韓国 トニモリ明洞店

HAPPYの種


HAPPYの種

(写真 ツイよりおかりしました~)


ファンの、また新しい観光スポットが増えましたね。

ネイりバから、同じ化粧品会社のトリモリへの鞍替えになりますけど、

どうしてだったのでしょうね?

絶対に、JYJと契約続けてたら、売れるのにね。

ベンザルQの株価は、2倍超えと、跳ね上がったみたいですね。ヽ(゚◇゚ )ノ

(ベンザルQ、JYJが広告モデルになってから、4ヵ月で株価が2倍を超えたそうです。)






あと・・・超、ちょう、びっくりしたのが、

Cjesの、ぺク社長のインタビューの写真ですが。

$HAPPYの種



あれれ?????

今まで、ぺクさんと思ってた人は、別人ですか?

それとも~、変身したの?(@ ̄Д ̄@;)


いずれにしても、エンタメ業界人らしくなりましたね。

イケメン社長って感じになってますね。(イメージはやはり大切)

インタビューの記事→こちら




翻訳してくださったかたがいます→こちら


そして、ペクの最初の戦略は、完璧に機能した。3人は、JYJとして活動するときと同じほど、個人活動でも成功したのだ。
単に空き時間に演技に首を突っ込むのではなく、彼らはさまざまなジャンルで信頼できるパフォーマーとなろうと熱心に努力した。
キム・ジェジュンにはK-POP歌手の中で最も多くのファンがいる。その年だけでも、中国、日本(←?)、トルコへ行き、3人の韓流スターの一人を一目見ようとやきもきする数千もの人々を引き寄せた。
「ジャッカルが来る」の公開を前にして、キムは、南アメリカでもっともセクシーな男に投票で選ばれ、その次の月末にかけてアジアでのファンミーティングツアーをスケジュールに押し込でいる。
一方、パク・ユチョンは歌手から俳優への転身に成功した。「成均館スキャンダル」でデビューを果たしてから、この年、朝鮮王朝の皇太子と現代のビジネスマンの二つの役を消化する、受賞者らしい演技を「屋根部屋の皇太子」で披露した。その結果として、Paeksang Arts Awardsで栄誉に与った。
グループの3人目のメンバー、キム・ジュンスは、ミュージカル「モーツァルト」、「エリザベート」で主演し、5月にソロ・アルバム「タランタレグラ」をリリースした。
韓国での仕事上のネットワークが限られていることが主な理由で、2010年にアメリカではワーナー・ミュージックと協同したことは偶然に導かれた動きだった。


C-JeSは弁護士世宗と協力して、JYJのイメージをモニターし、グループの評判を厳しく管理している。そのためにも、同意なしで写真を使わせるわけにはいかないのだ。
そして、ブランドやイメージを厳密に守ってきたために、グループは市場関係者の夢そのものになった。
「ある意味では、テレビ出演が少なければ少ないほど、企業はコマーシャルで目玉にしたがるんです」メディアの動きを観察するイ部長は言う。「テレビや雑誌でグループを見ることが難しいので、ある意味、広告業者からの信頼性を強めています」
最近、JYJはグループとして、または個人で、化粧品、薬品、ビデオゲーム、免税店、IT商品の販売促進をする契約をしている。


「ある意味、多くの海外のK-POPファンにとって、JYJは韓国の顔なんです」とイ部長は言う。特に南アメリカファンの多くは、JYJがいるから韓国への親近感を感じると言っているのだと、多数が論評している。
「マルチプレイヤー」として、JYJはK-POPファンだけでなく、より世代が上の層である韓国ドラマファンにも魅力的だ。
自然とJYJメンバーもお返しをするようになる。彼らはしばしばファンに感謝する方法として、常に世界中で慈善活動をしている。
最初から、ペクとJYJは、より稼ぐならば、より与えるということを決めていた。
とりわけキム・ジュンスは、昨年末にカンボジアに学校を建設することもした。


(記事より一部抜粋)





南京ファンミに向けてのジェジュンの挨拶





とにかく、彼らは忙しく、今もエンタメという海を航海してる。

ツイッターで、Cjesとa社の裁判傍聴記録を見ましたが、

ちょうど、相撲協会国技館貸館担当者への証人尋問の様子です。

これを読んで、あらためて、

a社の一方的で、悪意ある妨害の数々が思い出されて、

本当に腹が立ちました。

それにもめげず、きちんとした確認をした上で、

JYJにライブ会場として国技館を提供してくださった

相撲協会には、本当にありがたくて、感謝の思いでいっぱいです。

あの両国のライブは、本当にいろいろな思い出がつまっています。

あの場所がなかったら、出会えなかった仲間がいます。

(今も、応援するという気持ちは同じだって思ってます)

