今日の楽しみは 


レグルスの中に射し込んだ夕陽が、座席にぐったりともたれた二人を照らしていた。


「人口管理をしたい本当の理由……分からん……」


プレトが呟いた。


「そう簡単には見つからないよね……わざわざカモフラージュ用の理由を用意しているくらいだもんね……」


ルリスが目をショボショボさせている。プレトとルリスは、モンド機関の秘密を暴こうと必死で調べていたのだが、思ったような収穫は得られなかった。


プレトは、自分の身体がじんわりと熱を持っていることに気がついた。ドクププに刺されてからというもの、夕方になると決まって発熱するようになっていた。身体は怠くて重いが、これだけで済んでいるのは奇跡だ……と自分に言い聞かせながら、ルリスに声をかけた。


「もう夕方だし、ここにテントを張っちゃおうか」


「そうだね……脳のブドウ糖が枯渇したし、今日はこの辺にしようか……」


二人はよろよろとレグルスから降り、テントの設営や食事を済ませたが、ルリスはその間ずっと、ひとりごちていた。そんなルリスを励まそうと、声をかけた。


「今日調べはじめたばかりなんだから、うまくいかないのは当たり前だと思うよ。むしろここまで分かったことが奇跡だし……それよりも、どうやったら悪人の計画を阻止できるのか、考えた方がいいのかも。寝て起きたらスッキリして、はかどるかもしれないぞ」


「……それもそうだね。じゃあ、寝ようかな」


ルリスはそう言うと、シャクトリムシを思い起こさせるような動きで、テントの中の寝袋にもぐり込んだ。

 

プレトはそれを見届けてから解熱剤を飲み、開口部からテントに入った。

 

すると、ルリスはすでに寝息をたてて眠っていた。相当疲れていたのだろう。ハリケーンとレースをしたのだから当然だ。

 

プレトは寝袋の中から天井を見上げた。脳みそが眠りにつく前に、情報を処理しはじめているのを感じる。


……そうだ、ムイムイハリケーンから助かったのに、まだお礼を伝えていなかった。プレトは胸の上に両手を組んで置き、目を閉じた。


『神様、なんとか避難できましたし、携帯も使えます。助けてくださって、ありがとうございます』


ここで終わりにしようとしたのだが、思い直して言った。


『神様、モンド機関が怪しいと思うのですが、どうお考えでしょうか? もし本当に悪いことをしているのなら、阻止させてくださいませんか? SNSに投稿して、みんなが助かるようにしたいのです。どうかお願いします』


プレトはそう祈り終えると、頭の中を空っぽにし、そのままじっとしていた。火照った身体で寝袋が温まった頃、幻の中で出会った少女の顔が思い浮かんだ。プレトはぎゅっと目を瞑って考えた。


……そういえばあの子、ワクチンによる被害よりも、こっちのほうが大事だと言っていたような……なんだっけ……

 

そうだ、悪い顔の人形たちが、がらんとした街を作り変えていたな。

 

監視カメラとか、宙に浮く三角のようなものを、たくさん設置していて……あの三角みたいなものってなんだったんだろう、浮いていたけど、どう見ても鳥ではなかったよなぁ……


そのとき、頭に電気が流れるような感覚が走った。勢いよくガバッと起き、叫んだ。


「あの三角みたいなやつ、まさか、円錐型の機械か?!」


「わあああ!」


プレトの大声で、寝ていたルリスが飛び起きた。目を見開いたまま、胸の辺りを押さえている。


「プレトどうしたの! ストーカーが来たの?!」


「いや、違うよごめん。考え事をしていたら、閃いたことがあってさ……」


プレトは、思いついたことを説明していった。


「円錐型の機械かぁ……警察庁のホームページには、開発中の新型防犯装置として紹介されていたよね」と、ルリス。


「夢では、いくつもの円錐が、がらんとした防犯カメラだらけの街の中を移動していたんだよ。人口が少ないのなら、そこまで防犯に熱を上げる必要もないと思うんだよね」


「そうだよね。防犯カメラだけで充分な気がするけれど……クライノートにニュースがないか、チェックしてみようかな」


ルリスはそう言いながら、携帯電話で調べ物を始めた。

 

テントの外からは、葉が擦れ合う音と虫の声だけが聞こえてくる。静かな夜だ。


「うーん、警察庁とか、企業の公式アカウントには、特にそれらしい発信はないかな……今日出たニュースの中では、『防犯・安全基本法の改正案』が話題になっているみたいだけど」


「へぇ、どんな内容? ちょっと見せて」


プレトがニュース記事を読んでいくと、内容はこのようなものだった。

 

