■■ NHK-BSプレミアム 「コズミック フロント☆NEXT」




語り: 萩原聖人(#1#3)、永作博美(#1#2)、真下貴(#2)、守本奈実(#3)

声の出演: 81プロデュース(樫井笙人・宗矢樹頼・玄田哲章・植竹香菜、幸田夏穂)

新テーマ曲: 寺田志保、歌・Yucca
オリジナルの挿入曲: 約50曲




■ これまでの放送







■ 第3回 「クレオパトラが残した 古代エジプト天文学」


NHK-BSプレミアム
4/16(木)22:00~23:00 
【再放送】 4/22(水)23:45~24:45


【概要】


「クレオパトラの天体図」という石版は、北と南の星に特別な意味づけをした古代エジプト人の世界観を今に伝えている。
古代エジプト文明が天文学を発展させたミステリーに迫る。


パリ・ルーブル美術館の一角の天井に、「クレオパトラの天体図」という約2m四方のレリーフがある。

そこには、星座や暦、紀元前50年頃に起きた日食も描かれているなど、古代エジプト文明が築き上げた天文学の“集大成”とも言える。

古代エジプトの天文学は様々な遺跡に残されている。
最初のピラミッドである「階段ピラミッド」は、王の死後に北の星になりたいと強く願うことで建造されたものだと言う。
北の星にはどのような意味があったのか ? 

さらにクフ王に代表される巨大ピラミッドは、四辺が正確に東西南北と一致している。
そこには驚くべき精緻な天文観測の技術があった。

そして私たちに馴染みの深い暦や時間の起源も古代エジプトにあった。
暦や時間は一つの星の観測から始まり、やがて南の星座の詳細な観測から生み出されていた。
そこには古代エジプト人の星々との密接な関係性があった。

古代エジプト文明はどのように天文学を発展させて行ったのか?
そのミステリーを「クレオパトラの天体図」から解き明かす。


 
*
 

【あらすじ】

 
多摩六都科学館館長: 髙柳雄一氏 「星空を通じてクレオパトラは今も語りかける」
< 少し加工させて頂きました。>

 
さて、耳慣れない言葉ですが「天文考古学」という学問分野があります。天文学の知識を用いて歴史を検証する考古学のことです。
装いも新たに始まった「コズミックフロント☆NEXT」 #3「クレオパトラが残した古代エジプト天文学」は、正にこの天文考古学がテーマ。
実は、私が仕事場にしているプラネタリウムが、この天文考古学を具体的に理解するうえで大変役立つのです。
かつて私もNHKの宇宙番組では、イギリスのストーン・ヘンジ遺跡やアイルランドのニューグレンジ遺跡を取り上げたことがあります。
これらの遺跡では、建造した人々がその時代の太陽や月、星などの天体の運行を意識して造ったことが判明しています。
コンピューターと連動して動く最先端のプラネタリウムでは、遺跡がある地理上の位置と年代を入力すると、古代の人々が眺めていたのとほとんど変わらない夜空、天体の運行を画面上に再現することができるのです。
では、最先端のテクニックと古代史ロマンとを同時に楽しめる「クレオパトラが残した古代エジプト天文学」を100倍楽しめるお話を展開してみましょう。

「クレオパトラの天体図」と星座たち
 
古代エジプト・プトレマイオス朝最後の女王クレオパトラ7世、絶世の美女で7カ国語を操る才能豊かな女性と数奇な運命、世界史上でもっとも有名な人物と断言できるでしょう。
エジプト文明を代表する遺跡の一つは、クレオパトラが造ったエジプト中部デンデラにある神殿です。
この神殿の天井に、古代の星空の謎そして悲劇の女王クレオパトラの嘆きの秘密を解く鍵が隠されている天体図が、レリーフとして彫られているのです。
本物は現在、ルーブル美術館に収められていますが、美術館の中と(たとえレプリカでも)実際の神殿の中とで受ける天体図の印象の違いが、番組を試写してみてはっきりと判りました。
今回の番組の映像は全体を通して貴重な世界遺産の記録でもあることは、宇宙ファンならずとも見逃せないポイントです。

番組は「クレオパトラの天体図」をもとにストーリーを展開する調査ファイルで構成されています。
□ 調査File 1 「特別視された北の星」
□ 調査File 2 「厳密に測定された北の方角」
□ 調査File 3 「南の星から生まれた暦と時間」



「クレオパトラの天体図とは」

 

< Stella Clubステラ薫子オフィシャルサイト より拝借しました。>

 

エジプトのデンデラに在るクレオパトラが造ったハトホル神殿。
外壁の左端に描かれたクレオパトラ、中には、オシリス神に捧げられた小さな建物があります。
「クレオパトラの天体図」は、そこの天井にあった約2m四方の板状石にレリーフ(浅い浮き彫り)で描かれています。
尚、天体図にも壁面にも小さいながら、円形=太陽に囲まれた神が、月を象徴するヒヒを捉まえるように描かれ、当時、実際に勃発した天体現象の日食を表わしています。うお座の近くです。
当時は政治も重大局面に遭遇し恐怖が重なっていたため、天体図作成で安泰・平定を表わしたかったのでは??
全体を眺めると、4人の女神がハヤブサの頭をした神々(ルーブル美術館では「神霊」と解説されている)たちに助けられて、円盤状の大空を支えていることが判ります。

