一流と二流の違い


現状に満足しない

集中力

諦めない継続力





一流と超一流の違い


人間性

思考




誰だって一流になりたい

人間はやはり向上心や自尊心

というものを多少はもっているもの



しかし、一流とか二流というのは

他人と比較する時に、

他人が勝手につけるもの




自分は一流になりたいと

日々考えて生きている人は

実際はあまりいないだろう



でも二流とか三流、五流と

呼ばれたい、思われたい

そんな人もいないと思う



やはり漠然としすぎているから

意識もできない



一方で、チャンピオンや

王者になりたい

僕は一番になりたい

社長になって業界ナンバー1になりたい

などと考える人は多いかもしれない




これは他人を負かすという事でもある

でも仮に1番になったとすると

その先の目標や目的は

どうなるだろう?



ここで一流と二流の差、

超一流と一流の差が出ると思っている


王者やチャンピオンや

一度や二度の優勝や

地域や会社のナンバー1で止まるのか

伝説の王者、不動のキングになるのか




社長だから一流という事はない

チャンピオンだから一流という事もない

会社で№1だから一流という事はない




大きな流れがある

思考の流れ

歩んできた源流

学んできた流れ




子供や弟子や部下がいるならば

子供ならば0歳~10歳、

部下や弟子ならば小さな流れでいいから

せめて2~3年ごとに、

良い流れに乗せる事が

親や師匠や上司の仕事だと思う





自分の思考や行動は

いずれは全て返ってくる




社長や王者や金持ちになるよりも

一流の人間になって欲しい

というのが親や師匠の本音だろうが

(そうあってほしいものだが、、、)




じゃあどうやって育てたの?

どんなビジョンを持って育てたの?

あなたは何を見せてきたの?




持論だが、

人間というのは

3~5代でひとつの大きな括りになると

思っている



つまり150年~300年程度で、

ひとつの「運や、教えや、作品の流れ」

これが完成する、あるいは区切りが付く



自分の代の人生で運は無くても

あるいは日の目は見なくても

師匠や先生や祖父や父が

世間的には成功できなくても



その次、またその次の代まで

またその次の代まで

その運や徳や流れは継承される



だから運や流れの総量は同じである

自分の人生や一族の事だけで考えるな

そんなちっぽけな考えは捨てよう



もっといえば、

人類全体の運の総量は同じだ

運が無いと嘆くより、

ここまでの流れを作ってきた

先人たちに敬意を表し、

自分もまた流れを作るのだ

自分たちも掘ろう、流そう、作ろう



そして願わくば、その流れは

一流という流れでありたいものだ