...アメリカは何度でも同じ失敗を繰り返す、朝鮮戦争...ベトナム戦争...イラク戦争...アフガニスタン戦争...結論を言う、アメリカはイランに負けた。
だが、それは軍事的な敗北ではない。世界最強の軍隊が、同じ過ちを構造的に反復している、歴史の冷笑に過ぎない、何十年も非対称戦論を軽視したその最果てだ。
「アメリカは最強」と信じ切っている献身的な極東アメリカ帝国臣民は、AIでもなんでも使って検証してくれ。
なぜなら、2026年のイラン戦争でアメリカはすでに「負け」ているからだ。
そして、それは「偶発的な失敗」ではない。
数十年間も「あまりにもバカげた過ち」を、2026年のアメリカ軍が完璧に繰り返しているだけなのだ。
信じられないなら、読み進めてくれ、君の「アメリカ神話」は、ここで崩壊する。
さて、前回投稿した私のレポートを見ていようがいなかろうが、どちらでも良い。前回同様、比較的分かりやすく書いていく。
まずは一つ目だ、──(地形的不対称戦と、重装甲火力戦の崩壊)
非対称戦と地形はどちらが欠けていても成り立たない、これから語る朝鮮戦争で言うなら──(重装甲戦力を無効化する山岳)──、まずこれについて解説と、これ以降アメリカ・イラン戦争と重ね合わせた分析をしていく。
アメリカ主導の国際連合軍が当時(朝鮮民主主義人民共和国・大韓民国)の二国間で1950年6月25日から内戦していて、朝鮮戦争に本格介入し、本格的な国際戦争に発展したのは1950年7月7日。
国際連合軍の総司令官はアメリカのカエサルこと、ダグラス・マッカーサーだ。
この国際軍に参加したのは大小関わらず22の国々、主導権はアメリカが完全に握っていた。
──戦争前の前史ではなく、6月25日の戦争開始から解説していく。
内戦開始時、朝鮮人民軍は韓国に比べ、圧倒的な戦力を保有していた。
総兵力18万人(ソビエト製T-34戦車・装甲車・自走砲で合わせて約450両、国共内戦帰りの精鋭共産党義勇軍約3.7万人、500〜600門の火砲、空軍約180〜200機)
対する韓国軍は、兵力約9.8万人(戦車・装甲車27両(内戦車はゼロ)、対戦車装備はT-34の装甲を貫徹できず、圧倒的な弾薬不足、火砲91門、空軍ゼロ)
例えるなら、1945年の無敵のソビエト軍と1933年の軍拡前のドイツ軍が戦うような、あまりにも一方的な蹂躙(じゅうりん)だった。
...6月25日、人民軍は圧倒的な火力と機動力...ソビエト式(縦深戦論)を主体に38度線から進軍、T-34の先鋒装甲と火砲の火力に成すすべもなく、撤退を繰り返すうちに、わずか3日後の6月28日には、韓国の首都ソウルは制圧された。
首都の陥落後、金日成はラジオでこう告げた...「8月末までに人民軍は米軍をすべて南から追い出し、統一の神聖な使命を完了する」と宣言した。
そう言える程の圧倒的な戦力が存在しており、金日成は確信したんだろう。
そこからはまさにバグラチオン作戦の再来だった、T-34と火砲は韓国軍の防衛陣を破壊しつくし、ひたすらに韓国に大規模南下攻勢を実行、7月末の撤退の果てに、韓国南東部の釜山円陣で最終防衛をしていた。
...さて、ここで質問だ、アメリカ軍の火力戦は運用を前提としているのか?
答えは無論欧州戦争向けだ、いいか?あくまで欧州向けだ、重装甲・高火力は(平坦な欧州)での運用が前提であって、朝鮮の山岳・アフガンの渓谷・ベトナムのジャングルの地形で使おうなんて、スナイパー相手にサブマシンガンで長距離戦を挑むくらいバカげている。
つまり粗大ゴミ同然に過ぎない、だが、アメリカは何十年も繰り返してるが。
【──仁川上陸作戦の「奇跡」と「傲慢」】
さて、朝鮮戦争に話を戻そう、追い詰められた韓国は、国際軍に対して、本格介入を求めた、最高司令官であるマッカーサーは北朝鮮領に大規模な上陸作戦...【operation・クロマイト】を1950年9月15日に実行し、上陸には向かない仁川をマッカーサーは敢えて選んだ。
仁川は戦略的に見るなら、狭い水路・潮の満ち引きが激しい...つまりガリポリの様に、補給不足で戦線停滞もあり得る、この決定には無論反発も起きた。
だがマッカーサーはこう考えた、(人民軍の主力は前線にあり、守備隊は上陸しやすい地点に配置しているはずだ。
だからこそ、上陸しにくい仁川は手薄に違いない)と。
まさに、カエサルが「ルビコン川を渡る」のような、常識を覆す大博打だった。
...仁川上陸の奇跡でマッカーサー本人がそう自称した。
そして、その傲慢さが、彼を破滅へと導く『朝鮮の山岳』への無謀な進軍を決断させる。
マッカーサーはこう宣言した、この戦いはクリスマスまでに終結すると。
確かに介入当初の進軍はすさまじかった。
9月23日には人民軍は大撤退を余儀なくされ、開戦当初の38度線に軍を集めた、9月28日にはソウルを奪還。
まさに「機動戦の理想形」と言える電撃的な進撃。
...だが、慢心と過信を募らせたマッカーサーは戦争を終わらせるべく、その勢いのまま北進を命じる。
アメリカ主導の国際連合軍は10月初旬に38度線を突破した。
──(火力戦による快進撃を無効化した、山岳戦の停滞)