大空の内側には、円周に沿って36の神々の像が取り巻いています。
ルーブル美術館の解説で神霊デカン(10分角)と記載されているこの36の像、実は、エジプト文明の大きな成果である暦や時間の考え方の基になっているのです。
エジプトでは7月下旬、シリウスが日の出の直前に地平線から姿を現わします。
これは古代エジプト人にとって重要なサインでした。
丁度その頃は雨季の始まりで、ナイル川が増水を始めます。
農耕で暮らしていたので肥沃な土をもたらすナイルの増水は農作業の始まりを意味していました。
「クレオパトラの天体図」ではシリウスの真下の神が暦の始まりとして描かれていました。
やがてその周期が365日であることに気付きます。
36の神々が円を描いているのはなぜか?
天体図より1200年前に造られた王家の谷に在るセティⅠ世の墓の壁には、長方形の帯状の表として36分割した南の星空が描かれています。
南の星は地平線から現われるが日々変化して行きます。
10日毎に星々を36に分けて再び同じ位置に戻ることを表現したのです。
10x36日 + 祭礼のための特別な5日=365日としました。

次に時間。シリウスが現われる7月下旬は1年の始まり、その時期に日没から日の出までに見えた神々の帯は12なので、夏の夜を12の時間帯に分け、それを基準に冬の長目の夜も12の時間帯とし、円錐形の水甕(みずがめ)でできた水時計(底の穴から水が漏れて行く)の内側には、冬は夏より粗い目盛り(時分割)にして12+12=24時間としました。

「クレオパトラの天体図」には星座も描かれています。星座というと星占いを思い出す方も多いのではありませんか? 
星占いに登場する星座は、太陽や月、惑星の通り道に位置しています。太陽や月の運行を知る上で人間が昔から利用してきた、いわば目印となるのが星座と言っても良いでしょう。
古代エジプトの人々もこれらの星占いの星座を利用していたに違いありません。「クレオパトラの天体図」には正しくこの星占いに使われる星座も描かれているのです。
眺めてみると「おひつじ座」・「おうし座」・「さそり座」・「やぎ座」・・・・12の星座が描かれていることが直ぐに分かります。現在の星座図に描かれている形とほとんど変わっていないからです。
星座あるいは星占いに詳しい方ならご存知でしょうが、一般的なこれらの星座はメソポタミアが起源とよく言われています。
それがエジプトの壁画にも再現されているとしたら・・、きっと古代世界でも天文学の情報が色々な形で各地に波及していたことが容易に想像できますね。
一方で、「クレオパトラの天体図」に描かれた星座には、エジプト風のものもあります。
「オリオン座」周辺、「シリウス」単独、「北斗七星」単独、・・・。
私たちに見慣れぬだけに逆に目立っています。
例えば「みずがめ座」、ギリシア神話では大神ゼウスが誘拐して来た美青年ガニメデが肩に担ぐ水瓶から溢れる水の流れを描いた星座ですが、エジプトの場合は、水が流れ出る瓶を二本持ったエジプトの氾濫の神ハピとして表されていて、古代史の研究テーマにもなりそうです。


「古代エジプトの王たちと北の夜空の星々」

エジプト風の星座で興味深いのは北の夜空の星座です。番組でも時間をかけて、北の夜空の特別な意味を解説しています。
円型で示される「クレオパトラの天体図」の中央に描かれているのが北の夜空です。現在の私たちなら北斗七星、さらには北極星を想像する場所ですよね? 
柄杓型の北斗七星は、現代では「おおくま座」の熊の腰から尻尾の部分を表していますが、「クレオパトラの天体図」では、北斗七星が単独の星座として、牡牛の前脚として描かれています。
さらに「おおくま座」正面に位置するカバの女神が、現在の「りゅう座」を表していて、さすがに時代の差を感じさせます。

そして悠久の時の流れからすれば、ほんのわずかな時間差かもしれませんが、天文学上の重要な事実が北の夜空に隠されているのです。
現在、北の夜空には北極星があり、そのすぐ近くに天の北極点と呼ばれる地球の自転軸が指す点があります。
北極星がズバリ天の北極ではないんです。
地球の自転軸 (傾いているため、約2万6千年の周期で大きな円を描くように回転している)。
それはともかく、星々が東の地平線から昇って西の地平線に沈むように見えるのは、地球が自転しているから、ということは皆さん良くご存じのことでしょう。
この結果、夜空の星々は天の北極点の周りを一周しています。
現在の北極星は、過去には天の北極点近くには存在していなかったのです。
地球の自転軸は長い時間をかけてゆっくりと移動しているからなのです。
しかし、いつの時代も北の空には天の星々が巡る中心点があることには変わりはないのです、だって地球が自転しているのだから。
「クレオパトラの天体図」の中央が北の空であること、それは、回転する夜空の中心を描いていると言えます。
古代エジプトの王たちにとって、北の空は天体図の中心を占める神聖な世界だったようです。
この仮定を番組では見事な謎解きで明らかにしてくれます。

