予定よりひとつ多く、
届け物がやってきた。

てっきり、実家からかと思っていたら、
小豆島のおかあちゃんからの、
デコポンや、オリーブラーメンだった。

封をあけたら、愛がつまっていて、
かなしくなった。


おおきなおどろきと、
おおきな喜びには、
ほんのちょっとだけ、
かなしみも含まれている。


おとうちゃんがいなくなって、
おかあちゃんは元気にしてるんだろうか。
年末に、お手紙を書いたきりだった。

おばちゃんに明日、
私の元気な声を届けようと思う。


そして、お手紙を書こう。
そして私の仕事っぷりも、一緒に送る。

今年の夏には、
そして。
小豆島のお母ちゃんに、会いにいきます。
今が最良だとは、思っていない。

でも、毎日は最善だと、
おもうようになった。

良いと善いの違いは、
今日の気分。
特に意味はない。


自分の中にある、
好ましいモノに近づくために、
日々が最善であるな、
と、思っていられれば、
なんだか歩いていける。
そんな気がしているだけ。

答えを捜して、毎日打ちひしがれていた日々のわたしと、
やっていることは変わらないけど、
ずっとずっと、
自分に好くなった。

好ましく。



想いがあるから、それでいい。
そう、言ってくれる人が、
認めてくれるひとばかりが、
まわりにいてばかりだから、
わたしも、もっと、
楽しくなるばかり。

よいことばっかじゃ、
ないんだぜ。

でも、それでいい。

ぜんぶ、いい。
日課だった珈琲の豆挽きから遠のいて、
数ヶ月。

ここのところまた、
おいしい珈琲が飲みたくて、
飲みたくて。

久しぶりに、
豆屋さんに行く。


いつもとは違う豆を選んで、
いつものお兄さんがいて。
焙煎を待つ間、
飲んだことのない珈琲を、淹れてもらう。

久しぶりに飲む、
お兄さんの珈琲は、
やっぱりお兄さんの味で。

酸味のある苦手な珈琲でも、
あの酸味が、甘く、まろやかに、軽やかに、口に溶ける。

やっぱり今日も。
感動した。


今まで飲んだ、誰が淹れた珈琲よりも、
どのお店で飲む珈琲よりも、
彼の淹れる珈琲の味が、好き。


どうやっても、あんな風に軽やかな珈琲を淹れることはできなくて。

わたしの味は、
いつもまったりと、
しつこい。
笑えちゃうくらいに。

きっと、珈琲は、
淹れる人の人柄が出るんじゃないかと、
わたしは思っている。


いつか、わたしも、
爽やかなあの珈琲の味を、
手に入れたい。


明日の朝、淹れてみよう。
再出発の面持ちで。

愛を込めて、
豆を挽いて。
新しいネルで。