3.仲間
アイリスは頻繁に帰ってきた。いつも、とても短い時間だったけどそれでも、半日かけて屋敷に戻り、数時間でまた、出かけたりした。テテュスは彼の侍従にとても無理をしていると聞くと、アイリスに尋ねた。
「・・・もうアリルサーシャは居ないのに、どうしてそんなにして迄、帰って来るの?」
アイリスはテテュスに屈む。アイリスは青冷め、顔色が悪く明らかに、疲労が溜まってるように、見えた。
「・・・だってアリルサーシャが居ないから、君はここに、独りぼっちに、なってしまう」
テテュスは屈む彼の髪を、梳いた。
「・・・とても格好良くていい男だって、アリルサーシャがいつも言ってた。
こんなの見たらきっとがっかりして、心配する」
・・・アイリスは少し、笑った。
「・・・そんなに、ひどいかい?」
テテュスはつぶやいた。
「・・・アイリス迄病気になったら、嫌だ・・・。
そしたら僕は本当に独りぽっちに、なるじゃないか・・・・・・・・・」
アイリスは自分と同じ焦げ茶の艶のある髪を長く背に垂らし、同じ濃紺の瞳のその、幼い子供の言葉に、返す言葉が無かった。
テテュスはそれを悲愴につぶやいたりしなかったから余計に、アイリスの胸を、詰まらせた。
テテュスが、顔を上げる。
その瞳は、ちゃんと眠って、ちゃんと、食べてる?と、尋ねるような瞳で、アイリスは眉を切なげに寄せて苦笑した。
「君に心配かけて私は本当に最低の父親だ」
だがテテュスはそうつぶやくアイリスの胸に、その小さな手でしがみつくように衣服を握ってつぶやいた。
「居て、くれるだけでいい・・・。
どれだけ離れてても。この世界に」
アイリスは涙が、溢れた。が、テテュスの真っ直ぐな瞳を見つめ、それをこらえた。
「・・・君の、言う通りにする」
「アイリスはみんなが認める立派な騎士なんだから、ずっとそうで居て欲しい。僕は、大丈夫だから。
ちゃんとする事も、あるし」
アイリスは、頷いた。
「・・・それがどんな事か、聞いてもいいかい?」
テテュスは微笑んだ。
「アリルサーシャが、外で友達を作れって」
アイリスは彼を見つめた。
「友達は、出来た?」
テテュスは、うん!と頷いた。
でも、彼らの事は内緒だった。
みんなどうしてみぶんが違うと、遊べないのか理由は知らなかったけど、それが禁止されている事だけは、知っていたからだった。
森で会って、森で別れる。
そして、夜、テテュスは彼らの世界から追い出されて一人ぽっちで屋敷に、帰るのだった。
ある晩、アイリスが居る夕食の席で、テテュスが尋ねた。
「どうして身分、があるの?」
「・・・人は色々だから。そしてそれに近い人達が似たような境遇に、なるんだ。でも・・・・・・・・・」
「でも?」
「生活は違ってもその人達と、友達になれない訳じゃない」
そう言ったアイリスは、彼の友達の事をとっくに、知っているように思った。
テテュスのその瞳にアイリスは微笑んだ。
「・・・例えば、ジャンダはとても、料理が上手で、それを食べる人を、幸せにする。そんな特技があるから彼は家で働いて貰って、それで生活している。
私だって同じだ。戦うのが平気で、戦場で、人の土地に入り込んで荒らし回る敵と、戦っている。
でもテテュス。騎士は他の人よりうんと、変じゃないと、務まらない。他の人が我慢しなくていい事を我慢したり、絶対したくない事を平気で、出来たり。
そういう人はたくさん居ないし、でも土地を荒らす悪者はひっきりなしに来るから、人々にとても大事にされて、貴族という身分を、貰ってる。
・・・だけれどもテテュス。騎士や戦士は農民に比べて、全然誇れる職業じゃないんだ」
テテュスが尋ねた。
「・・・どうして?」
「人の命を奪って、自分の命も危険に晒す。
農民は、どうだい?
・・・作物を育てて、生み出すだろう?
どっちが本当に、偉い?」
「じゃあ農民は医者で、騎士や戦士は死に神なの?」
アイリスはその時、本当に青い顔をして、とても静かに、言った。
「大切な人や物を護るために、時には死に神に、なる」
その時ようやくテテュスに、彼の仲間がどうしてあんなに豊かなのか、解った。
アイリスは自分を削って、この身分と生活を手に入れてる。
けど彼らは・・・削ったりせず、貧しいけど豊かな生活を、送っているのだと。
テテュスは、俯いた。
アイリスは彼の様子を心配げに、見つめて静かにつぶやいた。
「・・・貴族でも、そういう生き方をしている人はたくさん、居る。農民達といつも一緒で、彼らの生活を一生懸命面倒見ている貴族も。
だからテテュス。君が望むなら、そういう領主に、成っていい。
無理して騎士に、ならなくてもいいんだ」
テテュスは俯いた。
「でも農民は、大事な人を護れない。
僕は負けた騎士だから今度は・・・・・・。
誰かを、守り抜きたい。
一度くらい、勝ったって、いいだろう?
この先ずっと負けたままは、嫌だ」
アイリスはそうつぶやく、小さな騎士を、見た。
幼くてもあんまり誇り高くて立派な志で、アイリスは目が、潤んだ。
産まれた時から騎士たる者を、アイリスは知っていて、息子は間違いなく、それだった。
自分のように、そうなろうと努力しなくても、産まれた時から自然に身に備わっている。
アイリスは彼は自分より上の、騎士だと感じた。
彼はそっと、心の中でテテュスに跪き、誓いを、立てた。
それは臣下の、誓いだった。
つづく。