今日の楽しみは

 

 

夜もふけてきたので、プレトとルリスは寝ることにした。焚き火を消して、ランタンをつける。


テント内にマットを敷き、その上に寝袋を広げた。


「ルリス。焚き火が消えてるか、また一緒に確認してくれる?」


「もちろん」


改めて火が消えていることを確認し、2人ともテントに潜り込んだ。ランタンも持ち込む。

 

プレトはなんだかソワソワしてきた。テントで寝るなんて、生まれて初めてかもしれない。


「きゅーきゅー」


クリームをテントに入れてやると、ルリスに寄り添っていった。直後、傷口を上にして横向きに転がり、寝息をたてはじめた。


「寝つき、よすぎでしょ」


「羨ましいなー」


ルリスが、自分の薄い掛け布団をクリームにもかけてやる。


「ケガもして、わたしたちに出会って、大忙しだったもんね」クリームをそっと撫でながらルリスが言った。


「今のところは元気そうだよね。本当によかった」


プレトが言いながら、ランタンの明かりを絞った。テント内が暗くなる。 プレトとルリスは寝袋に入り、うつぶせになった。お互いの顔が目の前にある。


「あのさ…」プレトが口を開いた。


「あの判断は、正しかったのかな」


「あの判断って?」


「昼間の警官とのやり取りのこと」


「ああ……」ルリスが目を伏せた。長いまつげが頬に影を落としている。


「……他に方法はなかったと思うよ。わたしは何もできなかったから、プレトが対応してくれたおかげで本当に助かった」


「……」プレトは無言で頷いた。


ルリスが続けた。
「それに、あの警官たち変だったし。クリームちゃんを保護しようとしなかったもん」


プレトはハッとした。言われてみればそうだ。あの警官たちは、プレトたちを密猟者扱いしていたくせに、クリームを助けようという素振りを一切見せなかった。


「確かに……」プレトは思わず呟く。


「人懐っこいクリームちゃんが、異常に怯えてたし」


そう言うとルリスは、寝袋の中で仰向けになった。


「そういえばさ、資金って現金支給なんだね」と、ルリスは訊いてきた。


「そうだよ、意外でしょ」


「うん、意外」


プレトは説明した。


「以前は電子サービスを使って支給されてたんだけど、採取チームがムイムイハリケーンに出くわしてから現金支給になったんだ。あれに巻き込まれると、電子サービスのデータが消えたりするし」


「あー、厄介な災害だもんね。確かに、冒険する人にとっては、現金の方が助かるよね」


ムイムイハリケーンはその名の通り、大量のムイムイが集まった熱帯低気圧のことだ。

 

最大風速が17m/秒くらいの風の渦と共に、ムイムイが襲ってくるので、電子機器に障害が起きてしまう。

 

それに加え、すごい速さでムイムイがぶつかってくるので、単純に痛い。


ちなみに、2人はハリケーンと呼んでいるが、サイクロンと呼ぶ人も、タイフーンと呼ぶ人もいる。とにかく意味さえ分かればいいのだ。


「まあ、札束を持ち歩くのもどうかと思うけどね」プレトが言うと、「ふふふ」とルリスが含み笑いをした。


テント内が静かになる。


今、プレトの視界にはテントの天井しかない。

 

視覚からの情報が少ないと、自然と考えをあれこれと巡らせてしまう。


……昼間のことは、あれでよかったんだ。罪もないのに罪を認めるなんて屈辱的だが、懲役を回避できたんだから。

 

自分にそう言い聞かせていると、頭にチユリさんの顔が浮かんだ。

 

旅の詳細を知らないのに、プレトが生きて帰って来れるように、完璧な装備を持たせてくれた。

 

しかし、その人が必死でかき集めてくれた資金が、2日目にして半分になってしまったのだ。


呼吸が浅くなった。悔しくてたまらない。プレトは身体を横にして、寝袋の中で両膝を抱える。眠れるまでこうしていよう。ただ時間が過ぎるのを待つのだ。


そのとき、ふと背中に温かいものが触れた。


振り返らずとも、友人の手だと分かった。プレトの背中を寝袋の上から、優しく、優しく、さすってくれている。


ルリスも悔しいだろうに、怖かっただろうに、プレトを慰めてくれている。プレトは自分がひどく小さく思え、さらに身体をこわばらせた。葉の擦れる音すらしない静寂の中、「すぴー、すぴー」と、クリームの寝息だけが聞こえていた。

 

旅に出て3日目を迎えた。


プレトは目を覚ますと、一瞬、自分が今どこにいるか分からなくなったが、テントで寝ていたことを思い出した。


寝袋に下半身を入れたまま、テントから頭を出す。ルリスが愛車で空中散歩をしていた。クリームが横を並んで飛んでいる。


プレトは2人分の寝袋をひっ掴み、自分のレグルスに乗せて干した。昨日の洗濯物を回収する。しっかり乾いているようだ。


ルリスが空から、そしてレグルスから降りてきた。


「おはよー」


クリームも元気そうだ。「きゅきゅきゅー」


プレトも挨拶をする。「おはよう」


朝食は、ルリスが用意してくれていたおにぎりだ。クリームは相変わらずがっついている。


食事と着替えが済むと、テントを畳み、野営の片付けをした。

 

