2016年の夏、哲学青年が一時的とはいえ、
教会や周辺の若者を支配していたことについて変だなあと考察した。
哲学青年は親に虐待されて育った。
まあ、これには真偽が問われるが、一応彼の証言通りに受け止めよう。
そして、彼が支配した人々には特徴があって、
親に虐待、または父親不在の家庭だった。
彼に支配されて、家族のある者は私だけだった。
だから、私は最後、彼の野望を打ち破る存在になった。
これってよく独裁者にありがちなパターンだと思う。
独裁者の大半は辛い過去があってのし上がる。
ヒトラーだって、過去は栄光とは遠い。
ルイ16世は名君だが、なんていうかカリスマ性はない。
おそらく皆さんはルイ16世の回想録よりも、ヒトラーの独白のほうが、
読みたいと思います。
だから、たまに本屋に「我が闘争」いまだに売っているね。
これをダークトライアドの一種かな?
辛い過去のある人のほうが、恵まれた人よりもカリスマ性を帯びるのか?
先日、ある青年と話して、その青年は政治家になりたいそうだが、
恵まれた青年だったので良い意味でカリスマ性がない(笑)
いや、とても心温かい良い青年です。
むしろカリスマ性をのちに犯罪の闇に堕ちた哲学青年のほうが問題です。
今、世界は悪い政治家や独裁者に満ちている。
彼らは悪い意味でカリスマ性があるのは、
じつは辛い過去があるのではないでしょうか?