「マスカレード・イブ」

東野圭吾・著



集英社文庫 2014年8月・刊
新「マスカレード・シリーズ」としての第2弾!!



「マスカレード」とは英語で「仮面舞踏会」。

第1作「マスカレード・ホテル」(※)の前日譚となる連作短編集。
東野氏の発案により単行本を経ず、いきなり文庫本。
その発案に反応した訳ではないが、私は上野の本屋で見つけて新刊を買った。 


所収された短編
○ 「それぞれの仮面」・・・初出は『小説すばる』2013年2月号
○ 「ルーキー登場」・・・初出は『小説すばる』2013年7月号
○ 「仮面と覆面」・・・初出は『小説すばる』2014年11月号
○ 「マスカレード・イブ」・・・今回初出=書き下ろし


(※) 私のブログ

東野圭吾の「マスカレード・ホテル」あらすじ・謎解き(2013/06/24)








【感想】


★ 東野氏は、女性と教師には厳しい見方をする傾向にあると感じて来たが、
本作では、男女を問わず、品格に劣る人間には厳しく当っている。
しかし一方で、男社会で奮闘するホテルウーマン・山岸尚美や刑事・穂積理沙にはエールを送っている。
特に今回は、刑事なのに幼気(いたいけ)なルーキー理沙に、尚美のマインドも挫(くじ)けてしまう筋書き。



 

【概要】


ホテル・コルテシア東京のフロントクラーク山岸尚美は、系列店として開業したコルテシア大阪に応援・教育のため長期出張となった。その派遣先で、或る客たちの仮面に気づく。
一方、警視庁捜査一課刑事の新田浩介は、東京八王子で発生した大学教授が教授室内で刺殺される事件の捜査に当たり、1人の男に目をつける。事件の夜、大阪のホテルにいたと主張するが、なぜかホテル名を明かさない。殺人の容疑をかけられても守りたい秘密とは何なのか。
お客さまの仮面を守り抜くのが山岸尚美の職務なら、犯人の仮面を暴くのが新田浩介の職務。
「マスカレード・ホテル」の主人公である刑事の新田とホテルマンの山岸尚美が、今回のようなニアミスではなく、後に出会い、そして潜入捜査でコンビを組むことになる以前の話。



 
■ 「それぞれの仮面」

 
□ あらすじ

コルテシア東京に就職して4年目の新米フロントクラーク、宿泊部の山岸尚美の前にかつての元彼・宮原隆司が客としてやって来る。
元プロ野球選手でタレントの大山将弘のマネージャーとして、彼と共にチェックインした宮原。
尚美が、その日の夜10時までの勤務を終え帰宅しようとしていたところ、宮原から携帯に電話が掛かって来て、何やら厄介な事態が発生し、尚美に助けを求めて来たのだ。
最悪の事態は免れたものの、その騒動の裏には複雑な事情が隠されていた。
大山がホテル内で密会していた愛人が、以前にも自殺未遂騒ぎを起こしていたのだが、今回、再び自殺を仄めかして失踪してしまったと相談して来たのだ。あくまで大山の妻や会社に内密にしたいという宮原の意向を受け、尚美は、宮原が仕事の関係で海外に経つという明日までに、ホテル内での捜索を開始する。
やがて、この騒動に関わる様々な人間たちの仮面の下の素顔を垣間見ることになる。



*


□ 注目の箇所(抜粋)


p27
「ホテルっていうところは、犯罪とかでないかぎり、客の要求には応えなきゃいけないんだろ? 」それがホテルマンの鉄則であることは事実なのだ。


p54
「ホテルマンは、お客様の仮面を剥がそうとしてはいけないの」「たとえその仮面がひどく粗末で、素顔が見えていたとしてもね」





■ 「ルーキー登場」

 
□ あらすじ

 
警視庁捜査一課に配属されて間もない新米刑事・新田浩介は、ホワイトデーの夜に発生した実業家・田所昇一の殺害事件捜査に参加する。刑事となった新田の最初の事件。
殺された田所は夜中のジョギング中に殺害されており、現場付近には犯人が待ち伏せていたことを示す煙草の吸殻5本が残されていた。
被害者周辺で怨恨や痴情の縺れによる動機の線が浮上せず捜査が行き詰る中、新田はふとした閃きから現場の偽装を見抜く。
社長の妻・美千代は料理教室を開いている。その教室には彼女に強い好意を持っている男性・横森仁志がおり、旦那からDVを受けていることを告白していた。


*


□ 注目の箇所(抜粋)


p68
「あれは本物のスッピンじゃないんだもの。そう見えるようにしてるだけで、でも今は本物のスッピンなの。だからだめ」 
彼女の言葉に、新田は軽い頭痛を覚えた。何だ、それは。スッピンに本物と偽物があるのか。



p121~122
「もし横森が逮捕されなかったらどうする気だったんですか。彼はあなたと結ばれるつもりでした。下手すると、悪質なストーカーになっていたかもしれませんよ」 
すると田代美千代は、何だそんなことか、とでもいうように肩から力を抜いてみせた。
「全然大丈夫。あんな男、何とでもできます」 
そういって唇の隙間からピンク色の舌を覗かせた。その表情は獲物を狙う蛇を想起させた。
「この次は決して女の仮面には騙されない」
そういい放って部屋を出た後、新田は唇を噛んだ。





