あの娘と会話にならない会話をした翌日、五時半の終業時間が終わるのを待ちかねていた芳雄は、井出精密機械を飛び出して行った。
でもこの日は、おかみさんの「いってらっしゃ~い」の声も、近所の人達の「気をつけて行くんだよぉ~」の声も、芳雄の耳にはまったく入ってはいなかった。
よし!今日こそは、あの娘とちゃんとお話をするぞ~と、無言で叫びながら、一目散に自転車を漕いだ。
でも...
なんて話しかければ良いんだろう?
こんばんわぁ~!かなぁ?
昨日はどうもぉ~が良いかなぁ~。
芳雄は、最初の言葉が決らない焦りを引き摺りながら、大通りの方へ向かっていた。
ん~んっ
なんて声を掛ければ良いのだろぉ。
まるで湯通しをした完熟トマトのように真っ赤に火照った顔の芳雄は、ほっぺと外気の境さえも分からなくなってしまうほどに焦っていた。
そして多くの葛藤がモヤのように芳雄を包みながら、言葉を決めきれず、いつもの大通りを右折せずに、その路地を真っ直ぐに進んで行ってしまった。