ブログネタ:渋谷と新宿どっちが好き? 参加中私は新宿派!
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「渋谷」vs「新宿」という質問に、敢えて答えるならば、
訪問回数では「新宿」の方が断然多い。
従って、お世話になったという視点から、「新宿」に軍配を挙げたい。
尚、中には「渋谷区」と「新宿区」の区境(くざかい)が入り組んでいるスポットへの訪問もあるにはある。
□ 「新宿御苑」(新宿区内藤町~渋谷区千駄ケ谷六丁目)
□ 「神宮外苑西」(新宿区霞ケ丘町~渋谷区千駄ケ谷二丁目)
□ 「東京オペラシティ」(新宿区西新宿三丁目)と隣り同士の「新国立劇場」(渋谷区本町一丁目)
以下、東京有数の両街と私との関わりを、時を遡って思い出してみたい。
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★ 新宿
[1970年代]
大学時代を含め、われわれ団塊世代にとって「新宿」は特別な"聖地"だった。
アングラ劇場
・・・寺山修司・横尾忠則らの「天井桟敷」(書を捨てよ町に出よう)、唐十郎・李礼仙の「状況劇場」(ジャズのPit-inn~花園神社~新宿西口公園)など。
ATG系の「新宿文化劇場」「蠍(さそり)座」(新宿3-13-3)。
フーテン(ヒッピー)の「風月堂」(角筈1-1)。
大学4年時、金沢から初めて高速(名神~東名)を走って着いた所も新宿西口だったし、
社会人独身時、同窓生らを同乗し横浜から着いた途端に鼠捕(ネズミと)りでスピード違反になったのも新宿西口だった。
その後も友人たちと東京で落ち合うなら、新宿西口が定番 (近年なら差し詰め東口アルタ前? )。
街をぶらついて、「紀伊國屋書店」(角筈1-826)、「談話室滝沢」(新宿3-36-12)、ジャズライブハウス「Pit Inn」(新宿2-12-4)などに落ち着いた程度であったけど。
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[1980~90年代]
80年代当時の企業はOAブーム。
新宿南口(当時は寂れていた) からタクシーで、「新宿パークタワー」(西新宿3-7-1)のOAショールームを訪れたものだった。
バブル経済期~弾けた初期の90年代では-----
情報通信機器のセールスで、
東京都庁(西新宿2-8-1)、総務庁(その後⇒総務省)の統計局(若松町19-1)、
そして、京王新線・初台駅で降りて、着工開始したNTT新宿本社ビル(西新宿3-19-2)や東京オペラシティ(西新宿3-20-2)などへ、頻繁に訪問した。
ところで、初台駅前に美味しいお好み天ぷらうどんの立ち食いスタンド「加賀」があったが、住所は渋谷区本町1-2-3なのだ。
それから、近年はめっきり、ご無沙汰してしまったのだが、
歌舞伎町の「さくら通り」に、金沢の高校同窓生が早稲田を中退してやっていたスナックが在って、貴重な私の隠れ家的なスポットだった。
90年代、仕事が引けてから立ち寄ってみたり、飲み歩いて埼玉へ帰りそびれて朝まで飲んだり・・・。
歌舞伎町さくら通り
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[2000年代]
これまた高校同窓会関東支部で我々の同期に幹事が回って来るというので、
一時期集中的に集まっていたことがあった。
都職員の同期生の紹介で、新宿御苑に近い四谷の「区民ホール」(内藤町87)で作業をしたり、
本番を西新宿の高層ホテル(小田急=センチュリー)で迎えたりで、何かと新宿に集合したものだ。
西口の「思い出横丁」(俗称・しょんべん横丁、西新宿1-2-x)で焼き鳥・中華を食べに行ったのもこの頃。
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[2010年代]
私が「新宿御苑」を好きなこともあって、近年、ちょくちょく訪れて散策している。
私のブログ
初夏(2011/6) http://blog.goo.ne.jp/tsn_take/e/53f27cf842e4ed6a4bfac6dccfb4ea56
秋(2013/10) http://ameblo.jp/ashhrr/entry-11655047063.html
冬(2014/1) http://ameblo.jp/ashhrr/entry-11759746575.html
新宿御苑大温室
後、神楽坂散歩したり、「早稲田松竹」(高田馬場1-5-16)や「ギンレイホール」(神楽坂2-19)で懐かしい名画を観たりもするが、
これらのスポットは新宿区であっても、都内では"新宿"に行ったとは言わない。
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★ 渋谷
[1970~90年代]
若い頃は、新宿に過度集中のキライがあり、渋谷と仕事上の縁も非常に少なかった。
渋谷へ行った記憶は----
デイトコースが渋谷駅前⇔京王井の頭線⇔井の頭公園(武蔵野市~三鷹市)⇔ウォーキング⇔吉祥寺駅前だった時位かな。
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[2000年代]
この頃、70年代からすっかり誘いのなかった麻雀だったが、
上司や同僚に好きな人たちが居るようになったため再開。
雀荘は専ら、ご推薦の「健康麻将 ガラパゴス」(道玄坂2-6-15、 http://www.mahjong-galapagos.com/ )。
ここはサービスが良くってメンバーは気に入っていた。
その後、メンバーのお1人が亡くなって、面子(メンツ)が揃わなくなって自然消滅した形だ。
再就職、そしてリタイアの前後からは、
"男どもの道玄坂"(笑)から "夫婦だけの道玄坂" にすっかり様変わりし、
上野公園での絵画鑑賞頻度には遠く及ばないが、
文化村の「Bunkamura ザ・ミュージアム」(道玄坂2-24-1)でかなり鑑賞するようになっている。
半券のストックブックを改めて調べた。
1998 「パリオランジュリー美術館展」
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2004 「モネ、ルノアールと印象派展」
2005 「グランマ・モーゼス展」(母娘のみ)、「スコットランド国立美術館展」
2007 「アンカー展」
2009 「ロートレックコレクション」
2010 「ストラスブール美術館展」、「フランダースの光展」
2011 「モネとジヴェルニーの画家たち展」
・・・・
2014 「夢見るフランス絵画展」
渋谷センター街
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事ほど左様に、渋谷=道玄坂みたいになってしまったのは、
渋谷と言う街が、我々よりずーっと後の世代の街だったことや、
新宿に比べて再開発が遅れ東急グループの建て替えが遅れたからだろう。
従って、2010年代の今日、もしビジネスマンであったなら、訪問頻度は増えているに違いない。
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【付録】
都区内(山手線内側)の街歩きをしていると、主な街にはそれぞれ特徴が有るなあと実感する。
[上野~浅草] シルバーの男女とアジアの観光客
[神田~秋葉原] 若い男性と幅広い外国の観光客
[東京] 幅広い内外の観光客
[日本橋~銀座] ミディとシルバーの男女
[有楽町~日比谷] ミディの女性
[台場・有明など臨海副都心] 若い男女と子連れミディ
[新橋~浜松町~田町~品川~大崎] 幅広い男性
[赤坂~六本木~青山~表参道] ミディの男女と外国人
[代々木~渋谷~原宿] 若い女性
[新宿] 若い&ミディの男女
[駒込~巣鴨~大塚] シルバーの男女(ややオバアチャン優勢)
[高田馬場] 学生
[池袋] 埼玉の幅広い男女
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