...マッカーサーは確信していた【この進軍速度なら、もはや崩れかけの人民軍など容易に破れる】と。
だが前回のレポートでも参照したように、紙の上の作戦と現実の戦場は全く違う。
マッカーサーには三つの誤算があった、(広大な山岳・内戦後の中華人民志願軍・冬季攻勢軽視)、前述した様に(非対称戦と地形はどちらが欠けていても成り立たない)
マッカーサーが「クリスマスまでに終わる」と宣言した大攻勢。
その要因である(欧州の平原)を前提とした火力戦ドクトリンは、朝鮮の山岳・冬季消耗・補給戦で完全に瓦解した。
朝鮮北部の山岳地帯には、アメリカ軍の要である、重装甲が進軍できる舗装道路が全くない。
かろうじて通れるのは未舗装の狭い山道の一本だけ。
陸上での補給路が完全な一本しか存在しないこの地形での進軍は、マッカーサーの慢心と傲慢をこれ以上なく象徴していた。
戦略的に見れば、これは死守命令で部隊を壊滅させたヒトラーですら嘲笑うほどの無謀の一言に尽きる。
軍事ドクトリンの専門書にすら載らない、バカげた計画だったのである。
...マッカーサーを止めるものは存在しなかった、多数の反対があった(クロマイト)作戦を成功させ、反対派を抑え、実質的にカエサル並みの権力を手にしたマッカーサー。
短期戦に走ったマッカーサーは大打撃を受ける。
この冬の大攻勢を揶揄するなら、雪の降り積もる中、バルバロッサ作戦を強行するほど無謀だった。
ヒトラーがモスクワの冬で大敗したのと同じ過ちを、マッカーサーは朝鮮の山岳と冬で繰り返していた。
1950年11月24日、マッカーサーは第8軍と第10軍を鴨緑江(中朝国境)まで進撃させ、北朝鮮軍を完全に崩壊させる計画だった。
無論、マッカーサーは中華義勇軍を完全に知らなかった訳ではない。 だが、その戦力を過小評価した。
アメリカの情報機関が把握していた志願軍の戦力はせいぜい3万人程度と評価されていたが。
だが実際には30万人以上が既に国際軍を山岳地帯で待ち構えており、唯一の補給路への攻撃も容易だった。
アメリカが主体であるため国際連合軍は航空機・戦車・重砲など圧倒的な装備を持っていたが、中国軍はその「強み」を完全に無効化する戦術を持っていた。
それは、日中戦争時から主体となっていた戦略の一つ、夜間の近接戦である。
志願軍は装備・火力の質で劣る日本軍に編み出した戦略の一つ、航空機が無効化され、砲兵が夜の闇で機能しない山道を徒歩で浸透し、日本軍の陣地に「至近距離」まで迫る。
そして、3人1組の小隊で分散して突撃する「三三制」の白兵戦を仕掛けてきたのだ。
この工程と同じことを、アメリカ軍に仕掛け、見事に連続的に成功させた。
私は卑怯とは全く思わない、負け犬が勝者に喚くほど、惨めな物は存在しないからだ。
それ以降アメリカ軍は38度線で停滞し、戦争終結まで維持され続けた。
……さて諸君ここまで、長々と1950年の朝鮮戦争を語ってきた。
「なぜ今、イラン戦争の話をしているのに、70年以上前の過去の戦争の話を延々と聞かされなければならないのか?」そう思った読者もいるだろう。 答えは単純、イランに密接に関係しているからだ、【イランの山岳が、朝鮮戦争の天然地形要塞の再演の舞台だからだ。】 アメリカ軍が、イラン本土に地上軍を派兵しても、朝鮮戦争の様に山岳地帯で停滞し、ひたすら消耗を強いられる。
だがまだだ、二つ目は──(地下要塞と空軍神話論の崩壊)
...朝鮮戦争での屈辱の平和協定の後になっても、アメリカは朝鮮戦争の(結果)を軽視し続けた。
アメリカからしてみれば、建国からわずか1年足らずの中国の介入に負けたなんて現実に直視できなかったんだろう。
実際、連合軍総司令官マッカーサーは最終的に「中国に核攻撃をすべきだ」と主張し、トルーマンに解任されるまでその暴走を止められなかった。
「技術と火力で圧倒すれば勝てる」という幻想を捨てきれないまま、彼らはベトナムでも同じ過ちを繰り返すのである。
さて、次はベトナム戦争を主体に──(巨大地下プラットフォーム)の非対称戦的な重要性についてだ。
...「朝鮮戦争の山岳、ベトナムの地下、そしてイランの地下都市——アメリカが同じ過ちを繰り返す舞台は変わっても、構造は変わらない」
諸君らも聞いたことはあるだろう?アメリカが本格的に初めて負けた戦争...ゲリラ戦の極致。
いろいろ言われているが、まずは北ベトナム解放軍の解説からだ。
ホー・チ・ミンを指導者とし、1941年の日本支配下時に、北ベトナム解放軍は結成された。
1945年8月、日本の降伏後に全国蜂起を指導し、同年9月2日には、ホー・チ・ミンがベトナム民主共和国の独立を宣言した。
さてここからは、(1946年のベトナム対フランスの独立戦争・ディエンビエンフーの戦略的必然)
...1954年、フランスはディエンビエンフーで、最新鋭の装備と空路補給をもってしても、山間部に包囲された拠点を守り切れなかった。火力と技術の優位は、地形と兵站の非対称性の前に無効化される——この教訓を、アメリカはわずか10年後に、しかもより大規模に、自ら繰り返すことになる。
だが、これこそが本題だ。
