ギデオンが屋敷に戻ると、ヤンフェスがそれは上手に、子供の機嫌を取って笑顔に変えていた。
側に縛られたローゼが転がり、死体はどこかに、片づけられていた。
ヤンフェスと子供の周りに、取り囲んで様子を伺い見るアドルフェスとレンフィール、そしてシャッセルが、居た。
「・・・上手いもんだな」
レンフィールがつぶやくと、ヤンフェスが顔を上げて呆れて言った。
「・・・子供をあやした事すら無いのか?」
レンフィールの眉が寄る。
「・・・私は、一人っ子だ!」
アドルフェスが言った。
「・・・兄は、居る」
シャッセルもつぶやいた。
「・・・私も一人っ子だな・・・」
ヤンフェスが、ギデオンが戻るのを目にし、聞いた。
「・・・機嫌が直ったようだったか?」
ギデオンが笑顔で肩を、すくめた。
「・・・そう・・・思うが・・・」
アドルフェスが猛然と異を唱えた。
「・・・あんな奴の、機嫌を取る必要が、あるんですか?!
貴方が・・・?」
が、シャッセルがつぶやいた。
「・・・あんな奴かもしれないが、もし居なかったら、我々はギデオンとこうして話をしていなかった」
レンフィールが俯き、アドルフェスは悔しそうに、それを言ったシャッセルを、睨んだ。
ギデオンは一瞬、素直にファントレイユを認めるシャッセル
を、静かに見つめた。
彼自身も、シャッセルの言うとおりだと、熟知していたからだ。
ヤンフェスは、さて・・・!と腰を上げた。
「ここに居る筈の無い人間には戻って貰わないと・・・。
だがここも人手が居るだろうし、目立たない奴に残って欲しいんだが・・・」
と三人を、見た。
アドルフェスは長身と頑強な体格と、その傲慢な態度で目立っていたし、シャッセルは無口だがその素晴らしい容貌で人目を引いた。
レンフィールは女性を思わせる綺麗な容姿と、その威張った我が儘な態度と、横柄な口の聞きようで。
目立たない男は誰一人居なくて、ついヤンフェスは俯いた。
だが、レンフィールがつぶやいた。
「ローゼは私が受け持つ。目立たないお前は帰らなくていいんだろう?ヤンフェス。
子供は当然、お前の担当だ。
アドルフェス、シャッセル」
二人が、呼ばれて彼らより小柄なレンフィールを、見る。
「・・・アデンから目を離すな・・・!
奴を雲隠れ出来ないよう、見張ってくれ」
シャッセルは頷いたが、アドルフェスはぶうぶう言った。
「・・・何でお前が俺に、命令を出すんだ・・・!」
と。
それを聞いてレンフィールが言った。
「『お願いだ・・・!』と、つけ足せば気がすむのか?」
「・・・冗談だろう?
そんな気色の悪い事が聞けるか!」
アドルフェスの怒鳴り声にレンフィールは肩をすくめると、
「どっちみち、怒るんじゃないか・・・!」
とぶうたれて皆の失笑を、買った。
フェリシテが、仕切に王子の様子を、伺う。
が、マントレンは構わず言った。
「貴方の番だ。王子。
それとも、ソランとお呼びした方が、いいですか?」
三人はテーブルに座り、カードを切っていた。
ソルジェニーはマントレンの言葉に顔を上げ、微かに、微笑み、頷く。
が、気もそぞろな様子に、マントレンは真っ直ぐ、斬り込んだ。
「・・・ギデオンの事が、心配ですか?」
顔を上げたソルジェニーの顔は、ランプの灯りの中、今にも、泣き出しそうだった。
フェリシテが、それは胸の痛む表情を、見せ、心配げに王子の様子を、伺った。
だがマントレンは、小柄ながら肝の座った様子を、見せた。
「・・・王子。いつも私は、作戦を立てるだけだ。
そして後はいつも、彼らの無事を、祈る事しか、出来ない」
ソルジェニーはその、ひ弱に見える、理知的な顔を、見た。
確かに、少し青白い顔色で痩せていて、どう見ても、軍隊に向いているとは言えない彼だったが、こんな場面で静かな態度を崩さない、その心と覚悟は、ソルジェニーにもはっきりと伺えた。
マントレンは更に口を開き、静かに告げる。
「・・・信じて、待つ事しか、出来ません」
ソルジェニーは、そのマントレンの、静かな微笑みに圧倒され、頷いた。
そして、か細い声で、一緒に居てくれる彼に、返答した。
「・・・私も、そうします・・・」
マントレンはようやく、笑ってカードを切った。
「王手・・・!
また私の、一人勝ちのようですね?」
ソルジェニーはマントレンの切ったカードを見つめた。
フェリシテが、ついぼやいた。
「・・・手加減、無しですか?」
「・・・したくても、君達は弱すぎる」
フェリシテが王子を見、ソルジェニーはフェリシテを見ると、二人で肩をすくめた。
だが不思議な事にソルジェニーは少しずつ、カードに没頭していった。
マントレンがそうする用し向けたせいもあったけど、マントレンにはどこか、とても心が落ち着く風情があって、彼と居ると、なぜか確信出来た。
ギデオンは無事、必ず返って来ると。
今度はそれが、嬉しくて、ソルジェニーはまた涙が零れそうになった。
が、笑い声を立てるフェリシテも、朗らかに笑うマントレンも、彼の嬉し涙を、咎める事はしなかったから、ソルジェニーは涙を、拭いながら笑った。
「・・・どうして勝てないんです?
貴方は強すぎます・・・!」
マントレンに抗議するが、彼は笑い
「私のカードの切り方をもう少し見ている事です」
と言ったきりだったし、フェリシテもソルジェニー同様、文句を言った。
「・・・そこそこ解る私だって貴方が、毎度手を変えている事くらい、解りますよ・・・!
そんなの、覚えられる訳が、無い・・・・・・・・・!」
「ならファントレイユが戻って来る迄、君たちは負け続けるしか、手はないね・・・!」
フェリシテはムキになる目をし、ソルジェニーは、ファントレイユが帰って来る事を確信しているマントレンが嬉しくて、また涙をこぼして、言った。
「・・・一度くらいは、勝ってみせますから・・・!」
マントレンは大きく頷くと、言った。
「・・・では、受けて立つと、いたしましょう・・・!」
つづく。