今日の楽しみは 


プレトが、仮眠中に少女から得たヒントについて説明すると、ルリスは腕を組んで考え込んだ。


「うーん……雷と固定した雲が、このアメーバみたいなやつの対策になると……」


「難しいヒントだよね……とりあえず、ルリスは仮眠とりなよ。私はその間に考えてみる」


「わかった。何かあったらすぐに起こしてね」


仮眠に入ったルリスをレグルスの中に残し、プレトは駐車場に降りた。さて、どうしたものか……


レグルスの周りには、引き剥がされたアメーバのようなものが散乱している。それは色が白く、平べったいクラゲのような、花のような形をしている。遠目には大量のペンキをこぼしたように見えるかも知れない。プレトはその中の一つを拾い上げ、まじまじと観察した。


……これを使う目的は、目隠しと窒息かな。多分、半導体かどこかにセンサーの機能がついていて、対象となるものを追いかけるように設定されているんだろうな。


白く着色されたゼリーベンゼンは、歪な形をしており、まるで端切れで作られたかのように見えた。中の機能も単純なので、本当に端材でできているのかもしれない。

 

プレトの頭に、ふと、ケーゲルが思い浮かんだ。新型防犯装置としてモンド機関が導入する予定の、例の円錐型の機械だ。あれの電気の膜も、ゼリーベンゼンでできていたな……もしかすると、ケーゲルに使われたゼリーベンゼンの端材で作ったのか? 

 

このアメーバのようなものもバッテリーで動いているし、雷……は無理があるけれど、電気で壊せるのでは?


「おはよー」ルリスが降りてきた。


「早いね」


「でも、30分は寝たよね……それで、何か分かったかな?」


「これもケーゲルみたいに、雷というか、電気で壊せるのかなって思ったんだ。でも、電気をどう発生させるのか、どう使えばいいのかがまだ分からなくて」


「電気ね……」

 

ルリスはそう呟くと、空を見上げた。青い空には白い雲が浮かんでいる。絵に描いたような夏空が二人の頭上に広がっていた。遠くの方にはもくもくとした入道雲が見え、夏休み特有の浮き足立つような感覚を覚えた。


「固定した雲……電気……ねえ、雷雲って作れるのかな」


「え、雷雲?」

 

プレトは思わずオウム返しに訊いた。


「うん。固定した雲に電気を流し込んだら、雷雲が作れるのかなって思ったの。あの入道雲を見ていたら思いついた」


「雲に電気……実際に試したことはないけど、雷雲が実在しているんだから、不可能ではない気がする。でも、雷雲を作ったとして、それをどうするの?」


「それでレグルスを包めばいいんじゃない? 餃子みたいに」


「餃子?」


え? え? 餃子? 最近食べていないな……じゃなくて、自作した雷雲で、レグルスを包むと言ったのか? プレトがぽかんとしていると、ルリスが続けて言った。


「雷雲で包んだら、アメーバみたいなやつがぶつかってきても壊したり弾いたりできるのかなって。雲なら、薄くしておけば透けて見えるから、視界も確保できて事故には遭わないと思う。レグルスは電気を通さないから、中に乗ってても問題ないしね」


「なるほど……」


「そもそもだけど、固定した雲って形を変えることはできるの?」


「できるね。引き伸ばしたり丸めたりできる。実際に試したことがあるから、それは確実だよ」


「そうだね。他にできることもないし、試してみようか。問題は、都合よく近くでオルタニング現象が起こるかどうかだけど」


「あ、それはなんとかなると思う。離れた場所に落ちてきてる雲を、引き付ける方法があるから。このゼリーベンゼンを再利用しちゃおう。ルリスは鍋でお湯を沸かしてくれる?」


プレトは、足元に散らばっているアメーバのようなものをいくつか解体し、ゼリーベンゼンの部分のみ確保した。

 

それらを直径1メートルほどの円になるように、地面に並べていった。

 

