東野圭吾の「歪笑小説」


集英社の小説月刊誌『小説すばる』2008年10月号、2011年3~11月号に掲載された短編連作12編。
集英社文庫2012年1月に刊行。




短編連作であるが、一つの長編のように整合性が取れた内容。
茶目っ気・ブラックユーモアセンスたっぷりの東野氏が、身近な文壇(作家たちと出版界)を風刺する。


短編小説集『○笑小説』シリーズ
「怪笑小説」・・・集英社: 単行本1995年10月、文庫本98年8月
「毒笑小説」・・・集英社: 単行本1996年4月、文庫本99年2月
「黒笑小説」・・・集英社・単行本2005年4月、文庫本08年4月
の続編4作目で、私は未読だった。

尚、作家の熱海圭介・唐傘(からかさ)ザンゲ・寒川心五郎、編集者の神田は、シリーズ前作の「黒笑小説」に登場している。


★ 感想

「作家と編集者」の世界のブラックユーモアなネタが繰り広げられ、"そこまで言うか!?"と驚く程、出版業界の内幕を暴露している。
しかし、全体として毒舌だけに陥らず、東野氏が実体験した作家とその家族周辺・出版界・芸能界などの、苦労談が織り込まれながら、それらを包み込む温かい心が我々読者に浸みて来そうだ。


【参考】 東野氏に関する私の主なブログ






■ 伝説の男(『小説すばる』2011年3月号)

灸英社 [集英社を捩(もじ)った!!] 書籍出版部に配属された新人編集者の青山。
ミステリの本を作ることが子供の頃からの夢だった青山にとって、その職場はまさに夢の職場だった。
"伝説の編集者"である編集長・獅子取(ししどり)の元へ挨拶に伺うと、いきなり「スポーツはできるか」と直撃される。
その意味を青山は後に知ることとなる。
そうして青山が目の当たりにした、突っ張る売れっ子の独身女流作家から仕事をもらうため、"スライディング土下座落し"の特技。
常識破りのあの手この手の奇策を連発するレジェンド。
世の中にはこんなアホ臭い、我こそ営業の鑑(かがみ)と思い込んでいる人種が存在するものだ。


■ 夢の映像化(2011年4月号)

新米作家の熱海圭介は、『撃鉄のポエム』という作品で灸英社新人賞を受賞した。
そのデビュー作が、何と!!早々に2時間ドラマ化する企画が持ち上がった。
熱海は有頂天に舞い上がって、誰彼となく言い触らして回る。無理もないこと。
しかも、あの好きな俳優に、女優に演じてほしいなどと勝手な妄想を抱いたりして、心が踊る。
ところが、出て来た企画書は、原作とは掛け離れた改変がなされていた。
原作者は忠実さを求める権利があるとは思うが、広く評価された文芸作品ならいざ知らず、映像化(ドラマ版・劇場版)はプロデューサーの狙いとのトレードオフ関係にある。
東野氏は、五月蠅(うるさ)く言わない作家らしく、これまで、東野作品の映像化(※)は成功している場合が多い。


(※)


1999年、『秘密』
・・・直木賞候補・吉川英治文学新人賞候補・日本推理作家協会賞(長編部門)受賞。
⇒映画「秘密」
・・・東宝1999年9月公開、監督:滝田洋二郎、主演:広末涼子、小林薫。
日本アカデミー賞/優秀主演女優賞・優秀主演男優賞・優秀助演女優賞。仏ジュネーブ国際テレビ映画祭グランプリ。伊ウーディネ極東映画祭最優秀作品賞。

2000年、『白夜行』
・・・直木賞候補。
⇒テレビドラマ「白夜行」
・・・TBS2006年1~3月放送、演出: 平川雄一朗・那須田淳・石井康晴・高橋正尚、脚本: 森下佳子、主演:山田孝之、綾瀬はるか。
ザテレビジョンドラマアカデミー賞/ 最優秀作品賞・主演男優賞・助演女優賞・助演男優賞。

2003年、『手紙』
・・・直木賞候補。
⇒映画「手紙」
・・・ギャガ・コミュニケーションズ2006年11月公開、監督:生野慈朗、主演:山田孝之、玉山鉄二。


2006年、『容疑者Xの献身』
・・・直木賞受賞・本格ミステリ大賞(小説部門)受賞。2012年エドガー賞最優秀小説賞候補。
⇒映画「容疑者Xの献身」
・・・東宝2008年10月公開、監督:西谷弘、主演:福山雅治、堤真一。



■ 序ノ口(2011年5月号)

