族」の黒い思惑。


私はこれまで北朝の天皇が妙見信仰を持った「出雲族」であり、南朝の天皇がシリウス信仰を持った「大和族」である、というお話をしてきました。例えば、以下の記事などです。
 
坂本龍馬を暗殺した犯人は「三菱」関係者である可能性大。
 
で、今まで余り触れたことはありませんでしたが、北朝といえば「平安京」であり、南朝といえば「吉野」ですね。
 
南北朝時代 (日本) – Wikipedia
 
で、「平安京」といえば京都であり、「吉野」といえば奈良です。で、奈良はかつては「大和国」と呼ばれていましたので、南朝の天皇が「大和族」であるという私の理論はかなり信憑性が高いと言えます。
 
大和国 – Wikipedia
 
簡単にまとめると、こういうことが言えるわけですね。
 
■南朝 = 大和族 = 吉野 = 奈良 = シリウス信仰 = 南の星
 
■北朝 = 出雲族 = 平安京 = 京都 = 妙見(北極星)信仰 = 北の星

 
そこで、今日はもう一方の「平安京」について詳しく見てみたいと思います。今日の記事を読めば、「平安京」がどれだけ「出雲族」と深い関わりがあるのかがはっきりとお分かりいただけることと思います。
 
先ずはこちらの記事を御覧下さい。「平安京」に都を移した「桓武天皇」に関する記事です。
 
----------------(以下、こちらから転載)
 
え~平安京遷都の話は既に紹介しましたが、今回は番外編として「平安京遷都のもう一つの理由」をご紹介しようと思います。
 
平安京へ遷都したもう一つの理由…それは桓武天皇に対して恨みを持った「怨霊」から逃れるためだったと言われています。
 
事実、桓武天皇は怨霊に対しての怯え方は異常で平安京の周囲に「結界(霊的なバリア)」を何重にも張り巡らせています。
 
以下にそれらを紹介したいと思います。
 
桓武天皇(山部親王)が登場してからの話の中ではチョットだけ触れていますが、この時代は様々な怨念が渦巻く時代でもあります。
 
例えば光仁天皇を呪い殺そうとしたと濡れ衣を着せられて幽閉された上殺されてしまった「他戸親王(おさべしんのう)」と母親の「井上内親王(いがみないしんのう)」。藤原種継暗殺の黒幕にされ、無実を訴えながら餓死した「早良親王(さわらしんのう)」。
 
これらは藤原氏などの策略により無実でありながら不幸な死を遂げてしまった人達ですが、もしかしたらこれら全ての策略の黒幕は桓武天皇自身であったかも知れません。
 
そして彼らの死後、都やその周辺に怪奇な現象が多く発生したり、桓武天皇の周りの者達が次々に謎の死を遂げたりといったことが起こり、これらはみな他戸親王・井上内親王・早良親王の怨念が原因ではないかとの噂が広まります。
 
事実(?)、桓武天皇の息子で皇太子でもある安殿親王が病気になり、その原因を占わせたら早良親王の怨霊のせいだとの結果も出ています。
 
こうなれば身に覚えがありすぎる桓武天皇はかなりビビッたことでしょう。「次は自分の番とちゃうんか!?( ̄□ ̄;)」ってね。
 
そこで桓武天皇は怨念の渦巻く長岡京から一刻も早く脱出するため、中国に古来から伝わる占いの一種「風水」を用いて新都造営地を探させ、そして見つかったのが山背国葛野郡宇太村、つまり平安京だったと言うわけです。
 
この「風水」によると、「玄武(北)に 山があり、青龍(東)に河川があり、朱雀(南)に湖沼があり、白虎(西)に大道がある」場所が都を造るのに最適と言われていて、宇太村はその条件にぴったりだったんです。
 
ちなみにどうぴったりだったかと言いますと、
玄武(北の方角)…船岡山
青龍(東の方角)…鴨川
朱雀(南の方角)…巨椋池(おぐらいけ) ←現在は埋め立てられてありません。
白虎(西の方角)…山陽道
 
ね?ぴったりでしょ?(笑)
 
しかもこの4つの条件はいわゆる「結界(悪霊・怨霊から守る霊的なバリヤ)」の役目も果たしているそうで、これが理由になっているのかどうかは分かりませんが、平安京は以後1000年以上の間日本の首都となります。
 
しかし桓武天皇は「風水による結界」だけでは物足りず、平安京の周囲4カ所にあった「磐座(いわくら・古代の人々が神に祈りを捧げた巨石)」をわざわざ掘り起こし、「一切経」という悪鬼を退散させるお経をその下に埋め込み、平安京の周囲に新たに「結界」を張ったと言われています。
 
