あんパン2世の「感謝と謙虚に缺くるなかりしか」 -31ページ目

あんパン2世の「感謝と謙虚に缺くるなかりしか」

海軍五省を自分なりにもじりました。
まあ、毎日がんばろうってことです。

いろんなことから置いてけぼりなのは、
自ら選んだことで。



ただ、人生に、
命をかけたいと思いました。






アルゴのベン・アフレックがカッコ良すぎ。

アルマゲドンと全然違う。
形のあるモノでさえ、少なくとも六面からみることができるんだから、

形のないものなんて無数の見方があるはずではないのだろうか。


ある一面をもって判断するのは、
被判断物にとっても、
判断者にとっても、
それを見聞きする第三者にとっても、
よくないことしかないよなぁ。
このブログでは勉強のことは書きません。
話したいことが勉強ならべつだけど。  

久しぶりにラッシュの電車に乗ったり、街ゆくサラリーマンに混ざってみると…



誰にも言ったことのない目標があります。
いや、だれかにいったことかるかもしれないけど、忘れたし、自分でさえ本気にしてなかったから。


まあ、それに向けてがんばってみようかなって少し思いました。 

自分にできることを。  
 
 

今日も読んでくださってありがとうございます。

もしも模試なので更新がとびとびになりました(3月18日記載)。



Android携帯からの投稿
3月11日です。


あの日、自分は東京にいました。

学校の自習室で地震にあいました。


あれから二年。
地震のことは毎日何かしら思い、
忘れません。



あの日、自分には何も被害がなく、家族や知り合いにもなにもないだろうと思っていた自分は、
いまだ、東北の被害を知ることもなく、
どこか、いつもと違う雰囲気の街の中、
高揚していました。




それからしばらくたって、

ある人が言いました。

「あれは自分だったかもしれない。」

そう、誰か他人の話ではなく、自分の話だったかもしれない。

ただ、自分がそこにいなかっただけで。

じぶんもそう思ったとき、
あのとき高揚してた自分がひどく
「へん」に思えて、恥じました。


今はただ、あれは自分だったかもしれない。その思いだけです。

直接的な怖さは体験してないのでわかりませんが、
なにか、言葉にすることの難しい怖さを感じています。


たぶん、じぶんは生きてるから、死ぬまで持ち続けるんだろうとおもってます。



今日も読んでくださってありがとうございます。

いま、自分にできることはなにか、
それをかんがえています。