...1964年8月4日、アメリカは(トンキン湾事件)を捏造し、ベトナム内戦に全面介入を決定、無論それ以前にも、1万人規模の空軍付き軍事顧問団を派遣しているが、急速に拡大していったのはトンキン湾事件以降だ。 この戦争終結までアメリカが、南の新西側政府が降伏するまで、投下した爆弾は第二次世界大戦時に投下した爆弾の総量を超す、最も中立的観点で図るなら(WW2が230万トン・ベトナム戦争が800万トン)
君はこう思ったハズだ、なぜ圧倒的航空優位を握り続けた火力戦最強のアメリカが、見えない地下のゲリラに負けたのかと。
理由は単純、地表を爆弾で何万トンと焼き払おうが、ベトナム解放軍が構築した巨大地下プラットフォームの「脳(指揮系統)」と「血管(兵站)」には、1ミリのダメージも与えられなかったからだ。 最も解説に適切なのは、1948年、対仏ベトナム解放軍の作ったクチトンネルを中心に説明していく。 それは、1948年の対フランス戦争で武器を隠すために掘られた小さな穴が、米軍の猛攻に耐えるために最終的に「全長250km、地下3層、最深12m」の巨大地下軍事都市、クチトンネルだ。
急速にクチトンネルが拡張されたのは、1960年代初期の解放軍政府と暫定政府との内戦の間で、アメリカが暫定政府に介入し、武器・爆撃機を支援、そこで地上での補給が脅かされたベトナム解放軍は、軍事機能を地下に移し、巨大な地下要塞に作り替え、爆撃の影響を極限まで抑えた。
ここで、朝鮮戦争の山岳を思い出してほしい。
あの時、アメリカは「山」という天然要塞に阻まれ、重装甲と火力を無効化され、それ故にアメリカは朝鮮戦争では爆撃で北朝鮮を焼き尽くした。
...ベトナムでも同様だ、ジャングルと言う、天然要塞を枯れ葉剤で破壊しつくし、比較的平地での決戦を挑めばいい——アメリカはそう考えた。
だが、ベトナム解放軍は、米軍のその「思考の裏」を行った。
彼らはジャングル(天然要塞)を捨て、「地下」という新たな非対称空間へと潜り込んだのだ。
地上を焼き払うアメリカの火力が強力であればあるほど、地下深くに潜るしかない。 アメリカの圧倒的な空爆が、逆説的に「人工地下要塞」を誕生させたのである。 では、この「見えない地下の敵」に対し、世界最強の軍隊はどのような「最新の叡智」を叩きつけたのか?
第一に、アメリカは〔operation・ランチハンド〕を実行し、大量の枯れ葉剤を散布した。 ジャングルを丸裸にして「見える敵」にすれば勝てると踏んだのだ。だが、効果は限定的だった。 枯葉処理ができたのはマングローブ林などに限られ、さらに視界が開けたことで、皮肉なことに、ベトナム解放軍の射界が広がり、彼らを有利にしてしまったのである。
第二に、アメリカはクチトンネル自体を破壊するために、あらゆる最新技術を投入した。 クチトンネル周囲を「自由爆撃区域(Free Fire Zone)」に指定し、B-52は1機あたり27トンもの爆弾を落とした。 だが、巨大な地下ネットワークの正確な位置を掴めず、トンネルに直撃弾を与えることはできなかった。 1968年以降は地中貫通爆弾も投入されたが、全長250kmに及ぶ網の目全体を破壊することは、物理的に不可能だった。 なぜ、これほどまでの火力が無力だったのか?
答えは、クチの地質にある、鉄分を多く含むラテライト粘土は、掘削された層でコンクリートに近い硬度にまで硬化していた。 米軍は「土」を爆撃していたのではなく、「天然のコンクリート」 を相手にしていたのだ。 アメリカの圧倒的な空爆は、地表の「見える敵」を焼き払うことはできても、地質と構造に守られた地下の「脳」と「血管」を壊滅させる事は不可能だった。
さて、諸君はベトナム戦争とイランに何の関係性が分かるか?答えは【広大な地下要塞だ。】 どれだけ最新の兵器を投入しようと、「見えない地下の敵」には当たらない。 ベトナムで「空軍神話」を粉砕したこの悪夢を、アメリカは2026年のイランで、国家規模の「地下ミサイル都市」 として今現在も苦汁を飲んでいる
...朝鮮戦争と比べて、かなり簡略化したベトナム戦争を解説したが、次の舞台はイラク戦争(勝ったハズの戦争と終わる事のない抵抗主義)
...2003年3月20日、アメリカ主導の多国籍軍は「イラクは依然、大量破壊兵器を保有している」として侵攻した。 だが、最終的にイラク国内から大量破壊兵器は一つも見つからなかった。 それでもアメリカが侵攻を止めなかった背景には、湾岸戦争で圧倒的な成功体験があった。
イラク軍は抵抗したが、後述する湾岸戦争の時と同様、空爆と電撃的侵攻によって中枢を叩かれ、国家としての組織的抵抗はほぼ許されないまま崩壊した。
2003年5月1日、ブッシュ大統領は空母エイブラハム・リンカーンの甲板で「主要な戦闘は終結した」と宣言した。 わずか一か月程度での電撃的勝利。 アメリカは勝ったはずだった。
だが、戦争自体に勝つこと(湾岸戦争)と国家を占領すること(イラク戦争)は全く違う。 前者は「時間」を味方にし短期決戦で迅速に勝利したが、後者は「時間」を敵に回し長期戦を強いられた戦いだった。