そして更に桓武天皇は「天照大神(あまてらすおおみかみ)」の弟「素戔嗚尊(すさのおのみこと)」を平安京の周囲に祀って「大将軍(たいしょうぐん)」と名付け、これまた霊的な結界を張ったと言われています。
 
北…「大将軍神社」(京都市上京区西賀茂角社町)
東…「大将軍神社」(京都市東山区東山長光町)
南…「大将軍社(藤森神社)」(京都市伏見区深草鳥居崎町)
西…「大将軍八神社」(京都市上京区一条通御前西入ル)
 
ね?すごい念入りに結界を張っているでしょ?3重の結界ですもんね。(笑)
 
----------------(転載ここまで)
 
この記事にはまだ続きがありますが、一旦、ここで区切ります。
 
見ての通り、「平安京」に遷都した桓武天皇は「天照大神」ではなく「スサノオ」を祀って、霊的な結界を張ったとのことです。
 
で、「出雲族」が「天照大神」ではなく「スサノオ」を拝んでいることは、これまで何度もお話してきましたね。例えば以下の記事などです。
 
「天照大神」と「スサノオ」の正体。またはルシファーの正体。彼らこそが悪魔の三位一体です。
 
空海も最澄も日蓮聖人も出口王仁三郎も深見東州も池田大作も同じ悪魔「サナト・クマーラ」を崇める妙見信仰者でした。
 
なので、桓武天皇が「出雲族」だったということは、ほぼ確実だと言っていいわけです。
 
では、さらに記事の続きを見てみます。
 
----------------(以下、こちらから転載)
 
しかも平安京の「鬼門(古来より鬼が出入りするという悪い方角で北東のこと)」の方角に
 
「狸谷不動院」(京都市左京区一乗谷狸谷 )
「上賀茂神社(賀茂別雷神社)」(京都市北区上賀茂本山)
「下賀茂神社(賀茂御祖神社)」(京都市左京区下鴨泉川町)
「上御霊神社」(京都市上京区上御霊前通烏丸東入上御霊堅町)
「比叡山延暦寺」(滋賀県大津市坂本本町)
 
などなど、神道も仏教もごちゃ混ぜにして霊的な守りを固めます。もう効き目があれば宗教なんて何でもいいやって感じですね。(笑)
 
また桓武天皇は早良親王の島流し先の淡路島へ使いを派遣し早良親王の怨霊を鎮めるために魂鎮めを行い、「祟道天皇(すどうてんのう)」の贈り名まで与えています。(800年)
 
もちろん祟道天皇というのは贈り名ですから早良親王は実際には即位していません。
 
このように桓武天皇は怨霊に対して異常とも言える防御態勢をとっています。つまり平安京は桓武天皇を怨霊の魔の手から守るために造られた都で、怨霊を封じ込める仕掛けが幾重にも施されたいわば全体が結界になっている都であると言えるでしょう。
 
しかし呪術や怨霊から浄化されているはずの平安京の中では政権争いなどで政敵を抹殺するための「呪術」が流行し、それによって殺された人の怨霊を鎮めるための寺社を新たに建立するという「いたちごっこ」がこの後の歴史では繰り返されています。(笑)
 
----------------(転載ここまで)
 
はい。ここで「狸谷不動尊」「上賀茂神社(賀茂別雷神社)」「下賀茂神社(賀茂御祖神社)」「上御霊神社」「比叡山延暦寺」が出てきました。桓武天皇はこれらの神社仏閣を造って、さらなる霊的なガードを固めたとのことです。
 
で、実のところ、これらの神社仏閣はすべて「出雲族」と深く関わりのあるものばかりです。
 
先ず最初に出てくる「狸谷不動院」ですが、この本尊は「不動明王」とのこと。
 
狸谷山不動院 – Wikipedia
 
「不動明王」とは「真言宗をはじめ、天台宗、禅宗、日蓮宗等の日本仏教の諸派および修験道で幅広く信仰されている」とウィキペディアには書かれてあります。
 
不動明王 – Wikipedia
 
ここで特に注目していただきたいのが、「日蓮宗」です。「日蓮宗」といえば「法華経」を唯一最高の経典としている宗派ですが、この「法華経」を信じる宗派は基本的にすべて「妙見信仰」と考えて間違いありません。
 
