3人はどれくらい飲んで語りあったであろうか...


ブゥ~ン キキッ カタン ドン お店の外から朝刊を配達するバイクの音が、微かに店内にも響いた。


しかしその音は、うすむらさきの煙りのように3人のお喋りで打ち消されていた。



すると、『先生ぇ、わたしねぇ、このお店を閉めようと思っているの』

珍しく常子が気弱に語り始めた。




『えっ?ママお店閉めちゃうの』

『じゃぁ私はどうすれば良いのよ』

カポを取付けたギターの第一絃の高音にも似た、可愛らしい声の小枝子が、常子に向き合った。




『このお店を始めて、今年でちょうど20年になるんだけど、この不況でお客は減る一方』

『実はお店の資金も廻っていかなくなっちゃったのよ』

『以前はお店に入り切れないほどのお客さんで賑やかだったし、あの頃は良かったのよ』

繁盛していた頃の懐かしい思い出を語りだした常子であった。

 


『じゃぁママ、私の時給を下げても良いから、お店だけは続けてちょうだいよ』

小枝子が割入ったが、それには返すこともなく、常子は話を続けた。





『それにね、先月突然息子がやってきてね、会社をリストラされたと言うのよ』


『わたしも身体は丈夫な方でもないし、病院通いも続いているし...』


『ぅ~ぅうん、お店に居るときはまだ良いのよ、毎日、自宅に帰ってからが戦いなの。自分自身との...』


『考え始めるとね眠れなくなって、お薬に頼りながら眠りについているの』


『でも最近、そのお薬でも眠れなくなっちゃって』


『先生、もうわたしこの先どうして良いのか分らなくなっちゃったの』

常子の目に溜まっていた涙が溢れた。


 

お店では、とても明るく振舞っている常子が、急に弱気な話を始めたものだから、小枝子も先生も言葉を失っていた。


しばしの沈黙のあと、小枝子が言葉を発した。



『ママ、お店を閉めないで』

『このお店を止めちゃったら、私、どうして生きてゆけば良いの?』

そして小枝子も泣き出してしまった。


お店の扉の向こうでは白々と薄明りが射し始めているようであった。