それからさらに半年も経たないうちに。



多くのお客から惜しまれながらも、常子はお店を辞めた。




そして都内の小さなビルの一室を借りて美容スクールを開校した。


この手のスクールを始めるのが、常子の若い頃からの夢だったというのである。


そのスクールは、青い鳥のママがやっていると口コミでどんどん拡がり、あれよあれよという間に多くの生徒を抱えて大盛況となっていった。



今では青山の30階建てのビルを買取り、大事業主として来年の春にはその会社の会長職に就く予定にもなっていた。


そしてあの時にリストラに遭い、急に帰って来たという息子の俊弥は、すぐにこの会社に入社して、専務という肩書で社長の常子との二人三脚で経理を任されていた。






一方、小枝子の方はというと。


常子から受け継いだ青い鳥の新ママとしてお店を切盛りする傍ら、副業で始めた輸入雑貨の仕事が大当たり。



現在では世界16カ国に拠点を構える美人若手実業家として脚光を浴び、TVにもたびたび出演し多忙な日々を送っていた。



“わしの開発した、この新薬ってのはな...”