また、「真言宗」と「天台宗」はどちらも「密教」であり、「密教」もやはり「法華経」を重んじています。特に「天台宗」では、日蓮宗と同じく「法華経」を最高の経典と見なしています。
 
天台宗 – Wikipedia
 
問題は「禅宗」ですが、これは「曹洞宗」や「臨済宗」などの宗派に分かれていて、これらの宗派はどれも「妙見信仰」です。実際、「曹洞宗」にも「臨済宗」にも妙見菩薩を祀ったお寺があります。例えば以下など。
 
臨済宗方広寺派静岡県浜松市「正光寺」妙見菩薩霊場。
 
曹洞宗 妙見寺
 
つまり、「不動明王」が祀られた神社仏閣はすべて「妙見信仰」であると見て間違いないということです。
 
したがって、この「不動明王」が祀られた「狸谷不動院」もまた「妙見信仰」のお寺だというわけで、「出雲族」系のお寺であると言えるわけです。
 
さらに「上賀茂神社(賀茂別雷神社)」「下賀茂神社(賀茂御祖神社)」ですが、これらは文字通り「賀茂氏」の氏神をまつった神社です。
 
で、実はかの「徳川家」もこの「賀茂氏」の末裔でした。以下のウィキペディアの記事を見てみると、徳川家の本性は「賀茂氏」だとはっきりと書かれてあります。
 
徳川氏 – Wikipedia
 
「徳川家」といえば、「教皇派」のエリザベス女王と手を組んで「大和族」の勢力を押さえつけてきた「出雲族」の一大勢力でしたね。
 
地下鉄丸の内線とGHQと徳川家康とエリザベス女王とイエズス会の奇妙なつながり。東京の地下には教皇派の秘密施設も眠っている。
 
徳川家康が行った鎖国とキリスト教禁教令の本当の意味。果たして徳川家康は悪魔崇拝者だったのか。
 
織田信長と豊臣秀吉が日本を「大和族」の天下にし、徳川家康が「出雲族」の天下へとひっくり返しました。
 
ですから、「上賀茂神社」も「下賀茂神社」もまた、どちらも「出雲族」の神社であることは間違いないと言えるわけです。
 
さらに「上御霊神社」ですが、これもウィキペディアを見てみると、「現在の下御霊神社を下出雲寺御霊堂、当社は上出雲寺御霊堂と称した。」と書かれてありました。これは分かりやすいですね。完全に「出雲系」の神社です。
 
上御霊神社 – Wikipedia
 
で、最後の「比叡山延暦寺」ですが、これは「天台宗」のお寺であり、「天台宗」と言えば、先ほども言いましたように「法華経」を重んじる宗派です。で、「法華経」といえば「妙見信仰」で、「妙見信仰」といえば「出雲族」。
 
こうして見てみると、桓武天皇が建てた神社仏閣はすべて一つ残らず「出雲族」と深く関わりがあるということが分かります。もはやこれを単なる偶然と呼ぶことはできませんね。
 
しかも、かの徳川家康が居住した「江戸城」は「平安京」をモデルにして建設されたと言われています。
 
江戸を大都市にした天海は、何を仕掛けたのか | PHPオンライン 衆知|PHP研究所
 
先ほども言いましたように、徳川家は「出雲族」ですね。で、この「江戸城」を設計したのが「天海」で、彼もまた「天台宗」の僧でした。
 
天海 – Wikipedia
 
で、何度も言いますように、「天台宗」は「妙見信仰」です。
 
さらに、「平安京」は「風水」に基づいて厳密に設計されたと言われていますが、実は「江戸城」もそれに負けず劣らずかなり厳密に「風水」に基づいて設計されています。
 
で、この「風水」は「陰陽道」などにも取り入れられていて、この「陰陽道」もまた「妙見信仰」と深い関わりがあります。これについては前にも記事に書きましたね。
 
現首相・安倍晋三のルーツが陰陽師「安倍晴明」であり、「出雲族」である可能性について。
 
このように、「平安京」に関わること全てが何から何まで「妙見信仰」と深い関わりがあるのです。つまり、「平安京」とは「出雲族」によって作られた「出雲族」のための都だったというわけです。
 
しかし、こうして「平安京 = 妙見信仰 = 出雲族」という法則が分かってくると、一つ問題になってくるのは、なぜ次期天皇である「皇太子」がこの「平安京」に移住しようとしているのか、ということです。
 
