今日の楽しみは
 
 

通信機から男の声が聞こえる。


「このまま進んで問題ないよな? なんかあったら言えよ」


「はーい」ルリスが返事をし、続けて尋ねる。


「街の中のルートとは言っても、街も途切れたりするよね?」


「そりゃあな」


「じゃあ、今まで通ってきた道と、そんなに変わらない感じかな」


プレトも通信機に向かって話しかける。


「私たちを案内するように依頼されたみたいだけどさ、ちゃんと報酬は出るの?」


「出るぞ。出なくてもこっちから回収に行ってやる」


「だよね」


タダ働きではないことを知って安心した。ストーカーに追われている最中に、適当なことをされては困るからだ。


「私たちのこと、どれくらい知ってるの?」


「ほとんど知らねえよ。黒髪がプレトだろ? あとは、レインキャニオンに行きたいってことくらいか」


「正確には、黒じゃなくて墨色だよ」ルリスが口を挟んだ。プレトとしては自分の髪の毛を何色と言われても構わなかったが、ルリスは出会った頃から墨色だと言い張ってきた。


「あ? ああ、まあどっちでもいいけどよ。でも、なんでレインキャニオンなんか行きたいんだよ」


「それ、言わないといけないの?」プレトは淡々と言い返した。


「は?」


「キリンパンは仕事のこととか答えないじゃん。それなら、こっちも言いたくないんだけど」


「……そうか」


「そっちのこと教えてくれるなら、こっちも答えるよ」


「努力する」


ここで会話は途切れた。とりあえず今は、彼自身について何も教えるつもりはないらしい。 不満もあったが、お互いに初対面なのだから仕方がないのかもしれない。


プレトはルリスに歌をリクエストしたかったが、赤の他人と一緒だから憚られた。しかし、しばらく頭を窓につけて外を眺めていると、ルリスが通信機に向かってこう話しかけた。


「キリンパン、歌ってもいい? ドライブ中はよく歌ってるんだけど」


「ご自由に」


「やった! プレト、リクエストある?」


プレトはルリスを見た。思わず笑顔になる。大昔の映画の主題歌だった外国語の曲をリクエストした。 その映画は、やんちゃな子どもたちが短い旅の中で成長するというストーリーだった。内容は好きになれなかったが、曲は気に入っていた。ルリスが軽やかに歌いだす。


「その曲、おれも知ってる。うまいな。よく眠れそうだ」通信機から声が聞こえてきた。


「居眠り運転しないでよ」


プレトは男に注意をすると、改めて窓の外に目を向けた。多くの木々が前から後ろに流れ去っていく。

 

2台のレグルスは、やがて鬱蒼とした森のすぐ近くにある街に入った。 商店街があり、飲食店が軒を連ねている。人々も楽しげに歩いていて、なんとなく明るい雰囲気の漂う街だった。 街の入り口付近にある駐車場に、レグルスを並べて停めた。


3人とも降車し、適当に飲食店に入る。すっかり空腹になっていた。 注文を済ませると、無言の時間が訪れる。正面にキリンパンが座っていて、正直気まずい。プレトは沈黙を打ち破るため、キリンパンに話を振ってみた。


「キリンパン、好きな食べ物は?」


「え? 蕎麦かな」


「ふうん……趣味は?」


「趣味?」キリンパンがきょとんとする。


「その質問、お見合いみたいだよ」ルリスに突っ込まれた。


「え、そんなつもりは!」
取り消しながらキリンパンを見ると、苦虫を噛み潰したような顔をしている。さっきまでのきょとんとした顔とは別人のようだ。


「ちゃかしてごめん! そんなにイヤだった?」その顔に驚いたルリスが、慌てて謝っている。


「あ、いや、怒ってねえよ」


キリンパンは元の顔に戻ると、伏し目がちになった。

 お見合いにトラウマでもあるのだろうか。 キリンパンが、相変わらず伏し目がちに口を開いた。

 

「趣味だけど、脳内散歩かな」


「脳内……散歩……?」プレトはオウム返しに尋ねた。


「そのままの意味だ。脳内で散歩するんだよ」


「へえ?」ルリスが続きを促す。


「脳内なら、どこでも好きなところを散歩できるだろ。足の裏の感触まで精密に想像するんだ。砂浜の設定が好きだな」


「そっか、いい趣味だね」

 

ルリスは水を飲みながら相づちを打った。本当にいい趣味だと思っている顔だ。

 

 プレトは黙ってキリンパンの顔を見ていた。彼は、相変わらずテーブルを見ている。プレトはゆっくりと口を開く。


「他に趣味はあるの?」


「……ねえな」キリンパンは微笑んでいたが、どこか悲しげに見えた。 プレトは目の前の人物について、まだ何も分からない。その分、やはり安心できなかった。


やがて料理が運ばれてきた。

 

