昨日、地下鉄サリン事件など一連のオウム事件にかかわる裁判が終結しこれでオウムの死刑囚は13人となった。死刑が確定した以上適切に死刑を執行するのは当たり前のことだ。


だが民主党政権下では法務大臣は千葉、柳田、仙谷、江田、平岡と変わってきたがいずれも死刑執行に否定的であり皮肉なことに民主党政権下で死刑が執行されたのは死刑廃止論者である千葉景子が「死刑制度を考えるきっかけ」として執行した3人のみ。


昨日のオウム事件の裁判の終結に関しても平岡法務大臣は「非常に重大な判決が出ている。一般論だが、慎重に判断していかなければいけない問題だ」と述べて死刑執行に批判的であった。


しかし人を殺したら死んで償うのは当然という世論つまり死刑賛成は8割にも及ぶ。それなのに死刑廃止論者たちは人権がどうのこうのと理由をつけて死刑を批判する。


しかし刑事訴訟法では法務大臣は死刑が確定してから6か月以内に死刑を執行しなければならないと規定されおり死刑を執行しないのは職務放棄に等しい。なぜマスコミはこの職務放棄、怠慢を指摘しない?


民主党政権下ですでに死刑囚の数は100人を超えており適正に執行せねばどんどん増えていく。


自民党政権下では鳩山法務大臣が適正な死刑執行を行った際に朝日新聞が「まさに死神」などと批判していたが人を殺した凶悪犯を生かしておくことなどできるものか!


死刑廃止論者は自分の身内が殺されたとしてもそれでも死刑廃止を訴えるのだろうか。戦後の誤った風潮で被害者の人権よりも犯人の人権のほうが尊重されるようになった。


刑法では殺人は死刑または無期懲役、5年以上の懲役が規定されているが大半の殺人犯は10年程度で出所する。被害者は殺され損だ。普通の感覚なら人を殺したなら犯人も死んで償うのが当然と思うだろう。


ところが民主党政権下で法務大臣になった奴はみな犯人の人権のほうを尊重している。被害者という視点がない。だから平岡のように「殺されたほうにも原因がある」などど平気で言えるのだ。


今まで発生した殺人事件の中には見るに堪えない残酷な犯行が多々ある。バラバラ殺人やコンクリート詰め殺人などこれが人間のやることか?と疑いたくなるような事件だ。死刑廃止論者も賛成派も一度これらの事件をよく調べるといい。本当にすさまじい殺し方をしている。


被害者の方は想像を絶する恐怖と苦痛を味わいながら死んだ。また犯人の中にはそれを罪とも思わず、私利私欲で殺した奴もいる。そんな人間を生かしておくことはできない。被害者と同じ苦痛を味わわせて死なせてやればいい。


だが仇討は禁止されている。だからこそ死刑制度があるのではないか。オウム事件の麻原などいつまで生かしておくつもりだ。いつまで税金で飯を食わせるつもりだ。とっとと執行するべきだ。


繰り返す。被害者、遺族の気持ちになってみろ。そして死刑囚は死刑が確定するそれなりの理由があって(つまり殺人を犯した)のであり、そういう凶悪犯に正義の罰を下すことは立派な社会正義であるということを肝に銘じるべきだ。