人間関係に恐怖を覚え始めた。
少し人間が怖い。
というのも今、私の周りにいる
それなりに仲の良い人間との間に
生まれた恐怖である。
今まで仲の良い友達に対しても
自己主張がなかなか出来ずにいた。
最近、やっと少しずつ自分のことを
話せるようなってきたけど
少しずつ出来るようになった先に
生まれる感情は
”もっと自分を出したい” だった。
最近、友達に対して
きつく物を言ってしまった。
自分の意見を認めて欲しいが為に
思いやりを持って話せなかったのだ。
いつもだったら、相手がどう受け取るか
この言い回しできつく聞こえそうだなと思ったら
”こういう風な言い換えをしてみよう”などと
他の人に自分の意見を述べる際には
物凄く慎重に言葉を選ぶ人だったし
ましてや、相手の意見に気が向かなくても
自分の意見だけをただつらつらと述べて
責めるようなことはせずに
何より、その人の意見を分かろうという風に
誰よりも努めていたと思う。
それだから、周りからは
「私は何でも受け止めてくれる人。」
と思われていたような気もする。
でもそんなのももう、荷が重かった。
”自己主張をしよう” と思えば思うほど
今までの”自分を認めて欲しい”
という感情が前に前に出過ぎてしまって
上手くコントロール出来ないし
今はとにかくその時思ったことを
遠慮などしたりせずに
「なんで?」「私はこう思う。」
などと口にした。
疑問に思ったことをそのままにすることも
分かったようなフリをすることも無い。
でもこういう手段を選ぶことに対して
自己主張して来なさすぎて
感覚が鈍ってきたのか
「冷たいな、自分。」
と自分の行動に対する
戸惑う気持ちをどうしても拭いきれずにいた。
今までは自分を主張せずに
相手の目を伺って、それこそ
”嫌われないように”ただそれだけで生きてきた。
私の優しさは
全てというのは言い過ぎなのかもしれない。
けど、偽りであることの方が多いと思っている。
なぜなら、結局は”嫌われないように”
と自分を守るためだけに
やっているだけの事だから。
それだから昔から
そういう風なニュアンスにもとれる
「優しいね」 の言葉は嬉しくもなんともなかった。
ただただ、自分が惨めに思えたような気もする。
そして、そうやって生きてきた時に抱いていた
”嫌われるかもしれない”という感情よりも
今、自己主張を始めて抱き始めた
”嫌われるかもしれない”という感情の方が
よっぽど怖いことだということにも気付いた。
今までの私は逃げてきただけなんだな
本当は”嫌われるかもしれない”という言葉を
建前にして自分を見せない理由をどうにかして
取り繕ってただけなんだなと思った。
そんな自分に気付いてからは
嫌気が差し始めてたし
なによりも居心地が悪いと
感じてる自分に気付けたから
良い気付きだったんだと思う。
多分、今の私を理解出来なくて
離れてく人の方が多いと思う。
本当の私なんて誰も知らなくて
新しく関係を築くことしか
無理なんだろうとも思えた。
前の私みたいに
自分を出すことから逃げて
人から嫌われることにも脅えて
そんな自分でいたいか?と聞かれたら
「絶対嫌だ。」
今、凄く怖い。
こんな感情始めてという程に。
でも今までに戻って
もっともっと
自分が見えなくなってしまうことの方が
よっぽど怖いことだなと思った。
私は私のままでいられることだけを
考えるべきなんだろうけど
とにかく怖いという気持ちが凄くて
当分この恐怖心と
付き合っていくことになるだろう。