『虚無僧探偵ゾフィー』という不条理な物語でデビューし人気急上昇の唐傘ザンゲ(本名・只野六郎)は、灸英社の獅子取編集長に唆(そそのか)され、文壇のゴルフコンペに無理矢理、参加させられる。
しかも、向かうハイヤーには大御所作家の光島先生が同乗する。
入口からアタフタする唐傘。
ゴルフ場に着くと、各ジャンルの大物作家、堂山・深見・玉沢・大川端ら各先生が居並ぶ。
そしてプレーも大叩きにOBの連発。
諸先生方は威風堂々としているのに萎縮(いしゅく)。
作家の世界と相撲界の世界は同じで、序ノ口と関取いやいや幕内・三役の隔たりが在る。
ところが、彼らはしっかり新進作家の作品を読んでいる、決して安住していないのだ!! 
唐傘は頑張ろう!!との意を強くした。


■ 罪な女(2011年5月号)

編集の先輩・小堺の多忙をカバーするためだと、やって来た新人編集者・川原美奈が、臭過ぎるハードボイルド作品『撃鉄のポエム』でデビューし、勘違いしたままの若手作家・熱海圭介の担当となった。
美奈は、今時の小顔で目が大きく可愛いのだ。
熱海は、彼女を見た瞬間から、ぞっこんになって舞い上がる。
彼女からのメールにスキップをしてしまったり。
だが後輩の唐傘も担当し、パーティーで親しそうにしている。ジェラシーがメラメラ。
彼女からは、熱海の作品も後輩・唐傘の作品も、殆ど似たような歯の浮いた八方美人的な感想しか出て来ない。
唐傘の方は忌憚(きたん)のない意見を欲する方だ。
聞けば、芸能雑誌の編集から、職場結婚したため配置変えされたのだった。


■ 最終候補(2011年6月号)

突然、閑職へと配転異動になった石橋賢一は、落胆し衝動的に小説を買ってしまう。
その唐傘ザンゲという新進作家の小説を読んで、そうだ!! 自分も小説を書こうと思いついた石橋は、登場人物を決め構成を練り、念入りに書き始める。
会社や妻から不審がられるが、遂に完成した小説『介護問題殺人事件』を灸英社の文学賞へと応募する。
数日後、出版社から最終候補の見込みがあるという電話が掛かって来て、こんな会社なんか辞めてやろうかとも考え始める。
気が逸(はや)って出版社に電話を入れて、アレコレ選考状況、作家の生活事情まで質問する。
心の葛藤からとうとう神経性胃炎に・・・。
東野氏も随分、ノミネートされ続けた経験がある。脱サラし専業になる人は一握りであり悲哀を知って有り余る東野氏の小品。


■ 小説誌(2011年7月号)

編集者・神田先輩の息子、眼鏡・チビそして女子2人の中学生が、週刊誌『小説灸英』の編集部へと見学に来た。彼らの面倒役を押し付けられた青山は、渋々、案内して行く。
青山に待っていたのは、彼らからの質問攻めだった。次々に繰り出される中学生からの鋭くツッコむ恐るべき質問。何とか回答して行く青山に質問はエスカレートして行く。
そして、答えに窮した青山の口から、次々と出版社の裏事情が露わになる。
Q「連載を単行本にする時、書き直さないですか?」A「多いね」、Q「原稿料って、枚数によって決まるんですよね」A「金額は作家によって違う」、
Q「連載中は適当にだらだら書いて、単行本にする時、直すっていう手も使えますよね」Q「原稿泥棒だ」Q「連載小説というのは、売れっ子作家に原稿料という名目でお金を渡すシステムなんですね。だから下書きでも何でも構わない」
Q「原稿料だけ払って、掲載はしなければいいのではないですか。完成した原稿をまとめて貰ったらいいじゃないですか。読み切りだけを掲載する」Q「原稿料は入るんだから、文句はないはずです。作家は製造業でしょ。納期を守るのは当然」
A「とりあえず活字にする媒体を用意して、掲載するっていう形にしないと、書かないんだ。先生お願いします締切までに必ず書いてくださいと何度も土下座しながら催促して、・・・ 納期? そんな言葉が連中に通用すると思うか。ふつうの仕事ができないから作家になったような人間たちだぞ」
メーカーの技術者を脱サラした東野氏ならではのブラッキーなギャグ。


■ 天敵(2011年8月号)

『虚無僧探偵ゾフィー』でデビューした唐傘ザンゲ。不条理すぎて、保守的な作家にはまるで理解されない作品。
唐傘ザンゲは冗談半分で付けたペンネーム。灸英社新人賞を受賞し、作家デビューして3年。
唐傘の恋人・元子は、唐傘の小説の世界一のファンだと自称していた。
だが、編集者の小堺にとってマネージャー気取りでしかなかった。元子は唐傘の小説にうるさい口出しをして来る婚約者。編集長の獅子取までが一番やり辛いタイプとまで評する。
しかし、一発当たった作品の後、作家が次の作品を書く苦悩を訴える元子。ヒット作症候群、本格不条理ミステリの旗手みたいな持ち上げ方をされ、なかなかそこから離れられない悪循環。
そこで獅子取は、元子の矛先を内助の功として発揮し、小手先で誤魔化すマイナーチェンジで終わらなよう仕向けたのだ。


