臨時職員として今の職場に入ってから約半年が経ちますが、未だに職場に馴染めません・・・。
なんか毎日、初対面の人ばっかりの中に放り込まれてる気分です。
そして毎日、市民の方よりも職員に対する気疲れが半端ないです。
飲み会の時には話しかけるなどして、コミュ二ケーションを取るように頑張ったりしてみたのですが、職員の方から会話をする気がないオーラがすごく伝わってきます。
女性が多い職場で、やはり臨時職員だからなのでしょうか?それとも、おれがなにかやらかしたのか?
まぁ、職員が臨時にわからないことがあって何か相談するとかいうこともないため、向こうからすれば会話する必要性がないのもわからなくはないのですが。
おれだったら、大学を卒業したばかりの若い人がいたら学生時代に何をやってたのかなどいろいろと興味あるんですが・・・。年配の人たちは感覚が違うんでしょうか(/ω\)
もう今年度いっぱいで辞めるので、まぁそんなに親しくする必要もないのですが、仕事で何もやることがない暇な時間が結構多いため話相手が欲しくなってしまいます。
そんなこんなで来年、職場に馴染めるかちょっと心配になってきました(´;ω;`)
あと公務員の職場は閉鎖的だという人がいますが、それがなんとなく分かってきました(笑)
市役所で窓口業務を行なっているといろんな人がくる。
もちろん大半の人は普通に対応していれば終わるが、たまに文句や公務員バッシング的なことを言ってくる人もいる。
本人確認をしようとしたら「おれのこと疑ってるのか」と怒られたり、書類を書いてもらおうとしたら「役所は書物が多すぎてめんどくさいわ」と文句を言われることも少なくない。
しかし、怒ったり文句を言ってくる人に限って手続きが終わった後に言ってくる「ありがとう」という感謝の言葉が普通の人よりも気持ちいいのだ。
これは自分にとってとても意外なことだった。窓口で文句をいう人は良く言えば自分に正直に生きているので、いざこざがあっても感謝の言葉が真っ直 ぐで気持ちがいいものに感じられるのかもしれない。。
まぁ、窓口で文句をいわれないことにこしたことはないのですが・・・。
市役所にいるといろんな人を見れて楽しいですね!!
もちろん大半の人は普通に対応していれば終わるが、たまに文句や公務員バッシング的なことを言ってくる人もいる。
本人確認をしようとしたら「おれのこと疑ってるのか」と怒られたり、書類を書いてもらおうとしたら「役所は書物が多すぎてめんどくさいわ」と文句を言われることも少なくない。
しかし、怒ったり文句を言ってくる人に限って手続きが終わった後に言ってくる「ありがとう」という感謝の言葉が普通の人よりも気持ちいいのだ。
これは自分にとってとても意外なことだった。窓口で文句をいう人は良く言えば自分に正直に生きているので、いざこざがあっても感謝の言葉が真っ直 ぐで気持ちがいいものに感じられるのかもしれない。。
まぁ、窓口で文句をいわれないことにこしたことはないのですが・・・。
市役所にいるといろんな人を見れて楽しいですね!!
今回から面接試験について書きたいと思います。
普通なら勉強方法から書くべきなのかもしれませんが、
時間が経つと面接の感覚を忘れてしまいそうなので先に書きたいと思います。
この面接試験、私は非常に苦労しました。1年目は4つの自治体で面接を受けて全て不合格でした。不合格した時の社会からの疎外感は半端ないものでした。とりわけ周囲からの評価もなぜか落ちてしまう。面接試験が重視され始めたのはここ最近で、特に地方公務員の試験では顕著な傾向を示しています。つまり筆記では最低限の学力だけを計り、あとは面接官が実際に受験者を観察して採用者を決定しようというもので、内定をもらう上で面接のほうが重要になっているのです。
面接試験は俗に「人物重視試験」とも言われる。一般的には、より「優秀な」人材を確保するためだと言われている。しかし、私はこの「優秀な」という文言に常々疑問を持っていた。
ほんとに面接に通る人は優秀なのか?
そもそも、面接官にあの短時間の面接でそこまで見抜く能力があるのか?
という疑問である。しかし、この疑問は臨時として働きながら正職員をみているなかで自分なりの答えがでた。職場にいるのはみんなどこにでもいるような普通の人たちばかりである。そして、公務員の仕事は一部を除いては、異動が多いため誰にでもできるものがほとんどである。本当に優秀な人材の集まりなのか?
この現状から考えられるのは、面接官もあの短時間の面接では優秀かどうかなんて判断できないし、公務員の仕事のほとんどが誰にでもできるものであることを理解しているということ。だからこそ、より多くの受験生と実際に会う機会を増やして、こいつと働きたいと思える人、つまり優秀かどうかは別として、探しているんだという結論に達しました。
したがって、面接に落ちたからといって人格が否定されたわけでもなく、優秀でないと判断されたわけではないのである。面接試験は半分はきちんと対策したかどうか、もう半分は正直運だと思います。
ですので、面接で落ちても私みたいに変な勘違いはしないでください(笑)
普通なら勉強方法から書くべきなのかもしれませんが、
時間が経つと面接の感覚を忘れてしまいそうなので先に書きたいと思います。
この面接試験、私は非常に苦労しました。1年目は4つの自治体で面接を受けて全て不合格でした。不合格した時の社会からの疎外感は半端ないものでした。とりわけ周囲からの評価もなぜか落ちてしまう。面接試験が重視され始めたのはここ最近で、特に地方公務員の試験では顕著な傾向を示しています。つまり筆記では最低限の学力だけを計り、あとは面接官が実際に受験者を観察して採用者を決定しようというもので、内定をもらう上で面接のほうが重要になっているのです。
面接試験は俗に「人物重視試験」とも言われる。一般的には、より「優秀な」人材を確保するためだと言われている。しかし、私はこの「優秀な」という文言に常々疑問を持っていた。
ほんとに面接に通る人は優秀なのか?
そもそも、面接官にあの短時間の面接でそこまで見抜く能力があるのか?
という疑問である。しかし、この疑問は臨時として働きながら正職員をみているなかで自分なりの答えがでた。職場にいるのはみんなどこにでもいるような普通の人たちばかりである。そして、公務員の仕事は一部を除いては、異動が多いため誰にでもできるものがほとんどである。本当に優秀な人材の集まりなのか?
この現状から考えられるのは、面接官もあの短時間の面接では優秀かどうかなんて判断できないし、公務員の仕事のほとんどが誰にでもできるものであることを理解しているということ。だからこそ、より多くの受験生と実際に会う機会を増やして、こいつと働きたいと思える人、つまり優秀かどうかは別として、探しているんだという結論に達しました。
したがって、面接に落ちたからといって人格が否定されたわけでもなく、優秀でないと判断されたわけではないのである。面接試験は半分はきちんと対策したかどうか、もう半分は正直運だと思います。
ですので、面接で落ちても私みたいに変な勘違いはしないでください(笑)