「美の巨人たち」

クロード・モネ「カササギ」


「色彩の魔法モネ開眼 ! 極貧期…雪景色に見た印象派の光」

1/31(土)22:00~22:30


【スタッフ】
撮影: 志水久、金子貴志
コーディネーター: ガリレー・プロ、森田佳代子、荒木文夫
編集: 伊東修
MA: 慎次実(東京テレビセンター)
企画協力: ビデオプロモーション
演出・構成: 大塚健一
プロデューサー: 永田浩一(テレビ東京)、栗本宏、松本博之
制作協力: nexus
製作: テレビ東京、日経映像


【ナレーター】 小林薫


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今日の一枚は、美しい雪の風景画、クロード・モネ作『カササギ』。

 


【参考】 私のブログ 国立新美術館2014「オルセー美術館展 印象派の誕生」を鑑賞(2014/10/10)



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夏の避暑地として名高いフランス北部の街エトルタ
・・・オート=ノルマンディー地域圏 / セーヌ=マリティーム県 / ル・アーヴル郡。
多くの画家を魅了した地。


クールベ「嵐の後のエトルタの断崖」(1869年)
ブーダン「エトルタの浜辺の洗濯女たち」(1894年)
マティス「エトルタ--海の断崖」(1920年)


クロード・モネにとっても重要な場所となった。1868年暮れから(28歳の時)、妻カミール・息子ジャンとともに滞在した。
「マンヌポルト」(1883年)
「エトルタの日の入り」(1883年)


本日紹介するのは海の絵ではなく、そのエトルタの冬の情景。
枯れた木々や降り積もる雪に覆われた庭。
生垣の隙間から零(こぼ)れる、遅い午後の柔らかな光。
少し傾(かし)いだ木の扉の上に、羽根を休めた1羽の黒い鳥、「カササギ」がいる。
誰もいない白い静寂の世界。


シンプルなこの絵の凄味は、グッと近付いてみると分かるかもしれない。
雪の白味はモネの革新的な色彩の魔法が掛けられているから。


・自然と完璧に調和した作品だ。
・真っ白な雪の中に、生命力溢れる鮮やかな色彩を発見した。


どんな秘密が隠されているのか ?


・誰もいない雪景色。


当時のモネの言葉「僕は田舎で暮らしている。ここは実に美しく、そして恐らく夏よりも冬の方がずっと気持ちがいいと思う」。
「カササギ」に隠された驚きの技法とは!?
技法を再現すると分かって来たのだ。
絵画史上、モネにしか成し遂げられなかった、発見と眼差しがあった。


1868年(27歳)の8月、バジールに宛てた手紙には、「絵はうまく行かず、もはや栄光には見放された。そのうえ相変わらずの金欠だ。落ち込み恥を晒し、希望が生まれたかと思うと、また落ち込む。そんな毎日なんだ」。
転機となったのがエトルタだった。11月、スポンサーに助けられ家族とともに滞在した。
12月(28歳)、再びバジールに宛てた手紙、「僕はここで僕が愛する全てに取り囲まれています。夕方、小さな家に帰ると、寛(くつろ)げる小さな家族が待っています。僕は今、苦労から解放され、平安な時を過ごしています。できればこのように静かな自然の片隅に、もう少し留まりたてものです」。モネの眼差しは穏やかになって行く。


冬の一軒の農家で、題材を見付けた。


・白の様々なニュアンスと光沢を楽しんでいる。一色と思われる雪に、あらゆる色彩の密度を感じる。


7色の絵具と15色の混合色を作る。
キャンバスで混ぜるように重ね塗りする。
更にキャンバスの上で複雑に絡み合うように描いて行く。
影になった雪の部分は、灰色がかった青を基調に塗り重ねて行く。
日向(ひなた)の雪の部分は、一変し、厚塗り用の溶剤を混ぜて雪のフワフワとした質感を出す。
更にその上に、赤や黄や青の鮮やかな色を散りばめることで、豊かな表情を生み出す。
・色の付いた影を描いている。確かに実際の雪景色でも、日差しが反射して影は青っぽい色になる。日向ではピンクや黄や青を散りばめて、雪のコントラストを際立たせている。



後に印象派がよく使う技法の予兆として現われている。


モネの目は何が特別だったのか?
謎を解く手掛かりは、構図にあった。
一瞬の美しさを永遠なものにして捉えようと、古今東西の画家が挑んだ。だがモネはそれだけではなかった。
黒いカササギがいるだけの誰もいない雪景色。このシンプルな構図にもモネの狙いがある。


・水平と垂直のシンプルな構図が画面にリズムを生み出している。
視線が空間を誘導されて行き、そっと描かれた人の気配が時間の移ろいを感じさせる。だから温もりを感じさせたのだ。
木々の垂直ライン(上から下へ)⇒生垣の水平ライン(右から左へ)⇒カササギの黒い姿(目が止まる)⇒木の扉(五線譜のよう、上から下へ)⇒カササギの影(目が止まる)⇒消えかかった人の足跡。



雪の白さに光と色彩を見い出した最初の絵画。
この絵こそ、革命と呼ばれた【印象派】への第一歩だった。
モネを称えたセザンヌの言葉、「モネは、只の眼に過ぎない。しかし、何と素晴らしい眼であろうか!」。



【私の補足】
その当時、ル・アーヴル地方紙記者は、自然を前に制作に励む画家と出会った様子を、次のように記述している。「あれは冬のことだった。何日か雪が続いて……石にも皹(ヒビ)が入りそうな程の寒さだった。最初に小さな火ばち、次にイーゼル、最後に外套を三重に着込み、両手に手袋を嵌(は)め、顔は半分凍りついたような男に気がついた。それが、雪の印象を研究しているモネ氏であった」。
しかし、翌年1869年のサロンに出品したが、受理はされなかった・・・。



「カササギ」を描いた5年後の1873年(32歳)、「印象 日の出」を発表し、パリを騒然とさせる。
そして一瞬の美しさの先にある移ろいを描くことに挑戦し続けた。溢れる光と噎(む)せ返るような色彩の中に、生涯を賭けて・・・。
「積み藁(わら)」の連作(1890年~)、「ルーアン大聖堂」の連作(1892年~)、「睡蓮」の連作(1899年~)。