私の実家は、父が設計し、岐阜の職人気質の大工さんが作ってくれました。
今でも、実家の2Fの物置には、梁が表しで見ることができます。
建て方当時、私はまだ3才で、大勢の大工さんが作業をしている光景をかすかに覚えていますが、
物置のむき出しの梁やボルトを見ると、あの時(建て方の時)の大工さん達の思いや気持ちが、
なんだか伝わってきて、40年経ってもまだ立派に建っている実家をつくってくれた、
大工さん達(多分もうこの世にいない)に素直に感謝してしてしまう自分がいます。
実は、私達、設計士はお客様と大工さんの橋渡しにすぎません。
木造住宅は、大工さんで決まる!・・・と、私はいつも思っています。
当社のお客様の家を作り続けてくれたK棟梁が、先日亡くなりました。
仕事人間で、休みもほとんどとらず、ひたすらお客様の家づくりのために生きて、
太く短く・・・・57年の人生を駆け抜けていってしまったような気がします。
この1年近くは体調を崩して、仕事も休みがちで本来の仕事がなかなかできなかったことも、
本人にとってはとてもつらかったに違いありません。
K棟梁の思い出を写真と一緒に振り返りたいと思います。
まず、他の棟梁さんと比較して驚くのが、建て方の速さでした。
これは、他の大工さんが上で作業する間に、素早く垂木寸法をあらかじめ測り、
ということをいつも行っていたからです。
こういう棟梁さん・・・他にはおりませんでした。
時には、
ついつい見ていると女性でも手伝ってしまいたくなるのも、K棟梁の人柄だったかもしれません。
いつも下で作業していたわけではなく、一番、高所で先端の危ない個所は、
もちろん、個人的にも仕事は早く、
たった一人で数時間で貼ってしまっていました。
弟子を育てるのも上手かった・・・。
昔、手の付けられない荒くれ者だったS君は、K棟梁を尊敬し、一生懸命仕事を覚え、
あっという間に一人前になり、今では独立してバリバリ仕事しています。
晩年は息子さんを育てていました。
同じく仕事人間の電気屋さん、H電工さんとは、
もちろん私の妻とも、大の仲良しでした。
住宅の構造上、最も大事な筋違(耐力壁)の金物を、
地震が来ても大丈夫です・・・皆さん、ご安心ください。
・・・のような難しい施工箇所は、K棟梁の仕事でした。
自分の仕事が忙しくても、お客様の思い出に残る家づくりのために、
様々な協力をしてくれる人でした。
K棟梁がお客様に使い方を教えて、横で見守ってくれています。
もちろん、あらかじめ、ビス止めできる壁を残しておいてくれたのです。
それがK棟梁の仕事でした。
皆さんの家を一生懸命作ってくれたK棟梁のことを、どうかいつまでも覚えていてください。
よろしくお願いします・・・。














