▽ < 毎日新聞11/10(月)配信ニュース> <抜粋・補足させて頂きました>


安倍晋三首相が消費税率(5⇒8⇒)10%への矢継ぎ早な引き上げ方針を先送りし、2014年末の衆院解散・総選挙に踏み切るのではないか? との見方が、政府・与党内で広がっている。
早ければ7~9月国内総生産(GDP)速報値が11/17(月)に発表されるのを受けて判断するのではないか? との見立て。


< 続報: 産経新聞11/11(火)配信ニュース>
急に解散風が強まったのは、7~9月国内総生産(GDP)が「想像以上に悪い」(政府関係者)との観測が広がったことが大きい。首相はGDP速報値を受けて消費税率10%への再引き上げの適否を判断する意向を示してきただけに、「首相は再増税の先送りを決断する」との見方が強まったわけだ。先送りなら、首相が「アベノミクスの是非」を問うて解散に踏み切る可能性ががぜん高まる。=中略= 当初本命視された来年9月の自民党総裁選前後の解散も「通常国会で、集団的自衛権の行使容認を含む安全保障法制関連法案が成立した直後は避けたい」(公明党幹部)との思いがある。首相周辺はこう打ち明けた。「野党の選挙態勢が整わないうちに衆院選に挑んだ方が議席減の幅が少なくて済み、長期政権への基礎ができる」。解散風は強まるばかりとなっている。
 

与党幹部からは選挙準備を促す発言も飛び出している。安倍首相は、一昨日9(日)、解散について全く考えていないと強調したが、首相周辺から消費増税反対派に対し増税させないなら解散するぞ!!という脅しではないか?との推測が出ている。但し、政府高官からは消費増税の自公民3党合意を引っくり返し、信を問うことになるから大義名分になり得ると、年内解散の可能性を認める声も出ている。19(水)にも解散するのではないか? との見方、26(水)の党首討論の際に解散を表明するのではないか? との臆測。もしそうなれば年末の12/14(日)か21(日)かの投開票。野党も早期解散の可能性があるとして組織引き締めを図っている。前回、大惨敗した民主党は議席増を見込むが、第3極として躍進した維新やみんなの両党などは勢いに陰りも見えるため、危機感が高まっている。



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▽ 安倍首相は、第一次内閣(2006年9月~07年9月)では "体調の悪化"を理由に事実上、政権を投げ出してしまった。
 しかし、同じ手を使ったとしたら政治生命が危ぶまれることになるので、今度は"伝家の宝刀=解散・総選挙" の一手しかないだろう。


富裕層以外の国民多数を切り捨てる、"アベノミクス"が破綻!!

▼株価釣り上げのためのインフレ金融緩和 ⇒ チョー円安による中小企業・庶民苦。

▼(国債乱発に取って代わる)消費税の相次ぐ増税 ⇒ 大きな政府・ゼネコン救済・軍備力強化という狙い。

▼有事に備えた国内産業の長期的育成を犠牲にしようとした、目先のTPP交渉が暗礁に乗り上げた。



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私のブログ 「安倍総理がその本質を次々と露呈している。」(2014/10/28)
http://blog.goo.ne.jp/tsn_take/e/0de57a21ad52b8020e8f48e204e76a25




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【戦後の代表的な衆院解散・総選挙】


衆議院の解散・総選挙は、戦後=日本国憲法(69条)下では22回。
2013年 - 1947年 = 66年間のうちに22回実施しているので、ピタリ3年に1回のペース。


尚、第1回は1948/12/23、第22回目は2012/11/16だった。


  解散・総選挙っていうのは、"水モノ" "魔モノ" ですねぇ。


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■ 「郵政解散」 2005/8/8。


参議院本会議で郵政民営化関連法案が否決。小泉純一郎首相が衆議院解散の意思を表明、郵政選挙と呼ばれ、結果は、解散策が奏功し与党の自民党・公明党が圧勝した。
小泉自民党は、郵政民営化法案に反対票を投じた造反議員(抵抗勢力、郵政族議員)の選挙区に "刺客" と呼ばれる候補を送り込ませ、大半の議員が落選した。この手法により当選した新人議員83人を俗に "小泉チルドレン"(83会=ハチミツかい) と呼んだ。
自公両党は合わせて衆参過半数を制することとなり、2007年の参議院議員選挙まで続いた。野党は軒並み議席を減らし、大敗となった民主党。日本共産党も準備不足が祟った。