コンパクトな装備を使っているので、後片付けはそれほど手間取らない。

 

 出発前に、レグルスに1滴だけパラライトアルミニウムを補充する。


「そろそろ出発できるかな」


「できるよ!」


「きゅいっ!」
元気な返事が返ってきた。


最後に、ムイムイが十分に補充されていることを確認し、各々レグルスに乗り込んだ。クリームはルリスと一緒だ。

 

「この傷、あなたが縫ったの?!」


「はい。チャーシューみたいなものですから」


「チャーシュー?」


「きゅいきゅい」


プレトとルリスは、次の街が見えてくると、動物病院を探し出し、 クリームを診てもらった。傷口の縫合が上手いらしく、医者が驚いていた。


クリームには何の問題もなく、傷が治るのを待てばいいだけらしい。それを聞いて、2人は胸が軽くなった。


「クリームちゃんはチップが埋まっていますね。尾びれの付け根のところです」


獣医が該当部分を指差したが、目視では分からなかった。


「チップ内の情報を読み取って、該当施設に問い合わせてみます。お待ちいただけますか」


「はい。お願いします」


2人は診察室を出て、待ち合い室の長イスに腰かけた。


獣医のデスクに、洋梨セロリのジュースが置いてあったのが気になる。


「お家が見付かったら、クリームちゃんとはお別れだよね?」


ルリスがプレトに尋ねてくる。


「うーん」とプレトは答える。「クリームが牧場の出身なら、ペットとして売ってもらうのは可能だけど、ケガをしているし、一緒に旅に連れていくのはどうかと思う……」


「そうだよね」ルリスの声色が暗い。


あんなに懐かれていれば、別れるのは確か

に寂しいだろう。


会話が途切れ、プレトとルリスは、目の前に貼られたポスターを眺めた。

 

『わんにゃん好き好きウィーク』と書かれている。犬と猫を愛でる週があるのだろうか。だが、ポスターにはヒヨコとカエルが描かれてある。一体どういうことだろう。困惑していると、診察室から獣医が出てきた。


「クリームちゃんの出身が分かりましたよ!ガーデンイール牧場です」


ガーデンイール牧場。初めて聞く名前だ。


しかもガーデンイールって、チンアナゴのことだったような。チンアナゴ牧場でカスタードルフィンを飼育しているのか?  なんて情報量が多いんだ。私たちの旅といい勝負じゃないか。


ふとルリスの方を振り向くと、一瞬、眉が垂れたように見えたが、すぐに真剣な表情でこう言った。


「牧場のスタッフさんがお迎えに来てくれるんですか?」


獣医が答える。
「そうですね。それまではこちらで大切に預かります。とはいえ、今日の夕方にはクリームちゃんのお迎えが来てくれるはずですよ」


「そうですか、それは安心です」ルリスはお礼を言った。 離れがたい心境を必死で隠そうとしているのが分かった。


「最後にクリームを撫でてもいいですか?」
プレトが獣医に言うと、ルリスがこちらを見た。


「もちろんですよ。あなた方に懐いていますからね」獣医は快く承諾してくれた。


再び診察室に入ると、診察台に寝そべり、リラックスしているクリームが目に入った。


このカスタードルフィンは肝が据わっている。成長したら、群れを率いる勇敢なリーダーになるかも知れない。


「ケガ、早く治るといいね。元気で」


プレトがクリームの、なめらかな身体を撫でて声をかけると、「きゅう」と返事がきた。


続いてルリスが撫でる。
「遊んでくれてありがとう。一緒に空中散歩できて楽しかったよ」


「きゅるるー」


共に過ごした時間はたった一日だけだったが、心を通わせられる友人になったのだ。とても名残惜しい。だが、クリームは帰って傷を癒すべきだし、プレトとルリスは前に進まなければならない。

 

動物病院から出ると、まぶしい快晴に目を焼かれそうになった。


「すぐ隣に、もっと大きい街があるから、そっちに移動しちゃおうか」


「そうだね」ルリスはプレトの提案をあっさりと飲む。


ルリスがレグルスに乗り込む前に、プレトは友人の肩をぽんぽんしてみた。なぜだかそうしたくなったのだ。ルリスが微笑んだ。それから、速やかに出発する。


「歌のリクエストしてもいいかな」通信機に話しかけた。


「どうぞ」いつも通りの返事が来た。


プレトは、今の心境に合う曲を選んだ。


旅立ちに伴う別れを、前向きに切なく歌った曲だ。プレトは歌詞にあるように、世界中に2人だけみたいだなと思った。

 

(第12話につづく)

 

 

 

作者は 

こんなひと

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

サイトへどうぞ↓