富士山、世界遺産に登録決定 三保松原も含む カンボジアの首都プノンペンで開催中の国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界遺産委員会は22日、富士山(山梨、静岡県)を世界文化遺産に登録することを決定した。日本の世界遺産は2011年登録の平泉(文化遺産、岩手県)と小笠原諸島(自然遺産、東京都)以来2年ぶりで、計17件となった。日本最高峰の富士山は山岳信仰の対象であり、浮世絵など多くの芸術作品に描かれるなど、芸術文化を育んだ山として高く評価された。
政府が富士山の一部として推薦し、ユネスコの諮問機関である国際記念物遺跡会議(イコモス)が除外を求めていた景勝地「三保松原」(静岡市)も含めての登録となった。 世界遺産には「自然遺産」「文化遺産」「複合遺産」の3つがあり、地元は当初、自然遺産への登録を目指したが、ごみ問題などを理由に03年に候補選考から脱落。政府は古くから信仰登山が盛んで、絵画や文学作品にも多く登場した文化的価値に注目し、12年に文化遺産として推薦した。
イコモスは13年4月、富士山を描いた葛飾北斎らの浮世絵が西洋の画家に刺激を与えたことを念頭に「影響は日本をはるかに超える」と評価。宗教的伝統も含め、世界遺産にふさわしいとして登録を勧告した。
富士山から45キロ離れた三保松原については「山の一部とみなせない」と除外を勧告。政府は浮世絵の題材になるなど芸術との関係の深さを主張、委員国などに最後まで訴えていた。
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こちら三保の悲願、涙と絶句 諮問機関の除外勧告を覆す 「日本一の山」をついに世界が認めた。22日、カンボジアの首都プノンペンで開かれた国連教育科学文化機関(ユネスコ)世界遺産委員会で世界文化遺産に決まった富士山。
「三保松原(みほのまつばら)」(静岡市)も“一発逆転”でユネスコ諮問機関の除外勧告を覆し、地元では歓声が上がった。「日本の観光を盛り上げたい」。列島も喜びに沸いたが、混雑や環境悪化を懸念する声も。真価が問われるのはこれからだ。
日本時間午後5時半ごろにその瞬間は訪れた。世界遺産委員会の会場では、文化庁の近藤誠一長官(67)や静岡県の川勝平太知事(64)、山梨県の横内正明知事(71)らが立ち上がって握手を交わし、喜びを爆発させた。
「日本にとって最高の贈り物」と県庁を通じて談話を出した川勝知事の喜びはひとしおだった。「最も優れた景観地だ」との賛同の声が相次ぎ、三保松原の逆転登録が決まったからだ。川勝知事はすぐに県庁に電話し
「ドイツなどたくさんの国が削るべきではないと言ってくれた。涙が出てきた。三保松原は富士見の場所として大事なのだということで入った」と伝えた。
静岡市清水区の三保松原の入り口にある「羽衣ホテル」の女将(おかみ)、遠藤まゆみさん(55)は従業員から知らせを受けると「ええ!?」と言ったきり絶句。身を震わせて泣き出した。
この日は三保松原の“落選”を予想し、追加登録へ自分を奮い立たせるため、報道陣の前で自ら作詞作曲した「三保松原再生音頭」を歌うはずだった。
●(=歌記号)海原超えて結ばれた 二人の仲をだれがさく
吉報に涙をぬぐい、喜びをあふれさせて歌った。
約7キロの海岸線に5万本以上の松が生い茂り、平安時代から富士山を望む景勝地として知られる三保松原。「羽衣伝説」で天女が衣を掛けたといわれる羽衣の松などがある。この日は連日続いた雨が上がり、雲の切れ間から富士山がくっきりとその姿を現した。
「まさかまさかでびっくり。三保は大きな一歩を踏み出したなあ」。土産物店「一ふじ」の芹沢央哲(ひろたか)店長(49)は感慨深そう。静岡県磐田市から来た自営業、阿部誠さん(44)は「世界の三保松原か。すごいタイミングに居合わせた」と笑みを浮かべた。
数十年、三保松原から富士山の写真を撮り続けている近くに住む横山健治さん(84)は「距離が遠いとか、消波ブロックが美観を損ねているからダメ、というのは、あまりにも理不尽だった」と憤る。「ここからの富士は誰が見たって絶景じゃないか。きっとここが観光の名所になる」
(以下 省略)
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富士山登録:熱意が実現 三保松原の“逆転登録”
日本文化の象徴、世界の舞台へ--。22日のユネスコ世界遺産委員会で富士山の世界文化遺産登録が決まると、会議があったプノンペンで、富士山のふもとで、拍手と歓声がわいた。当初は難しいとみられた三保松原(みほのまつばら)(静岡市)も含めた一括登録が伝わると、「この時を待っていた」と住民が喜びをかみしめた。「覆すのは不可能だと思っていた」(川勝平太・静岡県知事)という状況からの逆転登録の背景には、政府代表団と地元の熱意があった。
◇20分続いた十数カ国の「応援演説」
