もう一緒にいないほうが、
心の安心と、平穏が保たれるのかもしれない
ここ1ヶ月くらい一緒にいて、安心感とか、安らぎとか
感じていないなぁ。
酒ばかり飲んでる姿に
幻滅して、それが変わらない現実で
悲しくて虚しくて
感謝する気持ちとか、愛おしくなる気持ちとか
どこかに置いてきてしまったのかもしれない。
もう色々な大切にしてた気持ちは
取り戻せないのかな。
もう一緒にいないほうが、
心の安心と、平穏が保たれるのかもしれない
ここ1ヶ月くらい一緒にいて、安心感とか、安らぎとか
感じていないなぁ。
酒ばかり飲んでる姿に
幻滅して、それが変わらない現実で
悲しくて虚しくて
感謝する気持ちとか、愛おしくなる気持ちとか
どこかに置いてきてしまったのかもしれない。
もう色々な大切にしてた気持ちは
取り戻せないのかな。
自分と向き合わないひとは、前進しないことがわかった
過去の自分 (そのときのイマ)の積み重ねで
現在のイマが作られているから、
過去の副産物が、イマの問題になっているのだが。
何時まで経っても、その事実と向き合わないひとは
表面だけ進んだように見えて、
実際のところ、何も変わらないし、何も成長しないし
ほんとーに何にも変化していないのだ。
そんな奴に、いつまで付き合っていられるのか。
いくら、パスを出しても、
いくら手を差し伸べた所で
こっちがあほらしくなるくらい
何にも伝わらないし、変わらないし。
何も進まない。
お前は一体イマじゃなく、どこにいるんだ。
いつまで、自分のイマから逃げ続け、目をそらし続け
同じことを繰り返すのだ。
限りある人生のなかで、
いま変わろう!と自分が決意して覚悟を決めない限り
何も変わらない。
わたしは北陸の生まれだからか、結婚をして、世帯をもって
家を築いて一人前みたいな価値観が、どこかにある。
現に、地元の友達はみんな結婚して間もなくして立派な家を建てる。
もちろんローンを組んで。若いうちに家を構えて
一家を養っていくという覚悟をもって
なんだかんだ言いながらも、節約や投資や、いろいろ工夫をして
若いうちからローンの返済をしながら、
子供が生まれたり、大きくなって進学したり、
高校へ行ったりと。
それでも、前をみて一生懸命生きているのだ。
それに比べ、(比べることではないのだとわかっているけど。)
45歳にもなって、ローンが長いのが嫌だから、
お金を出してもらえるように、話合いをしている。
もちろん、結果的に援助してもらえるならば、
私たちは助かるけれど。
だけど、いま、その自分の人生に向かう覚悟というか
言葉にするのが難しいが、その態度・姿勢に腹がたつのだ。
現状、生活もぎりぎりで、好きなことも我慢して
何とかやっている。という状態で、親に頼るのはいいと思う。
でも、自分は好きな酒にはお金を惜しまず出すことができ
好きなバイクには、お金をかけることが出来て。
なんで私たちの住む家には、ローンを組む覚悟もできず、
親にお金を出してもらおうとするのだ。
そんな姿が、情けない。
わたしの怒りの第二の感情は、悲しみだ。
自分たちの家を一緒に作る。一緒に協力をして築いていこうという気持ちが
感じられないのが、悲しい。
これを書いていて分かった。
それっぽっちなのか。
そんなに楽をしたいのか。
その甲斐性のなさに、わたしは落胆しているのだ。
それは、私に理想の像があるからなのか。
地元の友達と比べているのか。
親にお金をだしてもらう ということにマイナスの感情があるのだろう。
=悪いこと。情けないこと。甲斐性がないひと。スネをかじる自分に甘いひとはダメな人。という
思い込み(捉え方)がものすごくある。
だから、拒否反応しか出てこない
まずは、この捉え方をプラスの捉え方に変えていこう。
すべて起こることは最善。