...湾岸戦争の時、イラク軍は集権的な中央正規軍として陣地で戦い、空爆で中枢(脳)を破壊されれば、兵士は投降し、軍の中枢(脳)は崩壊した。 アメリカは「国家の首」を落とせば勝てた。
だが、2003年以降のイラクでは違った。 旧政権の残党、外国から流入した過激派、そして宗派対立に基づく民兵たちは、「国家の首(脳)」など最初から持っていなかった。 彼らは制服を脱ぎ捨て、市民に紛れ、モスクや一般家屋に潜伏した。 そして、アメリカが圧倒的な火力で攻撃すればするほど、彼らは時間を稼ぐために、泥沼の長期戦的非対称戦へと戦術をシフトさせていった。
何故アメリカは最終的に勝てなかったのか?今から一つずつ解説していこう。
第一に、【地下に疲弊したベトナム戦争・地上で消耗するイラク戦争】 ...ベトナム戦争の「地下」が空間的な非対称戦略だったのに対し、イラク戦争のIEDは「コスト」と「時間」の非対称戦略で米軍を苦しめた。 IEDとは何か、 簡易的な即席爆弾がアメリカ軍を地獄に落とした戦場の主役になった。 IEDは、固定的概念の兵器ではなく、少数の火薬爆弾・砲弾・地雷・不発弾・肥料など、その他多数のあらゆる素材で製造された、複合的爆発物だ。 アメリカ軍はこれを(非対称の物理的攻撃)最も典型な形態と位置づけ、その本質は、圧倒的な技術的優位を持つ軍隊に対して、最低限のコストで最大の心理的・物理的損害を与えられる、世界中の非対称戦の主役だ。
第二に、【信頼される訳がなかったアメリカ軍】 ...それも当然だろう、湾岸戦争時のナイラ証言・二度にわたる攻撃・国際的な禁輸・存在しなかった、大量破壊兵器の偽装と拡張・イラク政府解体による数十万人規模の失業者・間接的な民間人攻撃、ざっと並べただけで、イラク人民から信頼される訳が無い事は明白だ。
開戦理由そのものが「嘘」だった。
アメリカは「大量破壊兵器」の脅威を何度も主張したが、戦後、それは一つも見つからなかった。 情報提供者「カーブボール」は証言を捏造し、ブッシュ政権は935件もの虚偽声明を発し、アメリカ国務長官に至っては、国連の場にて、今も解明されていない、謎の白い粉を掲げ、これが大量破壊兵器であると主張した始末、この白い粉は戦後に、プーチン大統領にあれは洗濯機の粉だろうと嘲笑した。
...だが、これは単なるジョークではない、「戦争の大義名分が、洗濯機の粉と区別がつかないレベルの虚構だった」 という、荒唐無稽なバカげた事実だ。
パウエルが掲げた「証拠」の裏には、「カーブボール」 と呼ばれる情報提供者がいた。 彼はアルコール依存症の亡命者で、後に「サダム政権を倒すために嘘をついた」 と自ら認めている。 ドイツの情報機関は彼の信憑性に警告を発していたが、アメリカは「都合の良い情報」 として採用し、国連の場で世界に発信したのだ。
そして、ブッシュ政権はイラクの脅威に関して935件もの虚偽声明を発していたとされる。 パウエル自身も後に、あの国連演説を「自分の経歴における汚点」 と認めている。
「大量破壊兵器」という開戦理由は、その全てが嘘に塗れていたのだった。 イラク国民からすれば、「嘘で戦争を仕掛けられ、国を壊され、家族を殺された」 のである。 彼らがアメリカを信頼すると?アメリカ政府はどうかしているよ、国際法学者委員会が戦前から指摘していた侵攻の違法性を無視し、国連安保理の場で複数回にわたる虚偽の証言を行ったことで、アメリカは「人道主義」も「法と秩序」も、国際社会の前で永久に信用を失ったのである。
「民間人の犠牲」と「イラク人民の復讐主義の加速」 ...イラク戦争(2003年3月~2026年9月の米軍完全撤退)における「複合的な民間人犠牲者数」は、単一の確定値が存在しない。 調査手法(直接暴力死のみか、間接死(インフラ・医療・食料崩壊)によって推計が大きく異なるため、このレポートでは「複数の推計を並べて提示する」
...イラク戦争で、アメリカは「大量破壊兵器」という嘘で戦争を仕掛け、複数確認されただけでも20万人以上の民間人を直接的な暴力で殺した。 戦争による医療崩壊や衛生悪化などの間接死を含めれば、その数は60万人から100万人規模に達すると推計されている。 「戦争がなければ死ななかった命」が、これほど積み上がったのだ。
そして、この犠牲はイラク国民の「心」を決定的に変えた。55%が「アメリカ軍の即時撤退」を支持し、半数近くがアメリカ軍への攻撃を容認した。 アメリカはイラク人民からは、「独裁からの解放者」ではなく「イラクを地獄に落とした、侵略者」として記憶されたのである。
さて、諸君はイラク戦争とイランに何の関係性が分かるか?答えは【人民の徹底抗戦主義だ。】
...イラクで「心」を失ったアメリカは、2026年のイランで、その過ちを「完璧に」繰り返した。
2026年2月28日、アメリカ・イスラエルによるイラン攻撃の初日。 イラン南部ミナブ市の女子小学校が空爆され、165人以上の少女たち(7歳から12歳)が、授業中に命を奪われた。
