身も、1968年「ウルトラセブン」の後、ウルトラシリーズの現場から離れる。
円谷プロを去ってからの作品
「翼をもった人間の化石」(1971年)・・・科学万能主義への疑問、当時の新制作協会への失望。
奇をてらった作品を持て囃(はや)す美術界への失望から、成田はこれ以降、出品を取り止めた。


(青森県立美術館---右奥が「翼をもった人間の化石」)


1983年、初の画集「成田亨作品集」刊行。再評価の原動力となったのは、かつてウルトラマンを観て育った子供たちだった。心の中に生き続けていた。
成田は、再び立ち上がった。純粋な彫刻として作るウルトラマン。


「成田亨作品集」 

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【参考】 関連ブログ

円谷プロ 「 ウルトラマンをつくった男たち~星の林に月の舟~」(2013/03/24TOKYO MX再放送)