今日10/7(火)午前中、久々につくばエクスプレス・北千住駅へ買物に行くと、
西口広場(足立区千住二丁目)のヴィジョンから、
耳障りの良い澄んだ曲が聴こえて来た。
台風一過、今朝は柔らかく穏やかな秋風が吹いている。

GLAYの「HOWEVER」をあの華原朋美さんがカヴァーしている。

♪ 柔かな風が吹く この場所で



帰ってチェックすると-----

先週10/1(水)発売のカヴァーアルバム第2弾『MEMORIES 2 -Kahara All Time Covers-』。
サウンド・プロデュースは音楽パートナーである武部聡志氏。

<収録曲(Song Contents)>

01. HOWEVER(歌: GLAY, 作詞・作曲:TAKURO,1997)
02. 難破船(歌・中森明菜, 作詞・作曲:加藤登紀子,1987)・・・歌: 加藤登紀子(1984)のカヴァー
03. 雪の華(歌: 中島美嘉, 作詞:SATOMI 作曲:松本良喜,2003)
04. 三日月(歌・作詞:絢香, 作曲:西尾芳彦/ 絢香,2006)
05. ビリーヴ(歌:Che'Nelleシェネル, 作詞・作曲:EIGO/ SWEEP, 2012)
06. ROSIERロージア(歌・作詞・作曲:LUNA SEA, 1994)
07. かたち あるもの(歌: 柴咲コウ, 作詞:柴咲コウ/ 山本成美, 作曲:小松清人, 2004)
08. いい日 旅立ち(歌: 山口百恵, 作詞・作曲:谷村新司, 1978)・・・谷村新司も1986にセルフカヴァー
09. サイレント・イヴ(歌・作詞・作曲:辛島美登里, 1990)
10. 見上げてごらん夜の星を(歌: 坂本九, 作詞:永六輔, 作曲:いずみたく, 1963)



華原朋美さんは、ユルいお騒がせ歌手ではあるけれど、最初が最初だっただけに、その心の傷が長く淀んでいる風に思われ、被害者イメージが漂う。

年の暮れに心を繰り返し病むのだろうか?


1999年1月、自宅でガス中毒で倒れ緊急入院。小室哲哉との破局が報じられる。
5月、プロダクション尾木に移籍し復帰会見を行うが、僅か1週間後に自宅マンションロビーで貧血で倒れ再入院。

2000年1月、「100%の自分を取り戻す」ために無期限休養に入り、カナダへ留学する。休養中に初のフォト&エッセイ集『未来を信じて』を発表。
8月から『進ぬ!電波少年 ~華原朋美の電波少年的全米デビューへの道~』のオンエアがスタート。洗車場でのアルバイト・自炊生活・クラブでのステージ・ボイスレッスンなどが放送される。

2001年1月、セリーヌ・ディオンやダイアナ・キングなどを手がけるアンディ・マーベル(Andy Marvel)プロデュースのオーディションに合格し、全米デビューへの切符を掴み、アンディのコンピレーションアルバムに華原歌唱の「NEVER SAY NEVER」が収録されたが、CDは未発売に終わる。

2006年末の気管支炎の影響から、2007年1~4月自宅療養、3度目の休養に入る。
5月に仕事を再開していたが、6月、プロダクション尾木が専属契約の解除を発表。「突然の仕事キャンセル等が続き予想以上に心身ともに健康の回復状況が思わしくなく、これ以上芸能活動を支えることは不可能」と判断したため。公式ファンクラブも解散。所属レコード会社のユニバーサルミュージックとの契約も終了した。

2009年1月、急性薬物中毒で倒れ病院に緊急搬送される。医師から処方された精神安定剤を多く所持しており、「大量服用による薬物中毒」と報道された。

2010年8月、新宿・歌舞伎町でタクシー乗車中に意識朦朧となり、救急車で病院に搬送されたと報道された。見かねた家族が閉鎖病棟に強制入院させ3カ月間過ごしたことを明かした。退院後は父親の住むフィリピンに渡り、NPOを運営する父親の勧めでボランティア活動に従事。現地の孤児院で子供の世話などをした。

2011年8月、海外で自分磨きをしていることを報告した。帰国後は兄が経営する介護施設を手伝っていた。

2012年12月、プロダクション尾木との再契約、復帰後初ステージがフジテレビ系『FNS歌謡祭』出演と発表された。



*


千住ミルディス(千住3)のマルイで食品へ。
食遊館の中島水産の鮨はイケル。
とんかつ和幸のあやめセット、POMPADOURのパンを買う。


今日は近場だったので、ウォーキング3,200歩。

自宅玄関の飾りは秋ヴァージョン。