今日の楽しみは 

ルリスがハンドルを握ったまま呟いている。


「製薬会社と警察庁が深い関係……つまり、資源省と警察庁が深い関係……プレトの職場は資源省の管轄……なんだかさ、相手が大きすぎない?」


「むーん……私、そんなに悪いことしたっけ?」


「していないね、何一つ」ルリスが断言するように言った。


「不条理すぎる……何なんだ、この世の中……私のクライノート、未だに不調だから、ルリスの携帯借りて投稿してもいい?」


「いいよ、アカウント共有しておいてよかったね」


プレトは、以前消されてしまったものを投稿し直したのち、スパイク肺炎ワクチンの危険性についても投稿していった。

 

『数年前の実験で、パラライトアルミニウムとネオベナムを組み合わせたものが血液に触れると、赤血球が変質し、トゲトゲになってしまうことが判明しました。

 

私は研究者で、実際に自分の血液で試したこともあります。

 

スパイク肺炎ワクチンは非常に危険ですので、供給されても接種してはいけません。

 

そもそも、スパイク肺炎の症状は咳と発熱程度ですので、ただの風邪と言えます。

 

ワクチンは必要ありません』

 

『スパイク肺炎ワクチンは、製薬会社の金儲けのために開発された可能性があります。

 

このワクチンを接種することによって、多くの人が身体を壊すことになるので、薬害を受けた人向けに、また別の薬を売りつけるつもりかもしれません。

 

ちなみにですが、レインキャニオンへの道中で、製薬会社の社員に殺されかけたことがあります。

 

先日、そのことについて投稿したとたんに消されてしまいました。

 

クライノートのスポンサーに製薬会社があるからでしょうか?』

 

「……こんなものかな」プレトは呟いた。


しばらくすると、多くのユーザーが拡散してくれた。みんなの投稿を見ていくと、そもそもスパイク肺炎の存在自体を疑問視している人もいるようだった。それもそうだ。症状的には、インフルエンザの方がずっと辛いのだから。


コメントもたくさんもらった。応援よりも、悪口のほうが圧倒的に多いけれど。


クライノートのメイン画面をチェックしていると、注目を集めている投稿があった。しかも、プレトたちについて言及している。

 

『騙されるな。〈プレパラート〉とかいう陰謀論アカウントが、国の方針に口出ししてる時点でおかしいと気付け。ワクチンを悪く言うやつは、人命救助の妨害をしているんだぞ』

 

……なんなのだろう、画面から伝わってくるこの圧迫感は。まるで向かい風の中を歩いているようだ……いや、胸が痛むから、ムイムイハリケーンの中を歩いているようなものかな。


操縦中のルリスに、その投稿のことを話してみた。


「陰謀論か……そう見えるのかな、全部本当なのにね。わたしも見たいから、その辺にレグルス停めるね」


友人はそう言って、道路から逸れて停車させた。ゴロゴロとした大きめの石が一面に散らばっている。ここは余り、気にかけられていない土地なのかもしれない。良くも悪くも注目を集めている自分たちがここにいることは、プレトにとって、なんだかアンバランスなことのように思えた。プレトはルリスに携帯電話を返した。


「なに、このアカウント……〈ゴライアス〉っていうんだ。私たちのこと、すごく悪く言ってるね。イヤだなあ」ルリスは苦虫を噛み潰したような顔をして言った。


「ただの悪口はいっぱい来るけど、このアカウントは、わざわざ名指しで、具体的に中傷の投稿をしているね」


「これって放っておくべきなのかな? このアカウント、10万人以上フォロワーがいるみたいだけど……対処法がいまいち分からないな」


「少し様子を見てみようか」


二人は簡単に食事を済ませたのち、再びクライノートを確認してみた。そして呆気にとられた。


「なんか、さっきのアカウントが連投してる?」


ルリスが眉をひそめて言った。〈ゴライアス〉の投稿内容はこのようなものだった。プレトとルリスの投稿を引用している。

 

『こんな投稿をしているのが〈プレパラート〉だぞ。引用して広めるのはやめろ。こいつの仲間だとみなされてもいいのか』

 

『〈プレパラート〉の投稿を高頻度で引用しているアカウントには注意が必要。おかしな理論に誘導したいだけのキチガイに騙されるな』

 

「うわあ……私たちを応援してくれている人たちのことも悪く言いはじめた……」


プレトはそう言いながら、胸焼けがするようだった。とにかく不快だ。


「うーん、これはひどい。止まらなさそうだし、一回くらいリアクションしてみてもいいかも?」


「……試してみるか」


プレトはそう言うと、〈ゴライアス〉の投稿を引用し、改めて投稿をしてみた。

 

