タイトル 「今のあなたを肯定する」の間違い
まず、あなたはあなたじゃない事をご存じだろうか。
こう言われた時、多くの人がこう思うはずだ。
自分が自分じゃない? 何言ってるんだこいつ。と。
では聞こう。あなたの名前はあなたの物だろうか。
これも多くの人が当たり前だろう。と言い、続けて、頭が残念な人か? お前。
と言う感じの事を思う人もいるはずだ。
なので、私は続けてこう聞こう。
あなたの名前はあなたが付けましたか?
勿論、一部の人はそうだと言うだろうが、多くの人が親に着けてもらったと言うはずだ。
生まれた瞬間に言葉をしゃべれる人などいないし、物心がつくまで名前がないと大変な思いをする。だから、名前は親や、その近しい立場の人が付けるのが一般的だ。
そこで、次の問いになる。
あなたの体はあなたの物か。
あなたはどう思うだろうか。自分の体なんだから自分の物だろう。
こう答える人もいるだろう。
そこでそういう答えを出す人に聞きたいのは、あなたの体はあなたが選びましたか? と言う問いだ。
あなたの体は健康だろうか。病気をしない? 花粉症は大丈夫? その身長で満足してる? 顔は? 筋肉は? 骨密度は? 体重は?
あなたは選んでその体なだのだろうか。いいや、選んでいないのだ。
あなたの体は親からの贈り物だ。自分の体に満足してる人もいるだろう。不満がある人もいるだろう。好きや嫌いがあるのは当たり前だ。なぜなら、あなたはあなたの体を選んでいない。親や、もしかしたら神様からのプレゼントだからだ。
脳だってそうだ。あなたの好き嫌い、良い悪い、善悪、そういった価値観、考え方、全てが借り物の体、借り物の脳みそで判断している。あなたの名前、体、立場、環境、全て借り物だと言う事になる。そして、心さえも借り物、贈り物、授かりものかもしれないわけだ。
これが「無我」と言う考えの一部になる。(注 仏教用語の無我はもっと広い意味があります。ここでは自我の反対の言葉として使わせてもらいます)
あなたは「あなた」すら無い。こう聞くと絶望を抱く人もいるだろ。希望を抱く人もいるだろ。
あなたの成功も失敗も、経験も未経験も、生き死にも、あなたの物ではない。「あなた」の物なのだ。
だから、あなたは「あなた」を愛するのではなく、あなたを愛する事が大事になる。
名前、体、立場、環境、もしかしたら心、そういった外側の「あなた」は大事な友人であり、家族であり、自分であり、他人だ。それを慈しむのは構わない。それも大切だ。
でも、真に重要なのは「あなた」ではなくあなただ。
あなたを愛する事で真の勇気が出て、真の自信が湧き、真の愛情に目覚める。
「あなた」に自信を持つのは構わない。だがその借り物、所詮は着ぐるみの「あなた」がボロボロに、ヨレヨレになってきた時、あなたは自信を持ち続ける事が出来るだろうか。
つまりあなたが「あなた」ではなくあなたに気づいてあなたを愛せるかが大事なわけだ。
勿論、「あなた」も大事だ。「あなた」がお腹が痛いと言えば病院に行き、疲れたと言えば休む。過度な要求以外なら聞いてあげる。大事な友人ぐらいに思っておけばいいし、親や神様からの贈り物なのだから大切に扱うのは一般的だ。ただ、高いブランド物のバックが欲しいとか、必要以上にお酒を飲みたいとか、そういう事には付き合う必要はない。
あなたが大事にするのは「あなた」じゃない。あなただ。
あなたを愛する。それを忘れないでほしい。
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ここで終わり。下の文章は上の文章を書く前に書いた文章。多分間違ってるけど、供養の意味で置かせてほしい。
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タイトル あなたは凄い。
他人と比べない。これは正しい。
過去の自分と比べろ。これは間違い。
過去の自分は最早他人だ。
他の人が凄い事はある。昨日の自分が凄い事はある。
だから、比べてはいけない。
今のあなたが凄い事に気づける事が大事になる。
例えば、宇宙が生まれ地球が生まれ生き物が生まれ虫が生まれ恐竜が生まれ哺乳類が生まれ猿が生まれ人類が生まれ言葉が生まれ文字が生まれ文明が生まれ村が生まれ国が生まれ歴史が生まれあなたが生まれた。
あなたが生まれる確率を考えてみよう。何分の1の確率だろう。兆、京 、垓、杼、まだ足らない。
那由他、不可思議、無量大数、全然足らない。
つまり、あなたは既に凄い。生きてるだけで奇跡の存在。
あなたが凄い所を言っていく。一つでも当てはまればあなたは凄い。
あなたの普通な所が凄い。あなたの普通じゃない所が凄い。あなたの幸せな所が凄い。あなたの不幸な所が凄い。あなたの健康な所が凄い。あなたの病気な所が凄い。あなたの真実を言う所が凄い。あなたの建前を言う所が凄い。あなたの夢がある所が凄い。あなたの夢がない所が凄い。あなたの挑戦する所が凄い。あなたの挑戦しない所が凄い。あなたの空気が読める所が凄い。あなたの空気が読めない所が凄い。あなたのイエスと言える所が凄い。あなたのノーと言える所が凄い。あなたの働いている所が凄い。あなたの働いていない所が凄い。あなたの貯金がある所が凄い。あなたの借金がある所が凄い。あなたの人の話を聞く所が凄い。あなたの人の話を聞かない所が凄い。あなたの自信がある所が凄い。あなたの自信がない所が凄い。あなたのお酒が飲める所が凄い。あなたのお酒が飲めない所が凄い。あなたのオナラが臭い所が凄い。あなたのオナラが臭くない所が凄い。あなたの勇気がある所が凄い。あなたの勇気がない所が凄い。あなたの成功する所が凄い。あなたの失敗する所が凄い。あなたの我慢しない所が凄い。あなたの我慢する所が凄い。あなたの刺激的な人生が凄い。あなたの退屈な人生が凄い。あなたの責任感がある所が凄い。あなたの責任感がない所が凄い。あなたのガチャに課金する所が凄い。あなたのガチャに課金しない所が凄い。あなたの悩みがある所が凄い。あなたの悩みがない所が凄い。あなたの継続できる所が凄い。あなたの継続できない所が凄い。あなたの決断できる所が凄い。あなたの決断できない所が凄い。あなたの良い所が凄い。あなたの悪い所が凄い。あなたのここまで読める所が凄い。あなたのここまで読めない所は作者が悪い。あなたの凄い所が凄い。あなたの凄くない所が凄い。あなたの存在が凄い。あなたのすべてが凄い。
と、これがあなたが凄い根拠だ。
え? 凄くない事が書いてあったって? それはあなたが凄い事に気づいてないだけ、あなたがいなかったら、良いも悪いも全部ない。あなたは偉い、あなたは凄い、あなたは奇跡。今の自分に自信を持って生きていこう。
あなたはあなたになればいい。
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読んでくれてありがとうございます。これは「自我」の賛美で「無我」ではなく、あなたの行動や考えを肯定した文章です。
上の文章で言うと内面の更なる内面にある魂よりも更に純粋な『あなた』と下の文章の肉体や外面的で俗物にある『「あなた」』。
どちらを大事にする。愛するべきと言う話では無くて、バランスが大事なのかなと思います。なぜそう思うかと言うと、いきなり無我を愛するのは難しいと感じます。自我を愛す経験を経てから無我を愛するのが順序としては良いのかなと思います。
凄く長い話を読んでくれてありがとうございます。あなたの助けになっていたら嬉しいです。
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