今更ながら服薬していた時を振り返って
あることを深く考えています。
それは
「何故20年間も飲み続けていたのか」
ということ…
離脱症状を防ぐために飲んでいた
ということも正しいのですが
それだけだろうか?
と考えてみると、いろいろありますね
😓
それは、元々の自分の思考の癖なようです。
自分は寝なければならない
自分は元気であらねばならない
自分は不安であってはならない
自分は鬱々ではいけない
自分は具合が悪くてはならない
自分は緊張してはいけない
自分は常に会社で業績を出さねばならない
自分は幸せであらねばならない
等々…
では、何故「○○でなければならない」
と思ったのでしょう
それらは、きっと
他人の評価を獲得するための思考だったのでしょう。
会社を1ヶ月も休んでいれば、すっかり回復していたと思うし
もし、無人島にいたならば、きっと私は
薬を飲んでいなかったと思います。
結論付けると
何故薬を飲んで、飲み続けたのか
それは、人の目を気にしてきたからです。
では、何故人の目を気にしてきたのか
それは
そのように教育されたからかもしれません
レールから外れないよう、みんな同一であり、個性よりも全体を尊重していく
教育
テレビをつけると
健康そうな男女が健康そうな食事をして健康そうな恋愛をしているけど
健康でない人を観ることはできません。
例え観ることができても、それは健康な人が考える「上から目線」的な編集となっていませんかね
何故でしょう?
それが、人の目を気にする人間になっていったのかもしれません。
だからといって、全体への忠誠心を学んではいないのです。
きっと、親も教師もそうだったのでしょう。
それができなくなると(人の目を気にすることができなくなると)
自分はダメな人間と思ってしまう
そんな事、思う必要なんてないのかもしれません。
人の目を気にする価値観だけが大切であるというよりも
自分で決めた価値観を大切にしていけば
実は価値とは、いつでも、どこにでも、誰にでも、どのような状況でも存在し
小径の向こうは
海でした。