次に、空中に浮いているムイムイをいくつか取って、ルリスが用意してくれた湯に塩と共に投入した。


「ムイムイの塩ゆでだ……」ルリスが呟いた。


プレトは塩ゆでしたムイムイを取り出すと、先ほど円形に並べたゼリーベンゼンの上に、スプーンの背で押しつぶすように乗せていった。


「なにこのミステリーサークル……」


ルリスが怪訝そうな顔をしている。


「こうすると、落ちてきた雲がこっちに来てくれるんだよね。理由はよく分からないんだけど。あとは、どこかでオルタニング現象が起こってくれさえすれば……」


「それはもう、祈るしかないよね」


「とりあえず、雲を固定するために、オリジナル溶液を大量に作っておかないと」


二人はさっそく、溶液作りに取りかかった。材料はほとんど公園の中で手に入った。全ての材料を煮込み、できた溶液を給水タンクに入れていった。


「ねえねえ、師匠ー」


後ろから声をかけられた。振り向くと、チョウの取り方を教えた少年がいた。


「あれ? 宿題しに帰ったんじゃないの?」


「一回帰って、さっきのチョウチョの記録をしたよ。ぼくん家、あの青い家だからさ」


少年はそう言って、公園に隣接している青い外壁の民家を指さした。


「そうなんだ……あんまり知らない人に家を教えちゃいけないよ」


「師匠は弱そうだから大丈夫。次はセミを狙うんだ。コツはある?」


弱そうと言われた気がするが……まあいいか……


「セミかあ……網を被せたら、少し待つといいよ。勝手に網の奥に飛び込んでくれるからね」


「やってみるー!」少年は元気に駆けて行った。


その背中を見送ると、彼が通り過ぎた木の上に雲が近付いてきているのが見えた。


「来た来た! ルリス! オルタニング現象来た!」


「ほんとだ! ラッキーだね!」


雲は誘われるように、プレト特製のミステリーサークルの中に入った。

 

ルリスがすかさず、オリジナル溶液を雲にスプレーしていく。

 

出発前に作った分を使い切り、できたての溶液もスプレーに詰め替え、どんどんかけていった。

 

しばらく続けていると、雲はかなりの強度を持ち、軽い紙粘土のような質感になった。簡単に霧散しそうにはない。


「わあ、すごい……透けててふわふわしているけど、なんだかしっかりしてる……不思議な質感だね」


「これに電気を流して、引き伸ばして、レグルスを包めばいいわけだけれど……強い電気を起こせるかな」


プレトはそう言いながら、バックパックの中を漁った。出てきたのは予備の電池だった。プレトはそれを手のひらに乗せ、黙りこんだ。


「密林のときみたいに工作すれば、強い電気を起こせるかな?」


「うーん……これだけだと心もとないかな……」


「セミとれたー! 師匠すげー! ……これなに? なにしてるの?」


少年が戻ってきた。


「雲だよ。なんとか電気を起こしたいんだけど、できなくてさ……困っているんだ」


「発電機があればねー」と、ルリス。


「発電機? あるよ」


「え、あるの?」


少年の思わぬ発言に、プレトは驚いた。


「ムイムイハリケーンのときに停電になったんだ。母ちゃんが家庭用発電機で、電気を作ってくれたんだよ」


「まじか……貸してくれたり……する?」


「聞いてくる!」


少年はそう言うと、自宅に向かって駆けていった。思わぬ展開にわくわくしていると、少年の自宅玄関から、女性が顔を出したのが見えた。

 

彼の母親だろうか。玄関前に立った少年が力説しているようだった。


「えーっと、わたしも事情を話してくるね」


ルリスはそう言うと、彼らの会話に参加しに行った。

 

プレトはその間、雲の形成をすることにした。

こんな質感のものを触るのは初めてで、どう扱ったらいいのか分からない。むぎゅむぎゅと押しながら、雲を少しずつ潰していった。雲と格闘していると、ルリスと少年が戻ってきた。手には家庭用発電機を持っている。


「本当に借りれたんだ……」


突然の頼み事なのに、協力してもらえたことに驚いた。


「この子のお母さん、クライノートでわたしたちの投稿を見てくれているんだって! 心配して貸してくれたよ」


「ああ……」


苦労が報われた気がして、プレトの胸はいっぱいになった。一生懸命に真実を投稿し、脅されて、攻撃されて……そんな中で、助けてくれる人がいるという事実が、とても嬉しかった。


「ありがとう、借りるね」


少年の自宅の玄関に、彼の母親が立っている。こちらを見守っているようだ。プレトは一度会釈をすると、発電機のエンジンボタンを押した。無事に稼働しはじめる。


「さて、うまくいくかな……二人とも離れていてね」


プレトはそう言うと、発電機のケーブルの先を固定した雲に差し込んだ。特に目に見える変化がないまま、しばらく観察していた。


「なんかパチパチ聞こえるけど」と、少年。


耳をすましてみると、確かに静電気のような音が聞こえる。


「試してみるかな」


プレトはそう言うと、落ちているアメーバのようなものを拾い上げ、雲に投げつけた。それは雲に当たると、バチンと音を立てて弾かれた。

 

何度か試したが、その度に弾かれる。


「ねえ! これって成功だよね!」


ルリスが瞳を輝かせている。


「そうだね……これを引き伸ばしてレグルスを包めば、なんとかなるかも」


プレトは胸をなでおろした。これで出発できそうだ。ルリスが、プレトと少年をまとめて抱きしめて言った。


「やったー! これに触るには、ゴム手袋を用意しないとね!」


プレトは装備の中に頑丈なゴム手袋があることを思い出した。そして心の中で、幻の中の少女にお礼を言った。

 

(第49話につづく)

 

 

作者は 

こんなひと