アメリカの調査が明らかにした原因は、「情報錯誤」「古い衛星写真」「AIへの過度な依存」だった。つまり、「古いデータとアルゴリズム」が、「少女たちの教室」を標的だと判断したのである。 しかも、この小学校は約40分の間隔をあけて二度爆撃されている。 「偶発的な事故」では、説明がつかない。
そして、イラクでの「民間人虐殺」が果たした役割を、この「小学校爆撃」が果たした。
イランの母親たちは、我が子の死を前にして、こう語った——「アメリカは信頼できない。イランは降伏しない」と。 イラクで「55%が即時撤退を支持」したように、イランでは「アメリカとの交渉など不可能だ」という世論が決定的になった。
アメリカは、イラクで「心」を失い、イランで「魂」を失った。
...イラクで「戦争を始める大義名分」という「心」を失い、イランで「女子校を二度爆撃するという、人道主義の最低限の規範」という「魂」を失った。 軍事力で国を制圧しても、女子供を殺す国として記憶されたアメリカは、「終わらない長期戦」という地獄から、永遠に抜け出せないのである。
...さて、四つ目の戦争だ、【アフガニスタン戦争——持久戦の極致・2兆ドルを代償にしても破れなかったタリバン】
イラク戦争が「時間」を敵に回した戦争なら、アフガニスタン戦争は、「時間」を味方にしたタリバンに、アメリカが完敗した戦争だった。
2001年10月、アメリカは同時多発テロの報復としてアフガニスタンに侵攻した。 タリバン政権をわずか数週間で崩壊させ、「これまた勝ったハズの戦争」だった。 だが、ここからがイラク以上に長い地獄の始まりだった。
アフガニスタンには、イラクとは違う「天然の要塞」があった。 山岳と部族社会支配だ、国土の大半は山脈と渓谷に覆われ、アメリカの重戦車や装甲車は未舗装の山道でただの鉄の箱と化す。 山岳は反乱軍に「見つからない」「攻撃が届かない」避難所を提供した。 さらにパシュトゥン人を中心とする部族社会の結束が、無数の侵略者に対する「文化的な防壁」として機能した。
...大英帝国の侵略を幾度となく打ち破り、与えられた名は、(帝国の墓場)
アメリカがどれだけカネを積んで「民主的な国家建設」を叫んでも、彼らの生活の論理とは噛み合わない。
山と部族・文化が、アメリカの「国家建設」という大義名分を、根本から無効化したのだ。
そして、タリバンの戦略は、「アメリカを倒すこと」ではなかった。
彼らは早くから気づいていた。
世界最強の軍隊と正面から戦えば、自分たちは、イラクの様に殲滅されるだけだと。
それ故に彼らは、「アメリカが耐えられなくなるまで、時間を稼ぐ」という持久戦に徹した。
長距離から射撃して敵を引きつけ、反撃や増援があれば山に分散して逃げる。
小グループで行動し、常に移動し、空爆を避ける。
ベトナムのゲリラ戦術と構造的に同じ、「時間」を支配し、長期戦の消耗戦を強いられる戦い方だ。
この持久戦は、アメリカの「コスト」を無限に膨らませた。
ブラウン大学の「戦争のコスト」プロジェクトの推計では、アフガニスタン戦争の総コストは約2.26兆ドル。
このうち約9000億ドルが直接の戦闘費、約1440億ドルが復興とアフガン治安部隊の構築に費やされた。
ニューヨーク・タイムズが総括した通り、「18年間の戦争で2兆ドル以上を費やした結果、タリバンはより強くなり、アヘンの生産量は戦争前の4倍に増え、大多数の国民は貧困に陥った」。
和平合意前の四半期だけで、タリバンは8,204回の攻撃を実行した。
これは2010年の記録開始以来、第4四半期としては最多だ。
20年間の戦争で、タリバンは攻撃能力を維持・強化していたのである。
2021年8月、アメリカはアフガンから撤退し、たった数週間でアフガン全土を掌握、アフガニスタンは本当の意味でイギリス・ロシア・アメリカの三つの帝国を打ち破った。
2兆ドルと20年を費やして、アメリカが得たものは、タリバンの復権だった。
これは「史上最も高くついた敗北」であると同時に、「持久戦の極致」——時間を武器にする者に、コストを武器にする者が敗れた、という冷徹な事実である。
なんとも面白いことに、長年アメリカが多額の支援と訓練を施した政府軍は、たった数週間で全面降伏に追いやられた。
タリバンが証明したのは、「アメリカを倒す必要はない。アメリカが耐えられなくなるまで、時間を稼げばいい」ということだった。
さて、諸君らにアフガン戦争とイランに何の関係性が分かるか?答えは【2026年のイランは、この教訓を国家規模で実践している。】 地下要塞と分散指揮体系で「時間」を稼ぎ、ホルムズ封鎖で「コスト」を課す。
アフガニスタンで「持久戦の極致」に敗れたアメリカは、イランで「持久戦とコストの同時消耗」という、さらに洗練された非対称戦に直面しているのである。