『国家規模で紛争や災害、パンデミックなどの緊急事態が起こり、国が有事だと判断する場合には、モンド機関を対策本部とする。


有事の際は犯罪数が増加する傾向が強いため、各国や各自治体に対して、新型防犯装置の導入を行い、受け入れない場合には罰金を科す。


新型防犯装置とは、危険人物を瞬時に判別し、捕縛する機能が搭載された装置を指す。


なお、モンド機関を対策本部とする理由は、主要国のトップが集うことにより、冷静で客観的な意見交換が期待できるためである』

 

「……」


一緒に読んでいたルリスは、口を半開きにしている。プレトは恐る恐る口を開いた。


「ここに書いてある新型防犯装置ってさ、多分、あの円錐のことだよね? あんな危険物を街中に解き放ったら、それだけで有事になりそうだけど……」


「あの装置って、ちゃんと危険人物を見分けられるのかな? そもそも危険人物の基準ってなに? しかも、なんでモンド機関を対策本部にするのかな? それぞれの国で対策して、他の国は必要に応じて援助すればよくない?」


ルリスが呆れたような表情をしている。


「これって、改正案が出ている状態だよね? 本当に改正されたらまずいぞ……」


「……」


ルリスが険しい表情をしている。


「パンデミックってさ、感染病が大流行するみたいな意味だよね? つまりモンド機関は、スパイク肺炎パンデミックが起きていることにして、危険なワクチンを食べさせて、人口を減らしたいのかな……」


「政府が有事だって言ってしまえば、あの円錐を解き放てるってことだよね。生き残った人たちの自由を制限したいのかも……あんなのがうろついていたら、外出できないよ」


いつの間にか、虫の声も聞こえなくなっていた。もう、虫も眠るような時間なのだ。この閑散とした地で目を覚ましているのは、プレトとルリスだけかもしれない。プレトは自分のこめかみをマッサージしながら言った。


「とりあえず、このことをクライノートに投稿してみようか」


「そうだね。起きたらどのくらい炎上しているかな」


ルリスが不敵な笑みを浮かべながら、クライノートに投稿していった。

 

プレトが目を覚ますと、テントの中にルリスはいなかった。開口部を開けて外を見ると、友人が愛車で空中散歩をしている。

 

飛んでいるレグルスを見るのは久しぶりだった。手を振ると、すぐにこちらに気づいたようで、ゆっくりと下降してくる。


レグルスから降りたルリスは、パラライトアルミニウムを補充しながら言った。


「クライノート、大炎上祭りだよ!」


「あー、やっぱり……」


ルリスの携帯電話でクライノートを見せてもらうと、膨大な量のコメントが届いていて、大勢のユーザーが拡散してくれているようだった。

 

見る度にインプレッション数が上がったり下がったりしている。

 

クライノートの運営側が必死で操作しているのだろう。

 

製薬会社にいいように使われて気の毒だ。意外だったのが、批判と賛同のコメントが、半々くらいだったということだ。


「ほとんど悪口だろうと思っていたけれど、そうでもないんだ」


「そうなの、わたしもびっくりだよ。特に、防犯・安全基本法の改正案には、反対の人が多いみたい。これ見て」


プレトは、ルリスが指さしたコメント欄を読んでいった。

 

『有事にわけわからん機械を導入するより、食料や住居を大量に確保する方がよっぽど犯罪抑止になるだろ』

 

『なんでモンド機関が対策本部なんだ? モンド機関が誰かを救ったことって、今まであったか?』

 

『国民に無断で法改正すんな。公共福祉への支援は遅えのに、こういうところだけ仕事が早いんだよな』

 

「なんというか、日頃の鬱憤が爆発しているような雰囲気だね」


プレトはそう言いながら、少し気分が良くなった。言いたいことを代わりに言ってもらっている気がしたからだ。

 

そして、あるコメントに目が留まった。情報提供をしてくれているようだ。

 

『いつも見ています。ただの妄想なのですが、パラライトアルミニウムの値上げは、新型防犯装置の開発とか、設置にかかる費用に充てるためだったりするのかなーなんて……』

 

「なるほどね!」ルリスがうんうんと頷いている。


「みんなも色々考えてくれているんだ……私たちだけだと限界があるけど、こんなに味方してくれる人たちがいるなら、もっと多くの人に情報を届けられるかもね……ちょっと、呼びかけてみようか」


「やってみる」

 

『いつも見ていただき、ありがとうございます。今後も情報拡散をしていただけますとありがたいです。意見交換や情報交換をしてくださる方も大歓迎ですので、コメントやDMをいただけますか?』

 

「こんなものかな」ルリスが打ち込み終えて言った。


「ようし、出発の準備をしますか!」


「はーい!」


二人で野営の片付けをしていった。今までテントを使ったことなんてほとんどなかったのに、出発してからというもの、すっかり扱いに慣れてしまった。

 

この調子で、情報収集にも情報拡散にも、悪人との戦いにも慣れていけばいいのだ。

 

ルリスと共に、行けるところまで行けばいいのだ。

 

(第45話につづく)

 

 

 

作者は 

こんなひと