食後に、キリンパンが店員を呼び止めた。何かを追加注文している。定食だけでは足りなかったのだろうか。


先ほど呼び止めた店員がすぐに戻ってきて、キリンパンの前にジョッキを置いた。入っているのは、明らかにビールだった。


「え! いまお酒飲むの?!」プレトは思わず大きな声を出した。 まだ外は明るい。それに、飲んでしまったら、レグルスは運転できない。


「こんなの、ただの水分だ。オレはもともと車中泊のつもりだしよ。おまえらはここで宿まればいいだろ」


「勝手な……まあ、いいか」プレトはしぶしぶ了承した。 キリンパンは一気にビールを飲み干すと、ルリスに質問をした。


「ソバカスはプレトの同僚か?」


「内緒だよ」


「仲良さそうだから、友達か?」


「それも内緒」


プレトは水を飲みながら、2人の会話を黙って聞いていた。


「なんで何も言わないんだよ、口が石でできてんのか」


「あなただって自分のこと、あまり話さないじゃん」


「高貴な趣味を教えただろ」


「そうだね。わたしの趣味は、料理とドライブかな」


「ふうん、分かりやすくていいな……ちょっとトイレ」


プレトは、キリンパンがトイレに行ったすきに、ルリスに耳打ちをする。


「あいつ、ルリスに気があるんじゃないの? あんなに質問攻めにしてさ」


「え、あれは違うよ。そういうのじゃないから」


「そういうのじゃないとは?」


「あれはただの情報収集だよ。気がある相手には、あんな訊き方しないよ」


「ふ、ふうん?」まだよくわからないが、ルリスがそう言うのなら、そうなのだろう。


だが、友人が心配だった。プレトは釘を刺す。
「変な虫がつきそうなら、ちゃんと私に言ってね。追い払うから」


「……まさか、またあれやるつもりじゃないよね?! やめてよ! あんなこと!」


「どうしたんだよ」ちょうどキリンパンがトイレから戻ってきて、話に割り込んできた。


「プレトが……またあれを……!」

 

「あれってなんだよ」


プレトは、ルリスが何のことを言っているのか分かったので、説明をした。


「中学の頃、ソバカスが男子に呼び出されたんだ。助けを求められたから、私がそいつらを追い払った」


「へえ、どうやって?」


「花火みたいなものを、ペットボトルで作った」


「花火?」


「うーん……」


ルリスが頭を抱えて唸りだす。 このままでは明らかに情報不足だと思い、プレトは説明を付け加える。


「湯船を消毒液と酢で一杯にして、そこにドクチワワを一晩浸したんだ。それを導火線にした」


「チワワを導火線に?! 動物愛護の精神がないのか?」


「チワワじゃなくて、ドクチワワだよ。チワワは小型犬だけど、ドクチワワは雑草ね」


「あ、ああ……へえ……」理解してなさそうな顔だ。


「そうすると迫力のある火花と音だけ出るから、それを投げつけて脅かしてやったんだ」


「……」

キリンパンは黙っていたが、やがてルリスに話しかけた。


「おまえらの関係は、同級生なのか? よく分かんねえけどよ、ソバカスはこいつといて大丈夫なのか? そのうち、おまえの髪の毛を導火線にするかも知れないぞ」


「そんなことするわけないじゃん」プレトが突っ込んだ。


「いつも助けてもらってるよ。手法はトリッキーだけどね」ルリスが含み笑いをしながら答える。


「そうか……まあいいや。食い終わったし、そろそろ出るか」


「普通の花火でもよかったんだけど、冬だったから売ってなかったんだ」プレトは情報を追加した。


「だからって作るかよ……ほら、出るぞ」

 

3人は店の外に出た。周りがなんだか騒がしい。


「きたぞ!」


遠くにいる人々が走り回っているようだ。火事でもあったのだろうか。だが、煙のようなものは確認できない。3人は歩道に立ち、様子をうかがう。


「リバースパンダが来た! 家に入れ!」


どこからともなくそう聞こえた。とたんに、あらゆる店がシャッターを下ろしはじめた。たった今出てきた飲食店もそうだ。あんなに賑わっていたのに、辺りが一気にシャッター街になってしまった。 プレトは思わず唾を飲み込んだ。リバースパンダと聞こえたが、気のせいだろうか。


やがて曲がり角から、生き物が姿を現した。やはりリバースパンダだ。 パンダとは配色が真逆だから、この名前がつけられた。近くの鬱蒼とした森からやってきたのだろうか。ゆっくりとした足取りで、こちらへ向かってくる。


「大きい」ルリスの声がうわずっていた。


「こんなの……聞いてない……」キリンパンが顔を引きつらせて呟いた。


「……聞いてないって?」キリンパンの発言が引っかかり、プレトは思わず質問をした。なんのことを言っているのだろう。


「走るよ!」ルリスに手を引っ張られた。


確かに、質問をしている場合ではない。レグルスに向かって走らなければ。 リバースパンダはふざけた見た目をしているが、ヒグマ並みに凶暴なのだ。

 

(第21話につづく)

 

 

作者は 

こんなひと

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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