『名探偵なぎさの冒険』
第15話:消えた「ありがとう」の手紙
春の風が、教室のカーテンをふわりと揺らした。
窓際の席で、なぎさは手紙を折りたたんでいた。
「ありがとう週間」の最終日。クラスのみんなが、誰かに感謝の手紙を書くという行事だ。
「なぎさちゃん、誰に書いたの?」
隣の席のあおいが、にこにこと覗き込む。
「ひみつ。でも、ちゃんと渡すよ」
なぎさは笑って、封筒にそっと名前を書いた。
昼休み、教室の後ろにある「ありがとうポスト」には、色とりどりの封筒がぎっしり詰まっていた。
先生がそれを集めて、放課後に配ってくれることになっている。
ところが——。
「さくらちゃん、手紙、もらってないの?」
帰りの会が終わったあと、なぎさは気づいた。
クラスで一番優しくて、いつも誰かを助けているさくらが、ぽつんと座っていたのだ。
「うん……たぶん、私には誰も書いてないんだと思う」
さくらは笑っていた。でも、その目は少しだけ、曇っていた。
なぎさの胸の奥が、きゅっと痛んだ。
なぎさの調査開始
「そんなはずないよ」
なぎさは、放課後の教室に残って、ポストの中身をもう一度見せてもらった。
封筒の数は、配られた人数とぴったり合っている。
でも、さくらの名前が書かれた封筒は、やっぱりなかった。
「おかしいな……」
なぎさは、ふと思い出した。
数日前、さくらが何かを書いていた。窓際で、ひとり静かに。
「さくらちゃん、自分では誰かに書いた?」
「……うん。でも、渡せなかったの」
「どうして?」
さくらは、少し黙ってから、ぽつりとつぶやいた。
「その子に、ちょっとだけ、怒ってたの。だから、ありがとうって書いたけど、出せなかった」
心の中の手紙
なぎさは、そっとさくらの手を取った。
「ありがとうって、言いたいけど言えないときってあるよね」
「うん……。でも、言えないままって、なんだか苦しい」
「じゃあさ、今は出さなくてもいいから、その気持ち、ちゃんと持ってて。
いつか、渡したくなったら、そのときでいいよ」
さくらは、目を伏せて、うなずいた。
そして、ランドセルの奥から、くしゃくしゃになった封筒を取り出した。
「これ、なぎさちゃんに……ありがとう」
「えっ……わたしに?」
「なぎさちゃんが、いつも気づいてくれるから」
さくらの声は、小さくて、でもまっすぐだった。
エピローグ:ありがとうの詩
翌日、なぎさは黒板の前に立った。
「ありがとうって、言えないときもある。でも、心の中にある“ありがとう”は、ちゃんと生きてると思う」
そう言って、なぎさは一編の詩を読んだ。
ありがとうは ときどき かくれんぼ
ことばになれずに 胸の奥
でも だいじに だいじに しまってたら
いつか そっと 顔を出す
教室は、しんと静まり返っていた。そして、誰からともなく、小さな拍手が起きた。