出家願望のある男が公務員試験を受けてみた@現在は市職員の巻 -8ページ目

出家願望のある男が公務員試験を受けてみた@現在は市職員の巻

俗世間になじめない男が公務員試験へ挑戦。既卒1年目で国税専門官、市役所合格!!迷わず市役所へ。
人生初めての挫折もなんとか乗り切ることができました。しかし、臨時職員の日々はつらかった・・・。
でも、精神的にタフになれたので結果オーライっす!!

今日、クローズアップ現代でネット依存症が取り上げられていた。

ツイッターやフェイスブック+スマホの普及で常にネットで誰かとつながっていないと精神的に落ち着かない人が増えているらしい。

確かに暇さえあれば、もしくは誰かと遊んでいるときでさえもツイッターとかフェイスブックなどのネットツールをずっといじっている人がたくさんいる。自分の周囲にも。

あれって、前から違和感を感じていた。正直、時間の無駄。長時間使うほどの価値はないんじゃないかと。

本読んだり、誰かと面と向かって話してるほうが、絶対に楽しいと思う。

そんなに仲良くない人まで友達面してくるしさ。みんな、ネットの中でさえ友達の数を気にしてるんだろうなぁ。

友達ほしいんなら、実際に自分で行動すればいいのに。失敗しても、それはそれで楽しいと思う。

後々、話のネタにもなるし。

うちの課には臨時職員が数人いて、その中には20代前半の女性もいる。

その女性臨時職員が、今までまったくおれに関わろうとしていなかったのに、最近急に話かけてくるようになった。

正直、特になにかきっかけがあったわけでもなかったので不審に思っていた。何か裏があると。

そして、今度は突然、同じ課の女性職員何人かとおれとで食事をしようと言ってきた。

不審に思ったおれは「誰か男を誘ってほしいんでしょ?」と聞いた。そしたらその女は「普段、○○さん(自分)と話す機会もないのでたまにはと思いまして」と言う。

不審に思ったが、了承する。

しかし、数日経って、実は他の課の自分の同期で気になる人がいるから誘ってほしい、そのために開く食事会なんです、と言ってくる。

この時点で正直、おれはイラッとした。それならそうと、おれが聞いたときに言えばいいのに。なんでこのタイミングで、遠回しなやり方で言うんだと。

すかさず、そいつには彼女がいることを言ってやった。

そうすると、その女は、じゃあ普通に最初のメンバーで交流会しましょう、と言った。ここで、おれの怒りはいったんおさまる。

しかし、後日、その女が、「他の男をあと二人誘ってください。集まらなければ中止です」と言ってきた。

ここでまたおれはイラッとした。なんで、前回そういわなかったんだ、と。


結局、おれも集める気はなく中止。

合コンしたいならしたいで、最初から言えばおれも頑張ったのに。すごく遠回しなやり方にかなりイライラした。

こういう遠回しなやり方で、駆け引きのようなことをする人は苦手だ。相手にも迷惑をかけることがわからないんだろうか。その女は市役所職員と結婚したいらしい。どうせ経済的にある程度は安定しているし、自分が働かなくてもいいと思ってるんだろう。駆け引きも下手な面白味のない女だと興ざめした。お金なんて水物なのにな。




市役所で差別に関する研修があった。どこの自治体でもやってるんじゃないんでしょうか。

この類の勉強会や研修でいつも思うこと、それは結論がいつも一緒だということ。

つまり、差別は悪いことだ、一人ひとりが正しい認識を持って正していこう。

こんなことは、小学生の時からみんな頭では分かっているだろう。

今日の研修では市民の差別に関する意識データがあり、それをもとに話し合いをした。

しかし、やはり話の大半は上記の通り。今回が2回目の研修だが、前回と同じような議論。

これって意味あるんだろうか?せっかく良いデータがあるのに、それを使わず、最後は感情論で終わる。

だから、感情論も大事だが、差別はなくさないといけないという感情を支える客観的事実を学び、それを自分の中で噛み砕いて、差別を正していくことが大事だと思う。というようなことをおれは言った。

そしたら、感情論路線一本だった場はしらけてしまった。正直、気まずかった・・・。

人間には感情がぶれるというリスクがあればあるほど、それを自制するための客観的事実は必要だと思う。

差別をなくすためには一人ひとりが正しい認識をもつことが大切だ、という考えは表面上はすごく主体性を尊重した意見に思えるが、実はすごく当事者を差別という問題から遠ざけているように感じた。