『実際に起こったことや、見聞きしたことをお伝えしているだけです。スパイク肺炎ワクチンは、注射ではなく、シロップやラムネといった菓子の形状を採用していますが、抵抗感を無くすための作戦だと思われます。これを推奨する人こそ、人命救助の妨害をしていると言えるのではないでしょうか。皆さん、どうかお気をつけください』

 

とりあえずはこんな感じで……
そう思って一息ついたとたんに〈ゴライアス〉から反応が来た。

 

『おえええ! 例の頭の悪いアカウントがウザ絡みしてきたんだけど! きめえええ!』

 

「えええ! リアクション早っ!」プレトは思わず驚いてしまった。


〈ゴライアス〉は、まるで投げつけるかのように続けて投稿をした。

 

『あなたのコメントは明らかな名誉毀損と侮辱です。これ以上続けるなら法的措置を取ります』

 

法的措置……その単語に、反射的にプレトの心臓が縮こまった。深呼吸をしてから口を開いた。


「なんか敬語になってる……よほど私たちが煩わしいのかな」


「引用すると、引用元のアカウントに通知が行くシステムだけど……それにしても早すぎるよね、クライノートに張りついているのかな?」


「暇なのかな。それに、法的措置ってなんだろう……先に名誉毀損と侮辱をしたのはこのアカウントだよね? ブーメランだけどいいのか?」


「文面から知性が感じられないから、分かっていないんじゃない?」


「はぁ、こういう人って本当にいるんだ……ちょっと外の空気吸いたい、窓開ける」


プレトは窓から顔を出すと、胸いっぱいに空気を吸い込んだ。夏特有の青い香りがする。SNSは殺伐としているが、外は時間がゆったりと流れているように感じられた。クライノートは自主的に始めたことだけれど、ここまで疲れるなんて……


オンラインから離れたいという考えが、プレトの頭をかすめた。少しの間、夏の香りを堪能していると

 

「あらら、いーっぱい悪口がきたよ」と、ルリスの声が聞こえた。

 

プレトが現実に戻り、画面を覗くと、プレトたちに対する罵詈雑言が目に飛び込んできた。


『喧嘩売るなら顔出ししろや』

『どこからどうみても名誉毀損』

『かわいそうに、思い込みが激しい精神疾患の患者なんだね』

『運営に報告した』

その他多数……


これらに対して、プレトたちの肩を持ってくれているアカウントが言い返してくれている。

 

まるで、狭い闘技場に無数のファイターがなだれ込み、ルールがない中で暴れているような状況だ。

 

プレトたちは、わざわざ相手のフィールドに殴り込みに行く必要はないと判断し、しばし傍観することにした。

 

ルリスが、不審者情報を共有するかのようなトーンで言う。


「あのアカウント、どうしてあんなにフォロワーが多いんだろうね?」


二人は〈ゴライアス〉の過去の投稿を確認してみることにした。


「特に有益な投稿は見当たらないけど……あれ? この人、芸能事務所に所属しているみたいだね」


「タレントなの? 全然知らないな……」


続けて芸能事務所について調べてみると、思ってもいなかった情報に辿り着いた。


「この芸能事務所のスポンサーに、製薬会社があるよ!」


ルリスがすっとんきょうな声をあげた。


「製薬会社って、ここにも出資してるのか! 手広くやりすぎでしょ……原材料を誤魔化したラピス溶液で、ガンガン儲けているんだろうな……」


プレトは完全に呆れかえり、座席にもたれたまま話しつづけた。


「〈ゴライアス〉ってもしかして、製薬会社から命令されて、私たちを悪く言っているのかな。

 

芸能事務所もクライノートも、製薬会社から出資してもらっている立場だから、製薬会社に協力して、不利な投稿をするアカウントを潰そうとするのも分かるよ……

 

あー、もっと掘り下げて調べないと……疲れるよー」


調べれば調べるほど、今まで全く関係のなかった世界に、自分が繋がっていくような気がした。新鮮な体験だが、命がすり減っていくような感覚がある。


「売れないタレントにお小遣いでもあげて、やらせているのかな。悪口コメントをしてくる他のアカウントの中にも、似たような人がいるのかもね」


ルリスはそう言うと、少し間を空け、突然、ハキハキと喋りはじめた。


「巨大アカウントとかけまして、おが屑と解きます!」


「え、なんだ急に……その心は?」


プレトは戸惑いつつも、一応乗った。


「どちらもよく燃えるでしょう!」


「おおお! ……それってうまいの?」


「うまくないと思う!」


ルリスはヘヘヘと笑っている。元気づけようとしてくれたのだろう。プレトもつられて笑ってしまった。ルリスの笑顔は、小学生の頃から変わっていない。そのあどけない笑顔が、疲れたプレトの両目に心地よく沁みていった。

 

(第42話につづく)

 

 

作者は 

こんなひと