旅の終わりの大感動は、ミルキーウェイ | it' my america

旅の終わりの大感動は、ミルキーウェイ

 このインター・ステイツ・ハイウェイを、直訳すると州間道路とでもいうのだろうか。数字が偶数だと東西
に走る道路で、奇数は南北に結ぶ道という決まりがある。地図では赤い色の道として記され、40号線や80号線を使えば東海岸から西海岸まで、信号で1度も止まらずに走り抜けられる(体力とガソリンが続けばの話しだが)。
 もちろん、高速道路料金は無料。アメリカのフリーウェイは、ドイツのアウトバーンのように速度無制限
(フリー)の道ではなく、通行料金がフリー(無料)の道なのである。これ等をふまえると、カラオケでユーミンの「中央フリーウェイ」を歌うと、なんかしっくり来ない。

 南北に走る5号線の場合は、同じようにメキシコの国境からカリフォルニア、オレゴン、ワシントンの3つの州を縦断して、カナダの国境に到達できる。そのなかでもサクラメントからロサンゼルスの手前までは、前にも紹介したセントラル・ヴァレーのうちの、サンウォーキン・ヴァレー(これは南半分の名称で、北はサクラメント・ヴァレーと呼ばれている)を走るので、延々地平線の彼方へと走り続けることになる。
 安全な車間距離を保っていれば、ハンドルを切るのも希で、アクセルを踏むのももどかしい。時速100kmのスピードが、嘘のように麻痺してノロノロ運転している気になり、眠気も襲ってくる。こんなときのために、車にはオートクルージング・システムが付いている。車の巡行速度を一定にロックするシステムで、これをオンにすればアクセルから足を離してもOK。つまり両足が自由になり、あぐら座りすることも可能なわけである。
 そんな5号線の真っ只中にいて、陽がゆるやかに西に傾き夕闇が迫ってきた。すると対抗車線を走るライトを点灯した車の帯が、地平線の彼方から次々に湧き出てくる。この光景が、これぞ代表的なアメリカの風景として忘れられない。
 アメリカの広さを思うとき、この景色が脳裏に蘇ってくる。この旅でアメリカが好きになり、「また行きたい」と心で念じながら瞼を閉じると、自分が走ってない5号線に、今日もあのおびただしい車の洪水が展開されていると思うと、なぜか心がそわそわして浮き足立ってくる。
 それにしても、人の目の視力と地球の丸みにより見える地平線とは、現地点から何キロ先のことをいうのだろう。10kmなのか20kmなのか、それとも50km先まで見えているのだろうか。地平線を見るのも初めてなら、さっき見えていた地平線の彼方に車が到達すると、その先に次の地平線が待っていて、それが何度もくり返される想像を超えた広さは、衝撃ともいえる驚きだった。
 走り疲れてレスト・エリアで車から降りれば、この先危険の標識にその正体である毒蛇の絵が描いてあった。延々という言葉の実感がぴったりの、サンウォーキン・ヴァレーをやっと抜けるころには、陽もとっぷりと暮れてテハチュピ山脈にさしかかった。ここまでくれば、もう1時間足らずで帰り着けるので、最後のひと休みをとることにした。車から降りて、新鮮な空気を吸おうと背伸びをしたら、伸ばした両手がそのまま固まった。驚いたことに、見上げた夜空には満天の星がきらめいているではないか。
「わぁ~ぉ」
 3人そろって歓声をあげた。満天星の夜空が迫ってくるようで、思わずその場にへたりこんでしまった。原寸大のプラネタリュウムに感激してそのまま見続ければ、20と数えないうちに流れ星が糸を引く。そんな銀河系宇宙が繰り広げるページェントに見入っていたら、神の存在を信じたくなった。地球という星の小ささ、その星に誕生した人類の歴史の短さ、小ささ、哀れさ、危うさなどが次々と脳裏を駆け巡った。
 これほど見事な星空は、20年以上も前に伊豆でキャンプした夜に見て以来のことだ。都会育ちの悲しさと、単なる無知が重なって、ミルキーウェイこと天の川は、なにも七夕の日じゃなくても見えることを、40歳にして初めて知った。我ながら情けない。驚き呆れた口が、しばらくふさがらなかった。