みんな、誰しもある程度「ここではないどこかに行きたい」みたいな、「何者でもいたくない」みたいな欲求ってあると思うんだけど、それが遂にゲージの頂点に辿り着いた。それどころかここが上限だって蓋してんのにその蓋を吹き飛ばす勢いでせり上がってきたから、ちょっくら失踪(仮)してきた。ちょうどよくスマホの液晶が死んで操作出来なくなってたし、今しかないと思った。

積んでた本を二冊と、お財布と、イヤホンと、iPadと、お気に入りの小さいぬいぐるみをいくつか。可愛いピアスと、羽のついた約束の指輪と、お揃いの誓いを立てたような指輪と、遺してくれた大事な曲たち。
ナロンエースを何錠かと、安定剤をひとつ、あまいミルクティーで流し込んで、お守り代わりに眠剤をポケットに入れて。
母親には学校に行くと伝えて、駅まで風を切って自転車を走らせて、ホームに着いて最初に来た電車に乗り込んだ。
SIMカードを入れ替えた古いiPhoneを握り締めて、母親のモバイル契約のなされてるiPadも鞄に入れて、LINEもTwitterもインスタも、実は全部見えていたけど、電源を落として機内モードにして、見なかったことにした。見えないままでいたかった。

普段使ってる駅だから勿論大体どこに向かってるのかなんて分かっていたけど、到達地点も目的もないまま電車に揺られて瞼を閉じているのは心地よかった。斜め前で瞳を閉じてるスーツのおじさんも、スキニーを履いた脚の綺麗なお姉さんも、わたしのこともわたしの行く宛ても知らないと思うと急になんだか肩の荷がおりて、気が付いたら読み掛けの本を開いたまま眠ってたし、目が覚めたら来たことのない駅まで来てた。ちょっと、いやかなりわくわくしていたと思う。気持ちは変に波立っていなくて、落ち着いていたけど、「失踪ごっこ」をわたしは確かに楽しんでいた。

気が向いたら電車を下りて、青いからこの電車に乗ろうとか、人が多いからやめようとか、海が近そうだから下りて歩いてみようとか、本当に適当に、思うままに過ごして約5時間、知らぬ間にさっきと違う座席に座っていて、さっきとは言うけど恐らく30分くらい経っていて、眠っていたにしては何故かさっきと違う電車に乗っていて、よく見たら反対の電車だった。
記憶が飛んでた。多分。そうなるほど薬を飲んだわけでもなけど、いつの間にか違う電車に乗っていて、いつの間にか呟いていて、違う音楽を聞いていて、普通に怖かった。まあでもそんなこともあるよな。生きてればそういうことだってある。幻聴したり離人感あったり薬で記憶飛ばしたりだってある。あるんだよ。知らんけど。
何はともかく帰る電車だった。そう、知らない内にしっかり帰ろうとしていた。機内モードを解いた古いiPhoneを握り締めてて、最初に目に入ったのは絞り出された「どこにいるの」で、ああ帰らないとって、そう思った。


なにか明確に原因があったのかと聞かれれば、最後の蓋を吹き飛ばしたきっかけはあったかなあ、くらいで、それだってきっと他人から見たら他愛ない些末なことで、それでもわたしには大きなことだったし、“わたし”に失望するには充分だったんだ。それだけじゃなくて、きっと色んなことがいくつもいくつも折り重なって、いたのかなとも思う。分かんないけど。
何もかも投げ出して投げ捨ててひとりになって、そしたらわたしには“なに”が残るのか、わたしにとって大事なものとか捨て切れないものとかってなんなのかなって思ってたけど、結局よく分からなかったし、はっきりしたのはわたしは居なくなれないってことくらいだった。そんなこと前から分かってんだよなあ。
わたしは帰って来ないといけないし居なくなれないし死なない。自明だな。

どこかに行きたかったけどどこにも行けなかったし、何者にもなりたくなかったけどわたしはわたしだったし、何者かになりなたかったけど何者にもなれなかった。

情けなくて悔しくてくるしくて、宛もなくどこに向かうかも分からない電車にゆられて瞼を閉じてる間だけは、わたしじゃなくなれるきがしてた。わたしでいなくていいって許されているきがしてた。わたしを知っている誰かに会いたくなかった。
誰にも会いたくなかったし、誰かに会いたかったし、どこにも行きたくなかったし、どこかに行きたかった。

なにがあったってわたしはわたしだし、居なくなれないけど、ちょっと気は晴れた気がするのでよしとしよう。ただいまって言える相手がいること、おかえりって静かに迎えてくれるひとがいること、うれしいことだなと思った。

やらなきゃいけないことも頑張らないといけないこともあるタイミングでふらふらしたもんだからあまりに無責任だったし、失踪ごっこしてたことを知らない相手にちょっと怒られたから、よいこのみんなは身辺整理してからやろうね。次の失踪ごっこは人に怒られないようにやろうと思います。