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伊坂幸太郎・著 短編「一人では無理がある」
図書館から雑誌「小説新潮」2014年12月号を借りた。
「特集 A Very Merry Christmas !」というアンソロジー(競作集)には、
朝井リョウ、あさのあつこ、有川浩、伊坂幸太郎、恩田陸、白川三兎、三浦しをん
の7氏が掲載されていた。
伊坂氏の作品は昨年10月以来だったが、やっぱりウィットに富んで愉快だ。
【参考】 私のブログリスト 伊坂氏に関する私のブログ(2010年以降)
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「一人では無理がある」(p77~96)
【あらすじ】
(p84)
サンタクロースなる人物は存在しない。が、仕組みは存在する。いつから運用されているのかは、社員のほとんどが知らない。
会社とは異なっているのも事実だ。どちらかといえば、巨大な非営利団体、長大な歴史と数え切れぬほどの実績を持つNGOのようなものだろうか。
働くに相応しい、と判断された人物のもとに、人事部の人間がある時突然に接触してくるのだ。渋谷の街で立つ美男子が、「君、芸能界に興味はないか」と呼び掛けられるのと似ているが、違う点もある。
社内にはいくつかの部署がある。松田や緑川がいるのは、プレゼントを運び、届け先の情報を管理する部署だ。
御子柴はトナカイの引く橇(そり)を操縦するドライバーであり、配達者、「アンカー」の部署に属している。
(p83~84)
「アンカーとして採用される人の条件の一つに、苗字に『子』がついていること、」誰から聞いたのかは忘れたが、そういって、改めて、ドライバーの名簿を見れば日本支部にいるのは、御子柴(みこしば)、金子、安孫子、増子といった名前の面々だった。
「験担(げんかつ)ぎなのか科学的根拠があるのかは分からないけれど、でも、どうやらそういうことになっているみたいね、昔から」「サンタは子供のためのものだから、ですか」「たぶんね。子供たちからすれば、うちのドライバー、アンカー部こそがサンタクロース」
(p80)
その場にいるリーダー十数名の瞳が、松田に向けられた。「今のところ大きな問題はありません」「去年のようなミスはないよな?」本部長が厳しい目で言う。
「あ、ええ、はい」「もう鉄板ネタはいらないからな」「本部長、でも、鉄板と言われたらふつう、鉄板のことだと思いますよ」「辞書を引いてみろよ。鉄板レースというだろうが」
「いえ、僕もそういう使い方については知っています。ただ、鉄板を用意しろ、と言われたらふつう、鉄板を」「それはない」その場の数人が呆れる口ぶりで、大きくかぶりを振った。
「ケアレスミスや思い込みはゼロにはできないからな。できるだけそれを防ぐ方法を考えよう。」本部長はうなずき、「ミスは誰にでもある」と鷹揚(おうよう)に言った。
(p92)
「プレゼントを間違えてしまって」「またか」御子柴は笑っている。松田は必死に事情の説明を、早口でまくし立て、「僕の早とちりで」「中身は何だったんだ」「プラスドライバーです」
御子柴は噴き出すのをこらえきれない。「子供がプラスドライバーをもらって、喜ぶと思うのか?」「聞き間違えてしまって」
トナカイたちの訓練を眺めている際、野村は、「松田はそういう星のもとに生まれてる」と言った。「松田が間違える時は、結果的にそのほうが良かった、ってパターンが多いんだ」
(p85)
世の中にはプレゼントをもらうことのできない子供がいる事実も厳然としてある。近親者がいない場合はもちろん、子供に無関心の親もいれば、虐待同然、ひどいことばかりをする親も世の中には存在する。
さらに、クリスマスを前に、突発的な出来事が起き、親が交通事故に遭ったり、日常生活をひっくり返すような災害に巻き込まれたり、何らかの大事件のために、クリスマスどころではなくなってしまうケースもある。
(p94)
少年は朝、枕元に置かれているプレゼント、その包装紙の匂いに気づき、目を覚ました。起き上がるたびに、足首に巻かれた鎖が音を立てるがそれにも慣れつつある。
体を起こし、包装された箱を引き寄せる。クリスマスの朝だと気づいていなかった。母親が、彼を鎖で繋(つな)いだまま家を出てからずいぶん日が経っている。
中から工具が、プラスドライバーが出てきた
足首につけられた枷(かせ)が目に入ると、手に持ったドライバーを近づける。ネジに当てると、きっちりはまった。少年はほとんど失いかけていた力を振り絞り、ドライバーを回転させていく。
(p94~96)
梨央は母親との電話を切った後で、警察に電話をかける。「事件ですか事故ですか」淡々と訊ねてくる警察の声に、「事件です」と上擦った声で答えた。
「サンタ?」 梨央は言うと同時に、クリスマスイブであることを思い出す。寒気を覚え、振り返ればそこに、獣としか思えなぬ気配で、男が立っている。
「危ないから」梨央は、目の前で(クリスマスプレゼントの)包装紙を破っている少年に言った。
「え、何これ」少年が箱の中から、やけに大きな鉄板を取り出したのはその時だった。「これ、ただの鉄の板だよ !」
男がぶつかってきていた。が、男のつかんでいた刃物は鉄板に激突したらしく、音を立て、弾き飛ばされた。
少年にお礼を述べる。「きっとサンタさん、間違えちゃったんだね」「サンタの馬鹿 !」少年は不服そうに言うが、「私が今度、おもちゃ買ってあげるから」
サンタクロースが本当にいたのだろうか、と考える。もちろん、すぐに否定する。サンタクロース一人が世界中の子供たちにプレゼントを配るだなんて、現実的に考えて、可能とは思えない。
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単行本2014年9月刊
単行本2014年1月刊
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