■ 「仮面と覆面」


□ あらすじ

コルテシア東京に典型的なオタクっぽい5人組がチェックインする。
彼らの目的は、執筆のためホテルを予約した美人で知られる人気女流作家・タチバナサクラの部屋を突き止めオッカケることにあった。
サクラの担当編集者・一ツ橋出版の望月和郎に事態を知らせ、トラブルが起きないよう目を光らせる山岸尚美。
だがサクラとして宿泊したのは玉村薫と名乗る中年男だった。


*


□ 注目の箇所(抜粋)


p178
「結局、受賞ってことになった。だけど、薫本人を表に出さなくても済んだ。望月さんが、タチバナサクラっていう覆面作家に仕立て上げてくれたからね」 
「つまり、望月様との打ち合わせなんかはお父様がおやりになり、執筆はお嬢様がなさっていた、ということですね」玉村は顔をしかめ、眉の上を掻いた。


p180
「お父様が電話に出たなら、携帯電話をこのように受話器に当てる」
部屋の受話器に、携帯電話の送話口と受話口が逆になるように密着させた。
「このようにすれば、お父様はどこにいても、望月様からの電話に出られます」


p182
「俺たちの正体を隠しておいてくれるんだな」
「もちろんです。お客様の仮面を守るのが、私たちの仕事ですから」
そういってから首を傾げ、「いえ、仮面ではなく覆面・・・・でしたね」




 
■ 「マスカレード・イブ」


□ あらすじ

東京八王子では泰鵬大学理工学部教授の岡島孝雄が、教授室内で刺殺される事件が発生。
所轄・八王子南署生活安全課の女性警官の穂積理沙は、特捜本部から駆り出される。
理沙と共に捜査に当たった本庁捜査一課の新田浩介は、有力な容疑者として准教授の南原定之に目を付ける。
犯行時には京都のホテルにいたと主張する南原だが、アリバイを崩されると大阪のホテルに泊まっていたことは認めるものの、そこで密会していた不倫相手の人妻に迷惑をかけられないとホテルや人妻の名前を教えることを頑なに拒否する。
新田たちはアリバイ確認となり得る具体的な証言を避ける南原の真意を掴めずにいた。
やがてホテル・コルテシア大阪に宿泊していたと明らかになる。
そこはオープンしたばかりの系列店で、山岸尚美が教育係も兼ねて応援として勤務していた。
そして尚美は、或る客たちの仮面に気づく。
一方、理沙は、コルテシア大阪への聴き込みの仕事を振られ、尚美と対面することになる。
その姿勢に共感した尚美から、こっそり重要な証言を得るのだった。


*


□ 注目の箇所(抜粋)


p215
「真面目で努力家であったのはたしかです。膨大なデータを積み上げていくことで、仮説を立証するタイプでした。論理の飛躍や奇抜な発想といったものに対しては、あまりいい顔をしなかった。南原君はいつも夢みたいな提案をする、夢だけじゃ研究は進まない、とね。私は、夢を追わなきゃ新しい道は拓かれないと考えていたんですが」 
「最初にアイディアを出したのは私なんです。岡島先生は乗り気ではなかった。そこで議論を重ねるうちに、別のアイディアが出てきた。それが今回の発明に繋がっています。 先生のアイディアは、私のアイディアの改変にすぎない」


p258~260
「あの女性警察官、まだいるんだよ」
「ずいぶんと粘り強いですね」 
「女性の警察官というのは、いろいろと御苦労が多いのでしょうね」
「それはまあ。でも覚悟して入った世界ですから」
「穂積さんは、なぜ警察官になろうと思われたのですか」
「悪い奴をやっつけたかったからです。セーラームーンとか、大好きだったし」
「でも現実は厳しいんですよね」
「今のところ、男性の補助ばかり。ろくな仕事が与えられなくて」
働く女性の敵は、どこにでもいる。


p317
畑山玲子は、「私たちの間には、もう何年も夫婦関係はありません。でも私たちは同志であり、お互いの最高の理解者です。離婚しないのは、理由がないからです。それに夫婦という肩書きは、何かと都合がいいので」
「所謂、仮面夫婦というやつですか」


p321~322
穂積理沙が話した内容は意外なものだった。彼女の話の主役は、一人の聡明なフロントクラークだ」
「でもこれらは全部想像にすぎないから、証言として扱われるのは困るって、その女性がおっしゃるんです。だからあたし、どうすればいいか考えて・・・・」
「薔薇の移り香っていうでっち上げを思いついたわけか」
新田は顔をしかめ、首の後ろを掻いた。
「危ない嘘をついたもんだ。事件が解決したからいいけど、もしそのフロントクラークの推理が外れてたら、大変なことになっていたぞ」
「絶対に名前は出さないっていう約束をしたんです。女と女の約束です」
そういって両手で口を覆った。
「それにもう、あのホテルにはいらっしゃらないみたいです。別の職場に移られたみたいで・・・・」
「一度、顔を見ておきたかったな。その聡明な女性フロントクラークとやらの」
「美人ですよ。いつか会えるといいですね」
東京の空が赤く染まり始めていた。
事件が解決したばかりだというのに、何かが始まる前触れのような気がした。


 かくして 「マカスレード・ホテル」の物語へと続くのであった。


*


■ エピローグ


□ 注目の箇所(抜粋)


p330~331
本音をいえば、あの女性の味方をしてやりたかった。しかしホテルマンとしては、それをするわけにはいかない。たとえどんなに見下げ果てた人間であろうとも、それがホテルの客ならば、
彼等が被っている仮面を守るのが自分たちの仕事なのだ----。