私は長々と、これまで四つに分けて、アメリカの失敗について語ってきたが、次はアメリカの勝利の中でも、現代戦の基本となった湾岸戦争について語ろう[湾岸戦争ーー偶発的例外と必然的な普遍性] 前のレポートでも語ったが、あれは省略した面もある故、明白なデータと事実を元に解説する。 1991年1月17日〜同年2月28日のアメリカ主導の国際連合軍の短期決戦の理想・模範的な戦争だった。 アメリカ人の大半を戦争賛美にした完璧なプロパガンダ、ナイラ証言。 38日間にわたる精密空爆と一週間にも満た無い地上戦。 湾岸戦争は、アメリカの軍事ドクトリンが完成された(神話的奇跡)と、軍事ドクトリンを縛り付けた楔形だった。 これらデータは、AI検証の元行われています。 投入された戦力比は総合的地上軍ではイラクが優勢[イラク側総兵力100万人・戦車約5000両・装甲車約2900両・火砲約3150門]、アメリカ主導の国際軍[総兵力59万人・戦車約3250両・装甲車約4000両・火砲約3500門]確かに地上軍規模で見れば、イラクは圧倒的に優勢だった。 だが、湾岸戦争を一方的な戦争に変えたのは、単純に結論付けるなら、空軍意識の差だった。 湾岸戦争に置いて、イラクとアメリカの空軍の差は、第一次世界大戦の塹壕(イラク)で、T-34(アメリカ)に抗うくらい無謀だった。 イラク(約空軍約700機・内戦闘機500機) 連合軍(約2600機以上(内アメリカ76%) わかりやすい比較なら、空軍作戦数だろう、連合軍は一日平均約2500回の出撃・対するイラクは一日平均約40回程度の出撃。 イラクの対空性能は、数だけで見れば優秀だった。 イラク[側統合対空レーダー数707基・対空砲7000門・統合レーダー誘導ミサイル7000発] 何故この様な対空性能を備えて置きながら、一方的な空軍戦をイラクは強いられたのか? だが、それは多国籍軍の前には無意味だった。
イラクは湾岸戦争の48時間後には、統合レーダーは既に、システムとして機能していなかった。 誘導ミサイルは無力化、対空砲なんてジェット戦闘機の前では無価値、まともな抵抗もできないまま、イラク陸軍は壊滅していった。 地上戦が開始されるまでの38日間にわたる空爆で、イラク軍は100万人の軍隊から50万人以下の軍隊と化していた。 クウェート戦域に展開した43個師団(54万人)のうち、36~38個師団が戦闘能力を喪失或いは壊滅、地上戦開始時には約(30万人)程度。 イラク陸軍の38日間にわたる兵器の壊滅(戦車・5000両から2435両まで減少、装甲車・2900両から1443両まで減少、火砲3150門から1649門まで減少) データで分かると通り、イラク軍は38日間の空爆で、主要装備の約50%が破壊・使用不能に追い込まれ、多国籍軍に対して余りに無力だった。 100時間の「地上戦」ではほぼ抵抗に遭わず、アメリカ軍の戦死者147名のうち、35名が友軍の誤射、11名が軍備品の爆発、8名が地雷処理中の事故によるものであり、イラク軍による直接的な戦闘での死者はごくわずかだった。 ここまでは物理的な壊滅について話したが、ここからはナイラ証言、つまりプロパガンダについて解説しよう。
【ナイラ証言:欺瞞しかない悲劇の涙】
1990年10月10日、アメリカ議会の公聴会に、そこに現れたのは、「イラク軍の残虐行為から逃れてきた」とされる15歳の少女、ナイラだった。 彼女は涙を流しながら、こう証言した。
「イラク兵が病院に押し入り、15人の新生児を保育器から引き剥がし、冷たい床に放置して死なせたのです」
この「涙の証言」は、瞬く間にメディアで増幅され、「312人」の赤ちゃんが殺されたという衝撃的な数字に変わった。
証言前、アメリカ国民の介入支持はわずか17%だった。しかし、この涙を見せられた世論は一気に過熱し、2ヶ月後には約半数が「開戦」を支持した。 ブッシュ大統領はこの話を10回以上も演説で引用し、上院議員7名が熱弁を振るった。 そして、1991年1月の上院での武力行使決議は、わずか5票差という紙一重で可決された。
だが、この涙は「偽物」だった。
ナイラはイラクの難民などではない。正体はクウェートの駐米大使(サウード・アル=サバハ)の娘である。 証言は、クウェート政府が資金提供したPR会社「ヒル・アンド・ノウルトン」が仕組んだ完璧な「演劇」だった。 泣くタイミングから、震える声のトーンまで、全ては台本通りに演出されていたのだ。
戦後の調査で、病院に数十台の保育器があったことは事実だが、「イラク兵が保育器を奪った事実」も「新生児が取り出された事実」も存在しないことが判明した。 彼女が新生児を目撃したのは「ほんの一瞬」で、しかも「1名だけ」だったのだ。 結論は、クウェート政府がアメリカのマーケティング会社に1000万ドルを支払い、クウェート大使の娘を使って312人の赤ちゃんが殺害されたという嘘をつき、最終的にアメリカの介入を意図的に招いたという事だ。
さて、ここで君たちに問う。
この嘘をついたナイラは、裁かれたか?
証言を演出したPR会社は、裁かれたか?
嘘を拡散したメディアは、裁かれたか?
5票差で戦争を決めた上院議員は、裁かれたか?
そして、この嘘を何度も主張して戦争を正当化したブッシュ大統領は、裁かれたか?
答えは、「否」である。
PR会社も、ナイラ本人も、虚報を流したメディアも、上院議員も、大統領も、誰一人として責任を問われていない。 アメリカが長年、世界に向かって声高に叫んできた「法と秩序」とは、一体何だったのか?
