アデンは、ギュンターの部下に引き渡され、縄をかけられ、テントから連れ出された。
ソルジェニーは、長身で容貌の立派な二人の使者に、ささやいた。
「・・・お茶を・・・召し上がりませんか?」
アイリスは相変わらず人好きのする柔らかな笑顔で可憐な王子を見つめて、頷いた。
「・・・頂こう」
王子が、その素晴らしい微笑を向けられて思わず、微笑み返した。
皆はその場で、王子手ずから入れたお茶を、配られた。
アイリスはそのゆったりとした優雅な動作でお茶のカップを手にし、控えめに立つ、青白い顔の利発そうな小柄な男に顔を、向けた。
「やあ、マントレン」
マントレンはアイリスに、感心してつぶやいた。
「・・・アデンの口を割らせるのに、二段構えだとは・・・!
でも本当の武器は、ギュンター隊長のようですね」
アイリスよりも更に少しばかり背の高く、濃い金髪をさらりと背に流したその美男は、快活に笑った。
「・・・俺は隠し玉って訳か」
そして、解いていた腕を組んで、ソルジェニーから、茶を乗せたカップの受け皿を受け取り、丁重に礼を、した。
「・・・アデンの命を救ったって、本当ですか?」
シャッセルがつい、訊ねた。
ギュンターはカップを口に運びながら言った。
「・・・昔は俺も近衛に居て、奴の隊長だったしな・・・!」
皆が、頷いた。
そこに居るソルジェニーを除くほぼ全員が、知っていた。
ドッセルスキが幾ら自分の周囲を、身分の高い取り巻きで並べ、ギュンターのような身分の低い男を排除したくても、ギュンターは圧倒的多数の大貴族達にその、決して味方を見捨てぬ気概と、どんな状況でも敵を打ち倒す勇敢さで認められ、彼以外に、王城ある中央地方の護衛連隊長を任せられる男は居ないと迄言わせた、実績を持つ男だと。
「・・・近衛が、ひどい事に成っているとは聞いていたが、甥まで暗殺しようと企むとはな・・・」
ギュンターが、お茶をすすりながら、ぼそりと言う。
マントレンが、笑った。
「都や王城警備隊長にと、ドッセルスキが指名してきた男を全部、蹴ったって聞きました」
ギュンターが、その紫の瞳を、上げた。
「人の陣地に無断で上がり込むような行為だろう?
俺の傘下に、口出しはさせない。
悔しかったら俺を、首にしてからやれと、言ってやった」
アイリスが、優雅な仕草でカップを口に、運んでいたが、ぼやいた。
「・・・君が首になったりしたらそりゃ、もっとロクでも無い事になる。君が首にならない様、君自身がちっとも心を砕かないから、こっちの心配事に、なってるんだがね?」
アイリスとて『神聖神殿隊』付き連隊長で、実際は別の連隊を統べている。この二人が連隊長として居座ってなければ、ドッセルスキは自分の取り巻き達をこの部署の連隊長に据え、更に勢力を拡大し、軍の権力をそれこそ、その掌中に一手に、収める事になってたろう。
ギュンターは、笑った。
「・・・俺だってまさか、ドッセルスキが甥を葬って、ずっと右将軍の地位に居座ろうとする程ずうずうしいとは、思ってなかった」
が、アイリスが、素っ気なく言った。
「そりゃ、するだろう?
戦場で敵と戦って実績を上げるより、うんと手っ取り早くて、楽じゃないか」
その言いように、皆がやはり、彼はファントレイユの叔父だ、と目を伏せた。
ギュンターは肩をすくめた。
「・・・まあ、実際ギデオンが殺られなくて、良かった。
で?その刺客は大層手練れなのか?」
「・・・実際、ファントレイユが駆けつけなければ、危なかった」
シャッセルがぼそりと言うと、皆が、目を見開いてファントレイユを、見た。
シャッセルはその時の様子を思い出すと、又ため息を、漏らす。
が、ファントレイユが全員の視線を浴びて口を開いく。
「・・・マントレンと、王子と約束している。
果たせなかったら、彼らに顔向け出来ない」
シャッセルと、アドルフェス迄もが、そう言う彼を、見た。
マントレンもフェリシテも、ソルジェニーも同様に。
アイリスが、それは気遣うようにファントレイユを見つめる。ファントレイユより頭一つ長身の、その優雅で柔らかな笑顔を持つ騎士は、その美貌の甥に、労り包み込むように寄り添うと、彼の瞳を覗き込んだ。
ファントレイユがそっと見上げると、アイリスは微笑んで告げた。
「・・・テテュスがそれは、いつも君の身を、案じている」
ファントレイユはいつも自分を心配してくれる、アイリスの息子、彼にとっての優しいいとこの名を聞き、思わず顔を、下げた。
その様子に、アイリスはいつも崩さない微笑を翳らせ、訊ねる。
「・・・今度も、無茶はしていないね?」
が、アドルフェスが口を滑らせた。
「・・・ギデオンの背に飛び込んでローゼの剣を受止めたが、掠り傷を負っただけだ」
アイリスが初めて、笑顔を崩し、眉をひそめた。
「・・・傷を、負ったのかい?」
ソルジェニーが途端に、それは心配げにファントレイユを、喰い入るように見つめた。
マントレンは眉を寄せ、フェリシテは言葉を無くした。
だがファントレイユは、三人のその様子を目にし、何でも無いようにいつもの優雅な微笑で返した。
「・・・アイリス。アドルフェスが言ったように、本当に、掠り傷なんです」
だがアイリスの眉は心配げに、寄ったままだった。「・・・・・・・・・見せてご覧」
ファントレイユが一つ、ため息を付くと、アドルフェスを睨み、アドルフェスは気づいて視線をそらし、肩を、すくめた。
彼が上着とシャツを肩から滑らすと、傷を皆に見せて、つぶやいた。
「・・・名誉の負傷にもなりませんよ・・・。
ヤンフェスが、良い傷薬を持っていてギデオンが塗ってくれたので、傷跡すら、残るかどうか・・・・・・」
アイリスは傷を見て納得したように、頷いた。
が、ソルジェニーはそれでも、五センチ程の刀傷に顔を歪めていたし、マントレンはファントレイユの剣の腕をどの誰よりも熟知していたから、ローゼの手強さを思って、俯いた。ファントレイユはどんな時でも、自分が傷を負う戦い方はしなかった。きっと彼は、真っ向からあの男と、やりあったに違いない。傷を受けるしかない程、ローゼ相手には余裕が、無かったんだろう・・・。
ギュンターが、つぶやいた。
「・・・なる程。君の甥は君同様、姿に似ずそれは、勇敢なようだ」
アイリスは誇らしげに、そう言うギュンターに、にっこりと微笑んだ。
「・・・自慢の、甥なのでね」
そう言われた途端、ファントレイユが頬を染めて大人しく俯く。
皆が、一度も見た事の無いファントレイユのその、とても殊勝な様子につい、彼を、一斉に凝視、した・・・・・・・・・。
つづく。