『地球の歩き方』にも書いてない、RTDの詳細 | it' my america

『地球の歩き方』にも書いてない、RTDの詳細

 実際バスに乗ってみると、しばらくしてとんでもない車内風景に出くわした。それは例によって、シーサンに向かうバスに乗っていたときのことである。
 黒いビニール袋を抱えた、やたら陽気な黒人が乗ってきた。しかし、よく観察すると単なる陽気さとは違って彼は、どうやら薬でハイになっているようなのだ。袋の中身はすべて拾い集めた空き缶。黒人の異常さに気付いた回りの乗客たちは、恐いものから離れるように前へ前へと席を移動。バスの後ろ半分をその黒人1人で占領し、前半分はラッシュ並みに混雑したままのバスが、およそ20分ほど走り続けた。
 途中バス停で停まっても、前の扉から降りる人はいても、乗る人はひとりもなし。後ろの扉からステップに足をかけた人も、車内に漂う空気を察知して、素早く回れ右してしまう。取り残され、話しかける相手がいなくなった彼は、少しも気にせず流れてもいない音楽に酔いしれるように、リズミカルに座席や窓枠を空き缶で叩きはじめた。乗客の中には、もっと危ないことが起きないうちに、バスを1台遅らせた方が得策とばかり、乗り換えチケットを請求して降りる人もでてくる始末。
 だからといってバスの運転手は、騒いでいる男を注意することもない。それも後で考えたら当然といえば当然である。拳銃の所持が認められている国で、万一男が武器を持っていたら、やられるのは間違いなくこちらである。ならば、下手に藪をつついて蛇をだすより、君子危うきに近寄らずの教訓に従うほうが、得策と言えよう。そして、何もしない運転手を客がなじっても、運転手はきっとこう反論するにするに違いない。
「俺の仕事は、バスを無事故で運転することであって、危ない奴に立ち向かい、まともな乗客の身の安全を守るのは、俺の仕事ではない」と・・・。
 そこまで詳しく、マニュアルに書かれてあるかどうかは知らないが、下手に正義感に目覚めて行動に出たとしても、1発の銃弾の前でそれは無力である。正義感なんて防弾チョッキほどの役にも立たないことは、子供でも分かる常識としてこの都市の生活者たちは、肝に命じていることだろう。

 臭い物に被せるフタが無ければ、自ら遠ざかるのが正解なのだ。 その黒人が降りたときには、車内に安堵のため息と共に「ホッ」としたに空気が流れたのは、いうまでもない。と同時に、運転手がマイクに向かってなにやらアナウンスをはじめた。きっと、こんな意味のことを言っていたのでは、と推測される。
「これで危険は去りました。安全なバスによる移動をお楽しみください」
 アナウンスが終わるや、乗客たちはいっせいに拍手したものである。こんな危険な出来事も、“付録”としてセットされている路線バスを乗りこなす第1歩は、暇つぶしにめくっていた電話帳にヒントが隠されていた。

 公共の施設や機関のアクセス頁のなかに、その地域のバス路線図が番号付きで掲載されているのを知り、行きたい所に通じるバスの路線番号と、通りの名前をメモしておけば、目的地にたどり付けることが分かったのである。
 例えばサンタモニカへ行きたい場合は、ウエスタン通りでバスに乗りウィルシャー大通りで乗り換えれば、その途中にある市立博物館やビバリーヒルズにも寄れるし、反対車線で乗ればダウンタウンにもたどり着ける、というわけである(その場合、ウエスタンを走る207番か576番でウィルシヤーに出て、20~22番か210番320番322番426番に乗り換えればよい)。
 シーサンに行くにも、これまではウエストウッドで乗り換えるしかないと思っていたが、ウィルシャーを通り越してハリウッド・フリーウェイで降り、423~4番か427番に乗り継いだほうが時間的にも早いことがわかった。そして、ダウンタウンから行けるラインがあることも判明。
 こんな些細な発見が、小躍りしたくなるほどの喜びになり、大いなる進歩であると自画自賛したくなる気持ちは、いくら言葉を尽くして説明しても、きっと理解してもらえないに違いない。グルグル巻きになっていた足枷の鎖が解けて、自由に空が飛べる羽を手に入れた、と言えばいいのだろうか。これまで蟻ん子ほどしかなかった世界が、これでバッタか蝶々ほどに広がった気がしたものである。
 バスを利用する場合、注意しなければならないのは、紙幣の両替機はほとんど付いてないので、必ず小銭を用意すること(最近やっと、両替機付きのバスが増え始めたようだ)。基本料金の1ドル10セント(当時)はもちろん、「トランスファー・プリーズ」といってもらう乗り換え券は無料だが、次のバスに乗るときには券と一緒に25セントか50セント必要になる。
 また、路線番号が3桁のバスは高速バスなので、フリーウェイに乗る手前で追加料金を取られる。例えば、高速バスに乗り換えてどこかへ行く場合、往復分の小銭を用意するとなると、ポケットに穴が開くほどのかなりの量になる。英語が達者なら、現地の人のように、小銭を持たないままバスに乗ってきて、他の乗客に両替してもらうこともできるが、そこまで英語がしゃべれないしそんな度胸もない。
 余談になるが、この追加料金がどうにも納得できない。フリーウェイは、文字通り無料の道である。バス会社は、日本の首都高速のように利用料金を支払うわけでもないのに、乗客から追加料金を徴収するのはどう考えても合点がゆなかい。渋滞が少ない分、ガソリンだって節約できるはずなのに、である。

 しかし、それを詰問するほどの英語力はないし、バスに詳しい日本人も見つからないので、この疑問はいまもそのまま凍結されている。