古代エジプトで北の空が特別視された証拠として、番組では「クレオパトラの天体図」を遡ること1400年も昔のハトシェプスト女王時代に、壮大な葬祭殿を設計した建築家でもあり天文観測官でもあったセンエンムウトの仕事を紹介しています。
ハトシェプスト葬祭殿の脇には墓があり、その中にも現存する最古のエジプト天体図が描かれていて、その北の空の中心には、古代エジプトで神に捧げられた最高に神聖な動物の牛が描かれています。
これは北の空が特別に神聖な世界と考えられていたことを示しているのです。
北の星を神聖なものとした事例は、紀元前2600年頃に造られたサッカラのエジプト最古のピラミッドにも残されていました。
このピラミッドは高さ60m、6段の階段状でしたが、このピラミッドの「北」側には傾いた小さな建物が壁面に寄り添うように建てられています。
この不思議な建物は王の礼拝堂としての役割があったようです。
壁には北の空を覗く小さな穴が開けられています。王がこの穴を通して北の空の星を眺めていたことが暗示されています。

これほど北の空の星に古代エジプトの王たちが注目した理由は何だろう。
周極星(天の北極の近くに在り、地平線の下に沈まず円を描くように動く星)。
天の北極点の周りを巡る星々には、地平線に沈まない永遠の世界がある、と考えていたのではないでしょうか。
さらに言えば、古代エジプトの王は、その死後、北の星になることで決して地表から消えることのない永遠の命が手に入れられると考えていたようなのです。
 

「天文考古学が明かす女王の嘆き」

 
「クレオパトラの天体図」が作られた年代を正確に推測できるのが天文考古学の大きな強みです。天体図が描かれた年代を特定するには、天体図の中の星座配置からだけでは難しいことは言うまでもありません。
その点、実に幸いにも「クレオパトラの天体図」には、当時よく知られていた五惑星が星座と結びつけられて描かれています。
「みずがめ座」の後ろに「明けの明星」=金星、「かに座」の近くには木星、「やぎ座」の背には火星、さらには水星や土星までその位置を探し出すことができるのです。
惑星は読んで字の如し、人々を惑わすように星空の中を移動している天体です。
逆に言えば、特定の星座の中の特定の位置に特定の惑星が描かれている、それも、たった一つではなく、5つの惑星がそのように描かれているとすれば・・、
読者のあなたも天体探偵になったつもりで考えてみると、そう、ある特定の日付が逆に計算できる、ということになります。
或る研究報告によれば、5つの惑星と星座がこのような配置になるのは、約千年に一度だと言います。
そして計算によるとこの天体図は紀元前50年6月15~8月15日に亘って観察された空を描いたものだと絞り込めるのだそうです。2065年前のことがこんなに正確に分かるなんて、凄いことですね!
さらに興味深い事実も紹介されています。この天体図には紀元前52年9月25日に起こった月食と紀元前51年3月7日に起こった日食とが描かれていることです。
この月食と日食はプラネタリウムで再現できました。紀元前51年3月7日の日食では、アレクサンドリアで午後3時近くには五割近く欠けた部分日食になることが分かりました。
この時の日食はクレオパトラにとって非常に不吉なものだったに違いないのです。この年、クレオパトラの父プトレマイオス12世アウレテスが死亡しており、地中海世界が激動する中で、クレオパトラ7世が女王として即位したのです。
こうして見て来ると、「クレオパトラの天体図」には、北の星に王朝の永遠の持続を願った古代エジプト最後の女王の思いが込められていると感じることもできるかもしれません。


「巨大遺跡が証明する星空・地球・文明の変遷」

Nikonチャンネル 星空案内  より拝借しました。

 
 
番組の中では、「こぐま座」のベータ星コカブと「おおぐま座」のゼータ星ミザールを結んで、地球の自転軸の揺れを再現するドキュメンタリーが登場します。
この2つの星を通る直線上に天の北極点が位置したのは紀元前2467年であることは計算から分かっています。夜のエジプトの砂漠を思い描いてみてください。2つの星を結ぶ直線を地平線まで下ろして来ます。
この直線が地平線に直角になる時、直線の方向が真北になるのです。
そんな天文学上の関係を巧みに利用して巨大な建造物が築かれました。それがギザにあるクフ王の大ピラミッドなのだ、と言う論文が、2000年にケンブリッジ大学のケイト・スペンス博士によってネイチャー誌に投稿されました。
プラネタリウムでもこの関係は見事に再現され、番組でも紹介されています。私にとって興味深かったのは、この論文が更に深い考察をしていたことです。
営々と続くエジプト文明。その気の遠くなるような長い時間の経過の中で、北極点を通過するこの直線が、やがて自転軸の移動により北極点を通らなくなってしまいます。
しかし、他のピラミッドの建造にもこの手法が使われた事例をスペンス博士が取り上げています。論文では、誤差を分析することで、それぞれのピラミッドが建設された年代の推定もしていることでした。