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■ 「嘘つき解散」 1993/6/18。


宮澤喜一首相が、"革新派"ジャーナリストの田原総一朗からインタビューを受けたテレビ番組「総理と語る」において、「(今国会中に衆議院の選挙制度改革を)やります、やるんです」と公約したが、自民党内の意見を纏め切れずに次の国会へ先送りした。
これに野党の日本社会党・公明党・民社党が内閣不信任決議案を提出し、衆議院過半数を占める自民党の反対多数で否決されると思われたが、自民党内から造反者が続出して可決してしまった!! 内閣不信任案可決による衆議院解散は、現在のところ、この年が最後である。
「嘘つき解散」という名称は、当時のテレビ朝日「ニュースステーション」MC・久米宏が使用し、明党の神崎国対委員長が嘘つき解散だと批判した。
7/18の衆院総選挙で、自民党は過半数を回復できず。野党の新生党・新党さきがけ・日本新党3党が躍進。社会党は歴史的大敗。衆議院議長に土井たか子を選出。細川首相が成立し、"自社蜜月の55年体制" が崩壊し、何と! 38年振りの政権交代が実現した!!


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■ 「ハプニング解散」 1980/5/19。


自民党の反主流派(三木派+福田派+中川グループ)は、野党が提出した不信任案を巡って同調するか造反するかで混乱し、前年の40日抗争で主流派( "大角" =大平派+田中派)に敗れた議員ら69人は本会議を欠席=造反した。これにより内閣不信任決議案が可決してしまった(1953年以来27年振り)。
大平正芳首相は衆院解散を決定し、しかも史上初の衆参同日選挙という挙に出た。野党は不信任案可決を予測できず、自民党反主流派も行き当たりばったりで欠席、結果として解散に至ったハプニング。
当初は自民党の分裂選挙の様相を呈していた。ところが、選挙中の6/12に心身ともに疲労を極めて急死するという緊急事態が起こったため、自民党両派は一転して団結し"弔い選挙" の様相を見せ、自民党は衆参両院で地滑り的大勝を収めた。逆に公明党など野党は大敗を喫した。これで6年間続いた衆参両院における与野党伯仲状態は完全に解消した。


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■ 「黒い霧解散」 1966/12/27。


1966年8月、田中彰治衆院決算委員長が、虎ノ門公園跡地の国有地を入手した小佐野賢治国際興業会長を脅迫し2億4千万円の手形決済を延期させたとして逮捕され、続く9月、共和製糖が重政誠之農林大臣時代に払下げを受けた国有林を担保に農林中央金庫から不正融資を受けていた事件が発覚するなど、政界で "黒い霧" 事件が相次いだ。
佐藤栄作首相は自民党総裁選で再選されるも多くの批判票、清潔と言われた対立候補・藤山愛一郎が予想外に善戦したため、党人事で幹事長・田中角栄を更迭し福田赳夫を充てるとともに、佐藤首相は、低下した求心力を回復するため衆院解散に打って出た。日本国憲法下において初めての通常国会召集時の解散。
総選挙では自民党は微減するも予想外に善戦して安定多数を維持し、「大山鳴動して鼠一匹も出ず」の結果となった。水モノですねぇ。


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■ 「バカヤロー解散」 1953/3/14。


衆院予算委員会で吉田茂首相と社会党右派の西村栄一議員との質疑応答中、吉田が西村に対して「バカヤロー!」と暴言を吐いたことが切っ掛けとなって、衆議院解散。
与党・自由党吉田派は過半数を大きく割り込む202議席、鳩山一郎派も結党時より減の35議席に留まった。改進党は77議席と4分の1近く減となり、保守陣営が全般に振るわなかった。
一方の革新勢力は、左派社会党も右派社会党も大幅増と軒並み好調だった。これにより、自社二大政党の蜜月時代、"55年体制"(1955~93年の38年間継続)への礎が整った。