そして、あの場所が、次のひたちなかへのステップになったと思ってます。



証言の一部抜粋

A社代理人弁護士から「A社の2回目の貸館中止要請文の中に
東京ドーム・横浜アリーナ・埼玉アリーナが利用不許可決定
をした記載があったはずだが、各会場に事実確認 したのか」
という質問があり、S協会証人は言いよどみながら次のように
証言「業界でうわさを聞いた。コンサートに関してA社の力が
大きいので、Z社に貸すと今後の貸館業務に影響が出るだろう
ということだった。しかし、国技館はコンサート会場として貸館
される例はほとんどなく,A社との貸館契約も今までなかった」
さらに、S協会弁護士からS協会証人(貸館担当者)への尋問で、

「貸館行為に関し、他企業からクレームをうけたことはいまま
で一度もなかった(A社がはじめて)」
という証言をした。


いろんな形で、いろんな会場に圧力かけてたんですね・・・(怒)


話し合いでの解決は難しいという判断がなされたようですので、

もう、一日でも早く、決着をつけてほしいですね。







iPS細胞(新型万能細胞)を世界で初めて作製した山中伸弥・京都大学教授(50)が

8日、2012年のノーベル生理学・医学賞を受賞した。


 日本のノーベル賞受賞者は、10年の根岸英一博士、鈴木章博士に続き19人目。

日本人の生理学・医学賞の受賞は87年の利根川進博士以来、25年ぶり2人目。


「日本という国に支えていただいて、

日の丸の教えがなければ、

この素晴らしい受賞はなかったと心の底から思った。

まさに日本という国が受賞した賞だと感じている」と語った。



山中教授「まさに日本という国が受賞した賞」

 ◆ノーベル生理学・医学賞の受賞が決まった京都大の山中伸弥教授の会見要旨◆

 何時間か前にスウェーデンから電話で受賞の知らせをもらった。私とガードン先生の2人の受賞だが、私が受賞できたのは、国の支援のお陰だ。これは日本という国が受賞した賞と思う。iPS細胞の基礎となった研究を始めた30歳代半ば、私は無名の研究者だったが、国からの支援で研究が発展した。奈良先端科学技術大学院大から京都大に移り、さらに国の研究費をもらった。それで出来たのがiPS細胞だ。マウス、人間で成功した後も、国からの支援を5、6年間もらった。その支援がなければ、今日のストックホルムからの電話はかかってこなかった。

 感想を一言で表現すると、感謝という言葉しかない。国、京都大のほか、iPS細胞を一緒に作ってくれた高橋和利氏、若い研究者らが助けてくれた。

 家族にも心から感謝したい。80歳を超えた私の母に報告できたのが、本当に良かった。義理の父は医師で、私を留学中から支えてくれたが、今年亡くなり、報告できなかったのが残念だ。きっと天国で、25年以上前に亡くなった父と一緒に喜んでくれていると思う。

 喜びも大きいが、同時に非常に大きな責任感を感じている。iPS細胞技術はまだ新しい技術で、医学や創薬で大きな可能性があるが、まだ医学や新しい薬の開発に役立っていない。

 今後、何日間かで、受賞の意味を国民の皆さんにできるだけ私の言葉で話したい。来週からは、研究の現場に戻り、論文も早く出さないといけない。それが、このノーベル賞の意味でもある。過去の業績というよりは、これからの発展に対する期待の意味も大きい。それに報いるよう、これからも現役の研究者として研究開発に取り組んでいきたい。

 ガードン先生との同時受賞が、一番うれしいと言っても過言ではない。ガードン先生はカエルの研究で、大人の細胞が受精卵の状態に戻るということを核移植技術で証明した。まさに、私のしている研究を開拓してもらった。ガードン先生が実験したのは1962年。私はその年の9月に生まれた。同時に受賞できたのは、研究者の人生として大きい。ガードン先生もまだ現役で活躍している。iPS細胞が本当の意味で、医学、創薬の応用に実現できる日まで頑張っていきたい。

(2012年10月8日22時59分 読売新聞)→こちら

長年の研究成果が実って、本当におめでとうございます。

そして、「今後さらに、実用化目指してがんばる」、という決意のほどを、

あらためて強く感じました。

それと同時に感じたのは、教授の謙虚さです。

本当に、その偉大な研究もさることながら、

先生のお人柄にも、ものすごく感銘を受けました。

そういった思いの人が、日本にはたくさんいるようで、

次の記事にあるように、

少しでも力になりたい、という思いを形にする人も

出てきてるようです。




「わずかな金額ですが」 iPS細胞研に寄付続々 


2012.10.8 22:32


 山中伸弥さんのノーベル賞受賞を受け、ネットを通じ、京都大iPS細胞研究所に続々と寄付が集まっている。1人3万~1千円と小額だが、「更なる医学の発展に」「わずかな金額ですが」などのメッセージ付き。受賞発表から約3時間で10万円以上に及んだ。

 ネットでの寄付は「ジャスト・ギビング・ジャパン」という寄付を取り次ぐサイトを通じて行われた。山中さんは今年3月、自身が京都マラソンの完走にチャレンジすることを条件に研究費の寄付を募り、レース前までに900万円を集めた実績がある。