嘘で戦争を始め、数十万人の命を奪い、嘘つきだけが笑って生き延びる、ナイラは国家の英雄として「特権」に守られ、PR会社は「1000万ドル」の報酬を手にした。 だが、イラクの一般人に待つのは本当の悲惨だけだった。 これが、世界最強の軍隊が守ってきた「人道主義」と「法と秩序」の、あまりにも下劣な姿だ。
...まぁ、ナイラ証言と大量破壊兵器は氷山の一角に過ぎないが。 ナイラ証言は全て欺瞞だった、大量破壊兵器は存在しなかった、僕はフセイン大統領の事を善人とは全く思っていないが、彼はアメリカに不当に殺された、と言うことだ。
1950年、マッカーサーは「欧州の平原」のドクトリンを「朝鮮の山岳」に持ち込み、重装甲戦力を粗大ゴミに変えられ、地獄の退却を強いられた。
1964年、アメリカは空軍神話をベトナムのジャングル・地下要塞に完全に打ち砕かれた。 2001年、アメリカは2兆ドルを費やしタリバンに敗れた。 2003年、アメリカは何もかもを偽造し、イラクに戦争を仕掛け、国際社会から批判を受け、挙句は散々荒らした上、2026年に最終撤退した。
そして、2026年になっても、アメリカは同じ過ちを繰り返している。
舞台をイランに移そう。
2026年のアメリカ軍が直面しているのは、朝鮮戦争の(広大な山岳)が(ザグロス山脈)・ベトナム戦争の(クチトンネル)が(地下ミサイル要塞)・イラク戦争の(「国家の首」を持たない分散した民兵)が(「31州のモザイク防衛」)・アフガニスタン戦争の(山岳コスト)が(ホルムズ海峡封鎖)わかるだろう?アメリカは構造的にもうイランに敗れた。
まず、なぜアメリカ・イラン戦争に完全にマッチしているかを分析する。
結局のところ、大概の戦争の終結には、地上軍が必要だ、海上封鎖は島国のように海上補給路が生命線ならまだしも、イランのような大陸型国で、なおかつ石油の通り道であるホルムズ海峡封鎖は、アメリカにとって自殺行為でしかない、僕の予測では、中間選挙で民主党が勝とうが共和党が勝とうが。
大規模な上陸作戦を実行する可能性が大いにあると予測している。
第一次世界大戦時の様にガリポリの戦いを再来させるか、第二次世界大戦時、ヨーロッパ戦線を作るためオーヴァーロード作戦を実行したように...戦争の命運を変えるべく、再び仁川上陸作戦をアメリカは繰り返すのか?
予想をするなら、仮に奇跡的にイラン軍の海上攻撃を突破して、ホルムズ海峡に接近し、上陸作戦をしたとしよう。
米国防総省は既に計画を立てている...それを元に僕なりの予測をしよう。 アメリカとイスラエルの共同作戦はまず確定、複数のメディアでイスラエルは過去数時間で米イスラエル共同作戦のためのすべての軍事準備を完了し、最高レベルの警戒態勢に入った。命令があれば数時間以内に戦闘を開始する準備が整っている、と報道されている。 アメリカ大使館からの大幅な撤退も確認されている。 最も重要なのは湾岸アラブ諸国に対し、攻撃開始に備えるよう既に通告している。
米国の軍事計画とタイミングについては、やはり中間選挙後の一週間以内が予想される、攻撃の内容はイラン本土占領の様な全面戦争ではなく、短時間的大攻勢が予想される、フォークランド戦争の様に、離島での戦いになるだろう、既にアメリカは死者が出ることを予測して、朝鮮戦争以来初めて、大量戦場墓地の掘削訓練を実施しており、24時間以内に2,400体の遺体を埋葬する訓練を行っている事から、やはり上陸戦を展開する可能性が極めて高い。 なんにせよこの攻撃がアメリカ・イラン戦争の最終的...つまり最後の大規模戦闘になる。
アメリカが狙うとしたら石油輸出の9割を担うハールク島の奪取、そしてホルムズ海峡の制海権を握るアブムーサ島や大小トンブ島などの島嶼部への上陸作戦だろう。 イラン本土からわずか20kmしか離れていないハールク島への上陸は、1982年のフォークランド戦争の様な島嶼戦が予測される。 だが、そこにはフォークランドにはなかった「地獄の罠」が仕掛けられている。 ここからはフォークランド戦争との対比で罠を解説して行く――(物理的な距離の差)
フォークランド戦争とイラン戦争の類似点は距離の戦いだ、イギリスは本土から13000kmも離れたフォークランドを巡り戦い、アメリカは本土から10000km以上も離れたハールク島を占領すべく戦う。
アルゼンチンは占領したフォークランド島と約700kmも離れていたが、イランはたった25kmしか離れていないハールク島を守る。
表面上は似ている、だが違うのは守る側の距離にある。 アルゼンチンは本土から離れすぎてイギリスの海上封鎖を破れず、イギリス空軍の空爆によって空輸補給の機能すら削がれ、フォークランドの守備隊は孤立し、戦意を喪失して降伏したが、イランは違う。 フォークランド守備隊は約700kmも離れていた故本土から火力を投射できず、火力も補給もない孤軍無援の状態だったが、ハールク島は25kmと言う短距離、本土からの火砲・ロケット弾・ドローン・弾道ミサイルの投射が容易に行き届く。 無論補給だって容易だ、今なおアメリカ軍はホルムズ海峡を突破できずに立ち往生してることから明白だ。 仮にアメリカ軍がハールク島を占領に成功しても、「島の上のアメリカ軍が本土からの一方的な火力の標的になる」という、攻撃に晒され続けるイラク戦争の占領戦と同じ苦しみを受けるだろう。
