そうか。わたしは、やっぱり子どもなんだなぁ。
サイレントマジョリティをいい歌だと思うのも、
大人の都合でない子ども環境を望むのも、
わたしが子どもだからか。
わたしは、大人の格好をした子どもだ。
子どもが子どもを面倒見るなんてことは、しなくていい。わたしにできる保育は、同じ目線で一緒に育ちあうこと。一緒に考えあうこと。
それしかない!
だから、子どものために遊びを考えるのが苦手なのかもなあ。だって、わたしも子どもの一員だから。わたしもあの集団の一員だから。
教師の意図
↑これキライや。(笑)
育ちあう環境にいれば、教師の意図なんかなくても、ちゃんと育つ!
てか、大人の思惑通り子ども集団を回した、みたいな言い方、ほんと好きじゃない。
子供の遊びが深まるのはいいけど、
大人がやらせたい遊びにいかに飛びつかせるかばかりを考えるのは、いやなんだなぁ。