「皇太子」が次期天皇として即位すると同時に、「平安京」に移住するであろうことはもうほぼ確実なことです。その証拠は以下のリンクを御覧ください。
 
次期天皇の即位とともに関西への遷都が始まります。彼らは天皇を中心とした「神の国」を樹立していくつもりでしょう。
 
もっとも、彼は「平安京」に移住するつもりではなく、実は「吉野」に移住するつもりなのかも知れませんが、例えそうだとしても、私がもう一つ気になっているのが皇太子妃・雅子様のことです。
 
雅子様の家族は「創価学会員」であり、彼女の父親は国際司法裁判所の判事として活躍していた際、「教皇派」にとって有利な判決を下しています。
 
皇太子妃の雅子様が疎んじられ、秋篠宮家の佳子様ブームが起きている最大の理由。
 
「創価学会」といえば「法華経」だけを唯一最高の経典とする「妙見信仰」の宗教です。つまり、雅子様は完全な「出雲族」だと言えるわけです。
 
で、繰り返すようですが、この「出雲族」はこれまで何度も「教皇派」と手を組んで、「大和族」の勢力を押さえつけてきました。
 
そして、雅子様の父親である小和田恒もまた、まさにそれを地で行くように「教皇派」に荷担して、国際司法裁判所の判事として「大和族=ロスチャイルド」にとって不利な判決を下してしまったわけです。
 
雅子様がこれまでずっとマスコミやネットで激しくバッシングされてきたのも、実はそのせいだったとも考えられるわけですね。
 
こうなってくると、もしや次期天皇である皇太子は「出雲族」なのではないか、という疑いが出てきます。
 
そもそも、「皇太子妃の雅子様が疎んじられ、秋篠宮家の佳子様ブームが起きている最大の理由。」の記事の中でも書きましたが、皇太子が今の天皇の血を引いているのかどうかも大いに疑問です。
 
しかも、今上天皇にしても、実はその奥様である皇后・美智子様はまぎれもない「出雲族」です。なぜなら、彼女の家族である「正家家」の工場には「白山神社(出雲族の神社)」が祀られているからです。詳しくは以下のリンクを御覧下さい。
 
安倍晋三の先祖はロスチャイルドの手先であり、麻生太郎の先祖はロスチャイルドそのものである可能性大。実は小沢一郎も……?
 
ということは、今上天皇も「出雲族」なのかと疑ってしまいますが、まあ、これについては今のところ即断するわけにはいきません。
 
しかし、さらに気になるのは、「大阪都構想」をこれまでずっと主張してきた橋下徹が、なぜか今、安倍晋三とかなり猛烈な勢いで仲良しになっていることです。
 
首相、橋下氏と会談 安保法案で協力要請か  :日本経済新聞
 
で、安倍晋三はもともと「出雲族」出身である可能性が非常に高い人物です。
 
なぜなら、彼は「清和会」に属して、アメリカに媚びを売るような姿勢を大々的に示してきましたし、アメリカに媚びを売るのは、いつの時代も「出雲族」と決まっていますからね。詳しくは以下のリンクを御覧下さい。
 
自民党推薦の憲法学者全員が国会で「安保法案」を違憲と表明した裏のカラクリ。
 
しかも、もし今回の「大阪都構想」が実現していれば、アメリカからカジノ利権などを誘致する予定になっていたわけですし、明らかにこの「大阪都構想」はアメリカの「教皇派」にとっても有利となり得るような政策でした。
 
つまり、「大阪都構想」を主張し、日本の首都を東京から関西へと移そうとしていたのは、実は「出雲族」であった可能性がとても高いわけです。
 
しかしながら、この「大阪都構想」は見事に頓挫してしまった。果たしてこれは「大和族」の攻撃によるものだったのか。それとも「教皇派」の攻撃によるものだったのか。
 
アメリカの「教皇派」の中に、カジノ利権で一儲けしようとしていた勢力がいたことは確かなことですが、やはり彼ら全員が「大阪都構想」に賛同していたわけではなかった可能性はなきにしもあらずですからね。
 
ということは、やたらと福島の放射能汚染を賑やかに騒ぎ立てて、「東京は危険」と主張している人たちは、実はみんな関西に遷都したがっている「出雲族」だということなのでしょうか。
 
で、福島の放射能汚染など大したことがないと言って、東京を首都のままにしたがっているのが「大和族」であるとか……。その可能性はなきにしもあらずです。
 
この辺のことはさらなる調査が必要ですね。
 


○こちらの記事もどうぞ 

 
 
 
 
 
 

 

”京都こそが裏のエルサレム。悪魔崇拝者どもは京都を中心とした世界政府の樹立を目論んでいます。”