――(海上火力の差) フォークランド戦争に置いて、アルゼンチンは圧倒的に海上戦を軽視していた、アルゼンチンのがフォークランド戦争時に使用した対艦ミサイルはたったの5発、撃墜数は駆逐艦一隻、輸送船一隻だけ、ミサイルが尽きた後は100機にも満たない空軍で無誘導爆弾による接近攻撃ぐらいでしか対抗できなかった。 対するイランのミサイル戦力は、推定1万発にも及ぶ、その中でもホルムズ海峡沿岸には約2,000発の対艦ミサイルが配備されている。 さらに、中東全域を射程に収める中距離弾道ミサイルも約2,000発保有しているとされ、これらが「発射管制」された状態にあるという報道もある。 フォークランド戦争のアルゼンチンが放ったエクゾセがたった5発だったことを思えば、イランの「数千発単位」の飽和攻撃能力は、米海軍の防御網を突破するに十分な物量だ、現にアメリカの精密誘導ミサイルや迎撃ミサイル(パトリオット、THAAD等)の在庫は、戦争開始前の約50%も消耗している。 イランの安価で大量のミサイルで、アメリカの高価で少数の対空ミサイルを消耗しているのだ。
――(ザグロス山脈という「天然の要塞」と「国家規模の非対称戦」) 仮にハールク島を占領したとしよう、だがアメリカの悪夢は、ハールク島の戦いの先にある「イラン本土への侵攻」だ。 イランの国土面積は約164万平方キロメートル(イラクの約4倍)に及び、ザグロス山脈とアルボルズ山脈が朝鮮戦争と同じ「天然の山岳要塞」を構築している。 この地形は、アメリカ軍の主力である重戦車が移動することを阻み、狭い峠はベトナム戦争の「ハンバーガーヒル」の激戦を彷彿とさせる「死の淵」と化すだろう。 イランを制圧するには「少なくとも100万人の軍人」が必要だ、そもそもの話、イラン本土上陸作戦はガリポリの戦いと同じように、狭い地形での局地戦で停滞するだろう。
...もはやこの戦争に意味は無い、この攻撃はナチスドイツの春の目覚め作戦と同じ、死に行く帝国の最後の悪あがきだ。 アメリカは負ける、もはやこのアジェンダは明白だ。
...1950年、マッカーサーは威克島で「中国は介入しない。戦争は感謝祭までに終わり、兵士はクリスマスまでに帰国できる」と豪語した。 だが、現実はどうだったか? 彼の楽観論は、零下40度の極寒の山岳地帯で、15万人の中国軍による包囲によって打ち砕かれた。 米軍は長津湖で大損害を被り、クリスマスイブの1950年12月24日、興南港から「地獄の撤退」を強いられたのだ。 マッカーサーが「クリスマスまでに帰れる」と約束した兵士たちは、史上最も過酷な撤退戦を戦い、多くの命を凍土に落とした。
2003年5月1日、イラク戦争のブッシュ大統領は空母の甲板で「Mission Accomplished(任務完了)」と書かれた横断幕を背に、誇らしげに宣言した。 「イラクにおける主要な戦闘作戦は終結した。我々は完全に勝利した」と。 その「勝利」の宣言から、アメリカは数十年も、イラクで終わらない占領戦で苦しむ。
アメリカ・イラン戦争のトランプはまさにピエロだ、イランは壊滅した?戦争はもう終わる?あと二週間?我々は勝った? しかし現実はどうだ? 米軍はホルムズ海峡を突破できずに立ち往生し、イランの数千発のミサイルとドローンによる飽和攻撃の前に、高価な迎撃ミサイルを50%も消耗している。 そして、戦争によるガソリン価格の高騰は国民の生活を直撃し、大統領の支持率は30%台まで暴落している、この男はサーカスのピエロか?
...旧世界秩序(ペトロダラー覇権)は崩壊する、これは予言じゃない、明白な現実だ。
ドイツ銀行は「イランでの戦争はペトロダラーの支配力を侵食させる触媒であり、ペトロ人民元台頭の始まりとなるかもしれない」と警告した。 世界の石油取引の20%はすでにドル以外の通貨で決済され、BRICS諸国間の90%は自国通貨で行われている。 そして何より、湾岸諸国は「アメリカの安全保障傘」がもはや絶対ではないことを、身をもって知った。ペトロダラーを支えてきた「アメリカの軍事力」という柱が、イラン戦争によって根底から揺らいでいるのだ。
そして、アメリカ国内では——。トランプ大統領の支持率は34%まで暴落し、ガソリン価格は40%以上急騰した。 それでも彼は「ピーナッツ(はした金)だ」と笑い飛ばした。イランは壊滅した? 戦争はもう終わる? あと二週間? 我々は勝った? —— どこがだ。
君ら極東アメリカ帝国臣民がどれだけ「イランは崩壊する」と喚き散らしても、現実はこうだ。 戦争は終わらず、ドルは基軸通貨の座から滑り落ち、そしてホルムズ海峡を突破できない「超大国」の無力を、世界中が嘲笑っている。
僕らは今歴史を見ている、旧世界秩序の崩壊を、イランの台頭を、西側世界の崩壊を。
来るべきジャッジメント・デイ(第三次石油危機)——その時計の針は、僕らがただ怠惰に娯楽主義に勤しんでいる間にも、この進みを、もはや誰も止められない。
聞きたいことがれば何でも