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よく、哲学青年はサイコパス?という質問をいただきます。答えは、ノー。なぜなら、証明する出来事があります。証明する出来事は星の数ほど、ありますが、わかりやすい出来事として、哲学青年は私と、別れた後、救急車呼ぼうか?というほど、痩せました。もともとスマートな方でしたが、あれは、173センチにして、40キロ台でしたね、彼。異様なほど、痩せていた。まるで、嵐が丘の、ヒースクリフみたいです。
哲学青年は、むしろサイコパスの疑いより、統合失調症と、発達神経症の方が有力。非常に、涙もろいロマンチストで、私と、別れたあとも、連絡はきました。私も、好きで別れたわけではないので、電話はとりたかったけど、断腸の思いで、とりませんでした。彼がいきすぎた思いで、犯罪に走るといけないからです。その後、彼は犯罪を 重ねて亡くなった悲劇は、責任を感じます。
哲学青年は、純粋過ぎた。天使だった。天使でも、神に反逆する、ルシファーだった。私はその後、純粋過ぎる若者は、犯罪と、となりあわせかも、しれないとの、教訓になりました。それは、金閣寺や、黒蜥蜴の三島由紀夫も、言っています。金閣寺は読んでいないけど、哲学青年の悲劇は、そっちに近いのかな?サイコパスというより、むしろ逆。哲学青年は純粋過ぎたから、今でも、ときどき夢に出るのかもしれません。
これは、非難覚悟で、書きます。私は、学生か、働いている男性しか、付き合えないな、と、自分の業が、わかりました。
無理なんです。後は、働いていた、高齢の紳士も、好きです。努力する人が、好きなんです。
病気や、事故など、事情がある方もいます。もちろん、彼らは、悪くない…。
しかし、私がいけないのです。結局貧乏がいやというか、貧乏マインドが無理。今は貧乏でも、努力している人なら、大丈夫です。
私は、わがままです。今までのブログでも、わかるように、ほどほどの贅沢が好きです。贅沢すれば良いわけでは、ありませんが、節約とか、貧乏マインドが、大の苦手。
私の父は若い頃、貧乏学生で、頑張って学者になりました。一時期は母に食べさせてもらいました。我が家も、決して常に豊かでは、ありませんでした。
でも、うちには、向上心があって、それが、好きでした。工夫して、少しでも、豊かにしようとしました。
かつての恋人、哲学青年も、決してお金持ちでは、ありませんが、とても、努力家でした。仕事も、裏稼業とはいえ、必死でした。品性の高い美しい方でした。だから、彼が亡くなっても、好きです。
やはり努力したり、何か一生懸命の方は美しいです。また、逆は、申し訳けど、すごく生理的に無理です。ごめんなさい。