■ 文学賞創設(2011年9月号)

灸英社によって、『天川井太郎賞』という新たな文学賞設立の話が持ち上がった。
その文学賞は、独自の視点でエンターテイメントの優秀な作品を讃(たた)えるというものだった。
だが、敵対している出版社などからは『天井賞』『天丼賞』などと馬鹿にされていた。
そんな中、候補作が選ばれたが、唐傘ザンゲ「煉瓦街諜報戦術キムコ」を始め古井蕪子「皺くちゃ少年、ぷりぷり婆さん」松木秀樹「一瞬でかっ飛ばせ」清畠和博「アウトサイド低め」
ところが、主催者の営業意図に反して、選考委員の先生方が選んだのは「深海魚の皮膚呼吸」大凡均一という60歳近い無名作家。
その初老の夫婦は授賞式に揃って出たいと言い部屋の陰で嬉しさの余り抱き合っていたのだ。
それに気づいた青山はこの賞を大切に育んで行きたいと誓う。


■ ミステリ特集(2011年10月号)

『撃鉄のポエム』で新人賞デビューし有頂天で会社辞めちゃった熱海圭介。
けれど続く作品は臭すぎるハードボイルドで、箸にも棒にもかからないのに、勘違いしている。
『週刊灸英』で本格ミステリ特集を組むことになり、作家10人に、様々なジャンルのミステリを書いてもらう十人十色のアンソロジー(競作)特集だった。
だが、肝心なところで1人の作家が倒れてしまい、ピンチヒッターとして選ばれたのが、まさかの熱海圭介だった。
"ミステリ小説の書き方""トリックの仕掛け方"などを一から学ぶ(苦笑)ほどの熱海。
一方、今回メンバーの『天川井太郎賞』を受賞したばかりの大凡均一もまた・・・。
でも、笑ってはいけない。東野氏の注釈には、日本推理作家協会・編著、幻冬舎・刊の『ミステリーの書き方』は、ミステリ作家志望の人には本当にタメになる本。


■ 引退発表(2008年10月号)

今時珍しい手書き作家・寒川心五郎の渾身の力作『血族の遥かなる山河』以降、何度か直本賞候補になっていて、他の作家同様に獲得したくて仕方がないけれど素直になれない。
これが最後とまで言われていた作品で賞を逃し、すっかり筆を下ろしてしまった。
そして、自分に切りをつけたいと編集者の神田を呼び寄せて、引退を宣言する。
最早、寒川は書かないと思っていた神田は、正式な引退などは無いと思っていたのに、寒川は、記者会見を開くなどと口走る。
引退小説の紹介文には、『筆の道』というタイトルで、百枚を超える長文、しかもタイトルには「第一章」と付き、最後には「第二章に続く」と書かれているではないか!!


■ 戦略(2011年11月号)

売れない作家・熱海圭介が新作の長編ハードボイルドを書き上げた、決して読者の期待を裏切らないとメールは自信に満ちていた。
『銃弾と薔薇に聞いてくれ』、その副題が『撃鉄のポエム2』と分かり、編集の小堺はドドドーッ。
編集長の獅子取が今回の熱海の小説には、"くさや"のような妙な味が付いていることに目をつけたと言うのだ。
売れない作家を何とか売ろうとする編集者の作戦が空回りし放しだったが、獅子取は、ここぞとばかりに出来にチャック。
熱海自身にスタイル(作風ではない)変化を要求し、新作を売ろうと戦略を練る。
アフロヘアーにド派手なファッション。
自分を偽って無理しながら生きていると、女子高生読者の共感を呼んだ。


■ 職業、小説家(2011年11月号)

唐傘ザンゲと元子が、遂に、結婚を考え始めた。
元子の父・須和光男は、全く小説を読まない人物だったが、娘の結婚相手が新人小説家、エンタメ系? であったことを知り、不安一杯、大いに悩む。
小説界のことを何も知らない父親は、危うい職業? 一体、どんな風に収入を得ているのか?
現在の唐傘の年収は400万程度らしい。それでまともに生活して行けるのか?
そんな時に、元子が唐傘のマネージャー役として、退職すると言い出したため、一層、悩みが深刻になった父。
案の定、『虚無僧探偵ゾフィー』は数ページでギブアップした。
だが、変なタイトルの最新作『煉瓦術諜報戦術キムコ』は、会社の女子社員が今年読んだ中で一番と言ってくれた。
光男は一気に三日間で読破した。飲み屋で居合わせた男が唐傘を小馬鹿にしたので思わずパンチ!!


■ 巻末広告(書き下ろし)

この短編集に登場する作家の熱海圭介・唐傘(からかさ)ザンゲの作品、または関連する作品が書かれている。
飽くまでもジョークであり、作者自身によって書かれた。