『ただ生かされている』この命だから




『ただ『生かされている』だけ』私たちは『ただ生かされているだけ』この命は『ただ、いただいただけ』だということに気づいたのはつい最近。それが、人間に生まれちゃうとなぜか『何かのために生きて…リンクameblo.jp




……だから何をするのか





何かをするために生きているのでなく

『何のために』生きているのか



『『何かのために生きている』と『何のために生きているか』は違う』『何かのために生きている』は、『何のために生きてるか』と全然違う、あっち向きかこっち向きかというくらい違う生きる『価値』が外の世界にあるとみんな思っているから…リンクameblo.jp


もう一度言います。




『ただ生かされている』命なのに



“何かのために生きる“、をすると

それはエゴであり



外に外に向かい

自分から離れていき



本当にこの世に

魂と共に授かった

今の命を

生ききれなくなります。




『ただ生かされている』命だから


だから


『何のために』生きるのか

『何をして』生きるのか




『何のために』生きるかを

もし、今、問われたら

答えが出ますか?




『何をして』生きるかを

もし、今、問われたら

何と答えられますか?




私が、そう問われ

師から問われ続け



ずっと出なかった答えが



9/11もまた、

『何のために生きていますか』と問われて

その時、ウチから湧いてきて

『喜ぶため』『たのしむため』『遊ぶため』

と、

やっと答えることが

できました。





そして、続けて

師より

『何をして』生きるのですか



と問われて



また、答えられず

しばらく

自分に向き合っていましたが



やはり『何をして生きる』は

自らは、全く出てこなくて、、、




その答えを、保留にしようとしたところ




こんなことは

これまで、あまりない事ですが



答えに近いものを

師より与えられました

向こうから答えがやってきました。




『出しなさい』『書きなさい』と。




『出す』をしようと

7/19早朝から始めた

このブログです。



『新しい扉が開く』自分を生きているあなたへ自分で自分をを一番に愛しているあなたへあなたの目の前に今新しい扉が開かれているその扉はもうそこにあって開いているあとは、ただ、くぐり抜…リンクameblo.jp




その日、『出す』を始めた途端

早速、現象化は起き

その日、それまで

硬い硬い拳の中に

握りしめていたものが



さっとその拳をゆるめられ

握りしめていたものを

手放す体験が

やってきました。



落雷が

落ちたかのように。




7/19から始まった

私の『出す』『書く』体験が



『何をして生きるか』に

なっていくとは

その日は思わず



『ただ出す』を始めた

この日。




『出す』ほど『出てきて』

『書く』ほど『書く』が起こる

起こってくる




『出して』『出して』

どんどん『出して』と



言われるまま

言われたまま



『出す』と『書く』をしてみます。




『何をして』生きるかの

今の答えとして与えられたものは

『出す』と『書く』



自らの『体験』と『気づき』の

備忘録が

おそらくいつか

光となるのでしょう




アーヘン・レイ

2021.9.14

白山のふもとにて

写真は今年3.11の夕焼け