 山中さんは同サイトで、公的資金でまかなわれる研究費について、平成26年度以降のめどが立ってないとし、研究には民間の協力が必要と訴えていた。

 ノーベル賞受賞後の寄付は「マラソンに挑戦する」とし、閉鎖されずに残っていた山中さんのページを通じて寄せられ、午後7時ごろから集まり始めた。

 「ノーベル賞受賞おめでとうございます」「家族そろってお金を出し合って寄付します」「日本の研究を個人の寄付が支えるきっかけになれば最高ですね」などとメッセージが添えられている。


元記事→こちら

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ノーベル医学生理学賞を受賞し、記者会見に臨んだ山中伸弥京大教授。「予想せず、驚いた。非常な名誉だ。自分は依然、医者であり、できるだけ多くの患者の役に立ちたい」などと、かみしめるように喜びを語った=8日夜、京都市左京区の京都大学(門井聡撮影)



民主党による、事業仕訳。

あの、「2位じゃだめなんですか?」・・・

はやぶさ・スパコンの「京」・そして、今回のiPS細胞研究、

どれをとっても、2位をめざしていたら、ここまでの域には達することは

できませんよね。

この偉大なる世界的な研究に、ぜひ、

26年以降も国による公的資金援助を、お願いしたいものです。




(追記)


2009-11-26 00:00:00

京大・山中教授「希望奪わないで」事業仕分けの科学予算削減で
テーマ:iPS細胞(研究支援)

京都大iPS細胞研究センター長の山中伸弥教授は、iPS細胞の特許に関する会見で「研究費を減らし、若い研究者や学生から希望を奪わないようにしてほしい」と訴えた。

iPS細胞研究の草創期を支えた「戦略的創造研究推進事業」などが削減対象となっていることを挙げ「これらの研究費がなければ、iPS細胞は生まれていなかった」と若手研究者支援の必要性を強調した。

「小さな支援を多くの研究者にすることでiPS細胞のような技術が生まれ、日本の発展につながる。10年後の日本がどうなるのか心を痛めている。日本が科学の後進国にならないように」と注文した。
(京都新聞)




山中教授 事業仕分けを批判

政府の行政刷新会議の事業仕分けで科学研究の予算の廃止や削減が相次いだことについて、あらゆる組織や臓器になるとされる「iPS細胞」の作成に成功した京都大学の山中伸弥教授は「想像を絶する事態で、今後の日本がどうなるのか深く憂慮している」と厳しく批判しました。

これは、25日、山中教授が京都大学の記者会見で述べたものです。この中で山中教授は「この分野の研究を10年続けてようやく成果が出たが、10年前の段階でどの研究が成果につながるか予想するのは不可能だ。多くの研究者のさまざまな研究を支援し、そのうちのいくつかが成果につながるというのが科学だ」と指摘しました。そのうえで、政府の事業仕分けで科学研究の予算の廃止や削減が相次いだことについて、「ありえないことだ。そもそも日本は科学研究費の割合が低く、海外より10年、20年遅れた劣悪な環境で研究をしている。その中で予算を削減するのは想像を絶する事態で、今後の日本がどうなるのか深く憂慮している」と厳しく批判しました。さらに、「日本が科学の後進国になり若い研究者から希望を奪うことにならないよう祈っている」と述べて、科学研究の十分な予算を確保すべきだと強調しました。
(NHKニュース)


今回、ノーベル賞受賞したことを喜んでる、総理・各大臣。

事業仕訳で予算廃止、削減したことを、忘れたんでしょうかね。


某TV局では、教授の「日本という国に支えていただいて、日の丸の教えがなければ・・」

の部分を、カットして放送したと、ツイで問題視されています。

なんででしょうね・・・\(*`∧´)/







いやはや、いろんな王子様がいるもので・・・スケート王子こと、

羽生結弦クン(ゆづクン)も、今シーズン始動です。


フィンランディア杯(フィンランドで開かれるフィギュアスケートの国際大会)にて、

見事優勝しました~クラッカー





今シーズン、まだまだスタートしたばかり。

このフリーのプログラムも、これから回を重ねるごとに、

完成度が上がっていくでしょう。

それにしても、今の段階で見ても、やはりすごい。

そして、見ての通り、

演技終了後、氷上に思わずのびしまったほど、ものすごいハードなプログラム。

「鬼プロ」と言われてるという、「ノートルダム」

今、持てる力を出し切っての優勝だけど、

決して、これが完成形ではないことは、本人が一番知ってる。

だから、見てみたい。

このプログラムの完成形を。

楽しみにしてます。(-^□^-)


それにしても、どんどん大人っぽくなりますね~。

今が一番、ノリに乗ってるときかな?

ジャンプも、相変わらず安定してますね。

そして、注目すべきは、

あの、キム・ヨナを金メダルに導いたオーサーコーチが、

ゆづ君の隣にいるということ。

素直で、練習熱心なゆづ君は、きっと期待以上に応えてくれることでしょう。




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コーチの笑顔が、ぷーさんとかぶる。。。

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