袖口と左脇腹のところにマシン油がついたままの作業服を着て、芳雄はいつものように、この通いなれた道を、今日もひたすら自転車を漕いでいた。

時おりすれ違う、顔なじみの近所のひと達は、芳雄に気づくと、みな声を掛けていた。
『これから行くのかい』
『気をつけて行くんだよ』

『んっ!』
息を切らしながらも、芳雄は笑顔で返事をしてペダルを漕ぎ続けた。

芳雄の通う大原高校までは、どんなに自転車をかっ飛ばしても40分ほどかかった。

昼間は井出精密機械という小さな町の工場で旋盤工として働いている芳雄は、5時半の終業時間が過ぎると、作業服を着たままで、6時15分から始まる大原高校の定時制に通っていたのである。

夕食は一時限目が終わり、二時限目が始まるまでの10分間の休憩時間に、井出精密機械の社長の奥さんがこさえてくれるおむすびを食べていた。

この細い路地を真っ直ぐに行くと、やや広い大通りの商店街に出る。

大原高校へ行くには、この大通りを突き抜けて、やっと歩行者がすれ違えるほどの路地を通る方が近道であった。が、芳雄はいつも、この大通りを右折して、商店街通りを通っていた。

芳雄には小さな目的があった。