議長が「採択」の木づちをたたくと、近藤誠一文化庁長官ら日本からの出席者は一斉に立ち上がり、喜びをあふれさせた。イコモスから除外が勧告されていた「三保松原」はまさかの大逆転で登録資産入りを果たした。その要因は、
世界遺産委員会での十数カ国もの多数の委員国による強力な「応援演説」だった。 ドイツの代表団は「三保松原は、世界で最も卓越した景観ポイントの一つだ」と絶賛。マレーシアの代表団も「三保松原はとても重要で文化的価値がある。距離ではなく、重要なのは富士山との関係だ」とイコモス勧告に疑問を呈した。 他にも、富士山を含む景観が日本文化を語る上でいかに重要かを訴える意見が相次いだ。既に世界遺産としては「登録」勧告が出ている案件での激論は異例。イコモス勧告に異議を唱え、三保松原の登録を訴える各国の意見表明は、約20分間も続いた。【福田隆、プノンペン樋口淳也】
◇外交体験生かした近藤長官
近藤長官は外交官出身。新規案件の審査が始まる4日前からプノンペン入りし、旧知の各国政府代表に粘り強く説明を続けていた。豊富な外交経験とリーダーシップが三保松原の逆転登録を生んだ。
富士山と三保松原について、近藤長官はプノンペンに赴く前、「欧米と日本では、有形・無形の遺産の認識の仕方が異なる。プノンペンでは、あくまで三保松原が信仰、美術、景観のいずれにおいても富士山の一部であることを主張してくる」と繰り返し語っていた。心の中にあったのは、2007年に文化遺産に登録された「石見銀山」(島根県)と11年の同、「平泉」(岩手県)の成功体験だった。
ユネスコ日本政府代表部大使として関わった石見銀山は当初、イコモスが登録延期を勧告。だが、各国政府代表に「開発が進んでも、銀山周辺には自然がそのまま残されている」ことを強調し、逆転登録に。文化庁長官として直接関わった平泉も、当初の構成資産のコンセプトを練り直す柔軟さを見せ、登録に導いた。【中澤雄大】
◇地元は「天に祈り通じた」
「日本人の美意識が世界に伝わった」。100年以上、三保松原で営業を続ける老舗「羽衣ホテル」のおかみ、遠藤まゆみさん(55)は声を弾ませた。
松林の続く砂浜から駿河湾越しに望む富士山は数々の浮世絵に描かれ、45キロという距離を超え、遠藤さんら地元住民は富士山を身近に感じている。4月末に除外勧告を受け「言葉でうまく説明できない日本の感覚を認めてもらうのは難しいのかも」と思っていただけに、驚きは隠せない。
22日は世界遺産委員会の審議に合わせ、自ら作詞作曲した「三保の松原再生音頭」をホテルの庭で歌った。
♪富士のおやまに恋焦がれ 三保の松原手を伸ばす 四十五キロの道のりも 遠くはないの恋の道--。
まさに「天に祈りが通じた」という。音頭では「天つ乙女よ舞い戻れ」「常盤の松よとこしえに」など再生への思いも歌った。三保松原はかつては東海道随一の白砂青松の地だったが、高度成長期、付近の河川で砂利が大量に採取されると海岸浸食が進み松枯れも深刻化しているからだ。
「はっきり言って今の景観には満足していない」と遠藤さん。遺産登録に浮かれるだけでなく、かつての美しい景観再生への一歩にしなければと肝に銘じている。
「私たちは松原と一心同体。維持していくには人の力が不可欠で、世界の景色となった三保松原を、いつまでも守っていく」
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日本の誇り、宝、富士山が、とうとう世界文化遺産に登録されたんですね。

富士山って、本当にすごいです。
有名なハリウッドスターも父子で登山したり、
お正月は、その御来光を一目見ようと、大混雑。
日本人の精神のよりどころ、
見ただけで、勇気をもらえる、
巨大なパワーの源、
その日本一の山が、とうとう世界文化遺産に登録。
その昔、ごみだらけで世界自然遺産を断念したのは有名な話ですね。
「富士山―信仰の対象と芸術の源泉」との名称で、世界文化遺産に登録することを決めた。この意味を、しっかりと受け止めて、
登録されたことによって、ますます環境保全に気をつけ、
富士山をきちんと守らなくてはならない責任も大きくなりましたね。
とにかく、
日本にとって、うれしい記念すべき日となりました。
三保の松原・・・おめでとう。
羽衣伝説が残る場所。
世界の国々の後押しで、
諦めかけていた世界遺産登録の夢が叶いましたね。
世界の人々も、愛して、認めてくれる美しい場所が、
日本にはたくさんあります。
古の伝説や、物語に思いをはせながら、
美しい景色をみることは、たとえ写真であっても
とても心を癒してくれますね。
都会に暮らしていると、
どんどん自然から遠ざかってる気がします。
家から、
本当にすっきりと空気が澄んで、晴れた日ですが、
富士山が見えるときがあるんです。
そのときは、
思いっきり、
富士山のパワーをもらえてるような気になります。
めったにないのですが、
だからこそ、
その日は、素敵な一日の始まりになります。